『君と明日の約束を』 連載小説 第七十六話 檜垣涼
檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします🌺
一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
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ずいぶん広いスペースの中で、ベッドと隣に置かれた机付きの棚が目に入る。机の上には彼女が母親に頼んで家から持ってきてもらったらしい小説が所狭しと並べられていた。
しばらくして、彼女は身震いをしたかと思うと、膝のあたりまでかけていた毛布を引き上げた。
「ミツ君。来てくれたんだ」
ここ三日同じ時間に来ていることで特に驚かなくなった彼女の声を聞いて、違和感を覚える。手術を明日に控えた彼女の声が、少し掠れているように思ったのだ。
「……あ、ああ。どう? 体調」
戸惑いを悟られないよう引っ込める。
「元気。明日手術終えたらすぐ退院できるかもね」
僕に向けて親指を立てる彼女の手は、驚くほど華奢で頼りない。もともと線は細いけれど、ここ数日ベッドの上で時間を過ごすようになってから一層やつれて見えるのは、もうすぐ手術だからという色眼鏡があるのだろうか。
「そっか。……慎一も心配してた」
心の奥に湧く嫌な気持ち誤魔化そうと、流れを変える。
「うん、慎一君にも迷惑かけちゃったもんね」
あれから慎一は、僕が見舞いに来ているタイミングで数度顔を出している。昨日晩御飯を食べた時、慎一も手術当日は塾が終わったらすぐに来ると言っていた。
「そういえばさ」
彼女はパソコンを閉じ、急に思い出したかのように顔を上げた。
「恋愛小説読まなくなった理由って、未来がわからないからって言ってたよね?」
ためらいを含んだその質問。
「それって、お父さんのことがあったから?」
いつもと同じように病院から帰って、布団に入っていた時に僕を起こしに来た母の緊迫した表情を思い出す。
正直なところ、特に推理ものを無理に選んでいるわけではないけど、理由をつけるのだとすれば。
「そうなんだと思う。きっかけは。絶対生きれると疑わなかった人が死ぬのが嫌、というか苦手なんだ。理不尽に死んだところを見てしまったから」
頭の奥にはっきりと刻み込まれている父の影を見つめながら僕は口を開く。
「死ぬとは思ってなかったんだ。本人も話せなくなるまでは絶対大丈夫。退院して一緒に遊ぼうって約束してたから」
「心配しなくていいよ」
僕の震えた声に、彼女の優しい声が重なる。
顔を上げると、先ほどより血色の良い彼女の顔がそこにあった。
ーー第七十七話につづく
【2019】恋愛小説
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