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【創作小説】永遠の終末(36)

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(36)
 
入院患者は、全部で5名だったが、三宅ひとみが殺害されたため、今は、4名になっていた。

入院患者名簿によると、次の通りだ。

301号室には、川中琴美(27歳)主婦。
303号室には、齊藤和花(28才)小学校教師。
305号室には、寺野下信子(34才)OL。
306号室には、森脇祐子(24才)OL。 

 翔龍たちは、301号室から順に聴取することにした。


***

【301号室】川中琴美(27歳)主婦
ノックをして入室すると、老夫婦と一緒になって退院の準備をしている最中だった。

「退院されるんですか?」と久美が先に声をかけた。

 女性は、2人に一瞥を与えた。協力的な態度ではなかった。

「私、こんなところ早く出たいんです。だってそうじゃありませんか。命が生まれる場所で殺人が起きたんですよ。結果的に誰も守ってくれていなかったってことでしょ? 家に帰ります。家の方がよほど安全です」

ベビー用のベッドから赤ん坊を大きな自分のベッドに移し、温かい服を着せる作業を続けながら、一気にまくしたてた。赤ん坊は目を覚まさなかった。退院前の授乳を終えたばかりであろう。すやすやとよく眠っている。

「お気持ちはよく分かります。本当にお忙しいところを申し訳ないですが、事件前後の様子を聞かせてもらえませんか?」

翔龍が申し訳なさそうに言った。

「えっ? 私、何も知りませんよ。関係ないんだから」

「確認のためです。どんなことをされていたかで結構です。お願いしますよ」

「簡単でいいですか?」

「それで、結構です」

「午後5時過ぎにこの部屋で30分掛けてゆっくり夕食を食べました。食事に関しては、何と言えばいいんでしょ。とにかく美味しいんです。ここは、お医者さんがすばらしいのと豪華な食事付というのが売りでしたから」

「私も一条医師は立派なお医者さんだと思います。それからどうされました?」

「テレビを見ていました。夕食を取りながらもずっと点けていました。5時前から始まるニュースを必ず見ることにしているんです」

「午後6時半まで、つまり犯罪が起きるまでに部屋を出たのは、食事を取りに行ったときと返しに行ったときだけということですね?」

「そうです。食器を返しに行ったついでにお手洗いにも行きましたけど」

「おや、お手洗いは、どの部屋にもあるのに、廊下のお手洗いに?」

「いけませんか? 私、部屋の中に匂いとかが残るのが嫌なんです。そんなプライベートなことまで言わなきゃあならないんですか?」

「すみません。すべての行動を教えていただくと助かります。お手洗いに行かれたということも大切な情報の1つになります。そのお手洗いでは誰か他におられませんでしたか?」

「私一人だったです」

「あそこはユニバーサルデザイン創りのトイレが2つありますよね? もう片方を誰かが使用していたということはありませんか?」

「私、トイレにはこだわりがあるんです。2つ空いているときは、見比べて必ずきれいな方を使うことにしてるんです。これっておかしいですか?」

「いえいえ、結構です。だからそのときは2つとも空いていたということですね?」

「はい。間違いありません」

「廊下に出たときに、見た人間を教えてください」

「食事を取りに行ったときは、看護師の上村さんと私を入れて5人の女性を見ました。今日はフランス料理ねって話をしましたから。あとは……、そうそう2回目に出たとき、廊下で2人の子どもが遊んでるのを見ました」

