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会社に「くノ一(くのいち)」がいた件について(短編小説)


会社に「くノ一(くのいち)」がいた件について(短編小説) 


僕はファッション関係の小さな会社で働いている。
社長夫婦と僕たち従業員が5〜6人だけの規模で「中小企業」ってやつだ。

仕事の担当はある程度決まっているものの、少人数で仕事をしていることもあり、境界線は曖昧。
みんなで協力して全ての業務を進めていこう。という感じだった。

朝はいつも9時に始まる。
僕たちスタッフでミーティングをすることが毎朝の日課だった。

ミーティングをしているといつも社長の奥さんが先に出社してくる。
デスクは僕たちのすぐ近くだけれども、あまりミーティングに参加することはない。

30分ぐらいしてミーティングが終わり、みんなが仕事を開始した頃にやっと社長が出社してくる。
本当は夫婦で車に乗って会社まで来ているが、社長は近くのカフェに寄ってコーヒーを買ったり会社の周りを散歩したり、ブラブラしてから出社するのが日課だった。

その社長の行動は僕たちのミーティングをワザと避けてから出社しているようにも感じた。


そんなある日、僕たちスタッフの中で1つの疑惑が浮かび上がった。

僕より若い男性の同僚が何気無ない会話で「どうやら会社に『くノ一(くのいち)』がいる!」と言うのだ。

その、「くノ一(くのいち)」こそが社長の奥さんだと言う。

「えっ?そうなの?? どうしていきなり??」

僕は最初、同僚の言っていることがあまり理解できていなかった。

だが、同僚の疑いが収まることはなかった。
気持ちが高ぶって早口で説明を始めた。

「社長の奥さんは絶対『くノ一(くのいち)』ですよ!絶対そうですよ!
だって、朝の僕たちのミーティングって社長は聞いてないじゃないですか。
でも、僕たちのミーティングで決めたことや話したことが社長に筒抜けなんですよ。

それって、絶対に社長の奥さんが朝出勤した時に僕たちのミーティングに横耳立てていて、後で社長に報告しているんですよ。
密告者ですよ。それこそ『くノ一(くのいち)』ですよ!」

同僚は説明をしながら自分の中で確信に近づいているようだった。
その熱い気持ちのこもった説明を聞いて、女性スタッフたちも納得の様子だった。

「それ、ちょっと私も感じてたんですよね、実は!
だって私たちだけのミーティングで『今週はサンプルの貸し出しがたくさんあるから、私が責任をもって管理する』って話になったじゃないですか?
その分、他の業務は手伝えないけれど、この仕事だけは私がまとめます。って感じで。」

このスタッフも話しながらだんだんとヒートアップしてきた。

「で、私が貸し出しサンプルの内容を少し間違えたじゃないですか。まぁ1つ足りないくらいで、すぐに追加で発送して大きな問題にはならなかったけれど。
あの時、社長が『お前が責任者になるって自分で言ったんだろ?ちゃんとやれよ』って注意したの!
社長は私がミーティングで責任持つって言ったこと知らないはずなのに。
絶対に社長の奥さんが伝えているよ!あれは。」

彼女も早口になりながら経験談を語った。
声の強弱が激しくなり、少し怒っている感じにも聞こえた。


「そう言われてみれば、そかもなぁ。。」


僕は過去の会社の出来事を振り返りながら呟いた。
が、特に確信を持てるわけでは無かった。

「まぁ、でも。もし社長の奥さんが『くノ一(くのいち)』なら、いろいろ情報が社長にリークされているってことだから気をつけないとね。」

そんな会話が着地地点となり、今後の会社での振る舞い方を警戒しつつ、いつも通りの毎日を過ごしていた。

それから数ヶ月後。
もう、「くノ一(くのいち)」なのかどうかなんて会話をしたことも忘れていた。

社長が泊りの出張に出ているタイミングで、社長の奥さんがスタッフ全員を誘っての飲み会があった。

別に堅苦しい飲み会ではなく和気あいあいとした飲み会だ。

普段の仕事のことだとか、それぞれのスタッフの休日の話だとか。いろいろカジュアルに話していた。


僕はビールを3杯くらい飲んだだろうか。
お酒が程よく回ってきて良い感じに酔ってる時。僕はフと『くノ一(くのいち)疑惑』の会話を思い出した。

” そういえば、本当に社長の奥さんはくノ一(くのいち)のように飲み会の会話内容も社長にリークするんだろうか?”

僕はみんなの会話を聞きながら一応は相槌を打ち、でも頭の中では別のことを考えていた。
もちろん、社長の奥さんへ直接に問い詰めたりするようなナンセンスなことはしない。

そこで僕は酔った思考ながら「ある実験」を試みた。

「そういえば僕、最近彼女ができたんですよねー。」

僕は実際、数週間前に同い年の彼女ができていた。
好きなバンドのライブイベントで意気投合した女性だ。

「えーそうだったの?いきなり報告してくるねー。」

社長の奥さんがすかさず反応した。
スタッフのみんなはすでに僕が最近彼女がいることは知っているけれど、特に会社で話題にすることもないので社長夫婦だけが知らない。

そこから出会いのキッカケやどんな彼女なのか?などの会話が進み、一通り話した。
そして、僕の話が落ち着くとまた別の会話へと移った。

その日の飲み会は社長抜きだったこともあり、緊張感はそこまでなく会話も盛り上がったと思う。

それから数日後に社長は出張から戻って来て、いつもの緊張感ある会社の雰囲気に戻った。
僕たちは会社で抱えるブランドの次のシーズンの準備などで忙しくしていた。

少人数でたくさんの業務をこなさなくてはならない分、スタッフは毎日が大忙しだった。
僕もいつも以上に余裕がなく、シーズンの準備となるといつものことながら深夜まで残業することも続いた。

そんな忙しい時期のある時、社長にちょっとした新しい仕事を頼まれた。


「ちょっと新しいシーズン準備で忙しいと思うけれど、これ取引先に連絡しておいて。」

社長はメモ書きを僕に渡し、メールで連絡して欲しい取引先リストと連絡内容が書かれていた。

「分かりました。すぐ取り掛かります。」

僕は今やっている仕事を中断して、頼まれ事を進めた。

「悪いね!よろしく。彼女のことばかり考えてないで、集中して仕事してくれよな。」

社長が僕に何気なく言った。その一言で全てが確信に変わった。

うちの会社には間違いなく「くノ一(くのいち)」がいる。
スタッフの全ての情報をリークする女忍者がいることがハッキリと分かった。

社長のその言葉を聞いた時、僕は周りのスタッフに視線を移した。
するとスタッフ全員と目が合い、僕たちはお互いに目で『くノ一(くのいち)を確信したタイミング』を共有した。

会社に「くノ一(くのいち)」はいた。間違いない。


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