「子どもが? そこのところもう少し詳しく話してもらえますか」

「あれは追いかけっこなんでしょうね。ただ廊下を走り回っていたってことくらいしか……。お手洗いから出たときにはもう遊んでいませんでした」

「分かりました。お忙しいところを邪魔してすみませんでした。最後にこの写真を見てもらえますか?」

 翔龍は、1枚の写真を内ポケットから取り出して提示した。

女性は、甲高い声を上げた。

「この男が犯人なんですね!」

そう言って、じっと写真に見入っていた。

 女性は、「見たことがない人ですね」と言った。

 翔龍も落ち着いて返答した。

「いえ、容疑者というだけでまだ犯人と決まったわけじゃあありません」

「そうなんだ。言葉って面倒くさいですね。そうだ、パパ、ママ、この人見たことある?」

女性は、すでに荷物の片付けを終えて窓辺のソファに腰を掛けている夫婦にも訊ねたが、答えは「ノー」だった。

***


 久美は、廊下に出て並んで歩きながら疑問を呈した。

「今の人、簡単でいいですかと言った割には、結構喋りましたね?」

「善意の人は、あんなもんだよ」

「善意の人? どういう意味です?」

「我々に悪意を持っていない人という意味だ」

「ふうん。……松永刑事にお話があります」

「何だ?」

「残りの3名についても、今の川中さんと同じように詳しく話を聞くんですか?」

「そのつもりだけど」

「私は、そこまでする必要はないと思います。容疑者の写真を見せて、この男を知っているかどうかだけでいいんじゃないですか?」

「板垣主任にも同じようなことを言っていたけど、どうしてそう思うのかな?」

「被害者も容疑者も他の入院患者とは関係がないからです」

「ううん……、どうなんだろう。今の段階で、島村刑事が間違っているとは言わないけど……、ボクは、万一のことを考えている」

「何です? その万一というのは」

「写真の男が犯人ではなかったら、もう1度関係者から事情を聴取しなければならなくなるだろう? 川中さんのように退院してしまう人もいる。入院している人たちの記憶が新しいときに、その場で詳しく話を聞いておきたいだけだよ」

「……分かりました。あーあ」

それでも徒労に終わるとでも言いたげで、久美はしぶしぶ付いて来た。


***

【303号室】齊藤和花(28才)小学校教師
  彼女は、ベッドの上で本を読んでいた。

「こんばんは」と挨拶をして入室した。

女性は、本を閉じた。

「出産後の読書は避けた方がいいと聞いていたのですが、ダメですね……。本が好きなものでついつい」

「そこのところはよく分からないので、何とも……。捜査にご協力を願えますか?」

「私にできることなら何でも」

「ありがとうございます。早速ですが、午後5時頃から何をされていたか教えていただけますか?」

「午後5時に夕食を取りに行き、5時20分頃には食べ終わって食器を返しました。それから6時半頃まで本を読んでおりました。大まかにはそんなところですが、細かなこともお伝えしてもいいんでしょうか? お時間いいですか?」

「いや、それは我々の台詞で……。気を遣わせて申し訳ないです」

「これは事件とは関係がないと思いますが、午後5時半過ぎに、廊下で遊んでいた子どもたちを注意しました」

「廊下に出られたんですね?」

「出たというのか……、ドアを半分開けて、顔を覗かせて『廊下で騒いじゃいけないよ』って叱ったんです」

「301号室の女性も子どもたちのことを話しておられました。かなり騒がしかったということなんでしょうね」

「ここは授業中と同じで静かにしなければいけないところじゃないですか。仕事がら子どもの声や音がとても気になるんです。最初は追いかけっこ、次はかくれんぼをしていたのかなと思います。空き部屋が5つもありますから。探検心旺盛な子どものしたがる行動です。でも、子どもだからって許せないことです。親御さんはどう思っておられるのでしょう。躾の問題ですよね。だから余計に放っておけなくて」

「さすが教師です。目の付けどころが違いますね。子どもたちの他に誰か見かけませんでしたか? 例えば、この写真のような」

 翔龍は、写真を取り出して見せた。彼女は、301号室の女性とは違って写真を手に取ることはしなかった。少し顔を近づけてじっと見た。

「全然見ていません。この方が犯人なのでしょうか?」

「まだ犯人と決まったわけではありません。容疑者という段階です」

「そうですか。犯人、早く捕まるといいですね」

***



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