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ミシュラン三つ星レストランへの挑戦 vol.30

東京・港区白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。

第六章 ミシュラン三つ星を目指す

vol.1からご覧いただく場合、あるいは章ごとにご覧いただく場合はコチラからどうぞ
 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ
 → 第三章 「料理長」を見据えて
 → 第四章 レストラン ラ クレリエール
 → 第五章 オーナーシェフの「仕事」

30.三つ星を目指すということ 

三つ星の料理

ラ クレリエールのレパートリーの中には、モナリザの河野シェフの料理を再現したお料理がいくつかあります。たとえば「豚ホホ肉の煮込み ミッテラン大統領」は、河野シェフがパリの三つ星店ジャマンで修業されていた時のものです。当時フランス大統領だったミッテラン氏が3日連続で来店された際にとても気に入られたお料理で、煮込み担当が河野シェフでした。僕もモナリザで何度も作り、今は「河野シェフから受け継いだ料理」として敬意を込めて完全に復元した形でお出ししています。
お客様にも大変好評で楽しみにしてくださっている方も多いのですが、これを出している限り、クレリエールは三つ星にはなれません。僕の店で、僕が作っているのであっても、これは “僕の料理”ではない、“河野シェフの料理”なのです。仮に僕流にアレンジしたとしても、新しい料理と言えるまで洗練し高めなければ“模倣”に過ぎません。三つ星に求められるのは、シェフ自身のクリエイションとしての料理。もっと言えば、「フランス料理」でありながらその枠を超えた「“柴田”という料理」を出せるようでないといけないのです。

三つ星の要件

僕は料理人なので、三つ星を目指す中でもこのように料理に目が行きがちですが、これまでいろいろな方のお話を伺って、三つ星と二つ星以下を分ける要素の中で「お客様の違い」の持つ重さが分かってきました。
三つ星は、レストランのピラミッドの頂点の存在です。そして相手にするお客様も、お客様のピラミッドの頂点。レストランへの見識が深く、店への要求も高く厳しい方々を、きちんと満足させられる店でなくてはなりません。プロの料理人は、本能ともいえるレベルで常に「美味しい料理」を追い求めています。しかし三つ星となると、美味しさの上に驚きや感動が求められます。自然と原価のかけ方も変わり、以前、モナリザでの例でお話したように要求される完成度も高くなります。
サービスも同様です。よりきめ細やかなサービスを実現するために最低限必要な人数は増え、個々のスタッフにも相応の技術や能力が要求されます。また、料理が変われば当然ワインの品揃えも変わりますし、最高級ワインをお客様に満足いただけるレベルで扱えるスタッフも必要になるでしょう。スタッフの布陣そのものを大きく変えなくてはいけない場合もあります。
さらに、空間の快適さや非日常性をより高めるために改装や移転することも珍しくありません。

三つ星を目指す要件として誰もが「料理」「サービス」「空間」を考えますが、これらはバラバラにあるのではなく、根っこは「お客様」で繋がっている。だから三つ星店とそれ以外の店の「お客様の違い」が大きな意味を持つのだと気づきました。

もちろん、三つ星店のお客様が一つ星店や二つ星店に行くことはあるでしょう、客層は星の数でパキッと分かれる訳ではないですし、重なっている部分も多いと思います。しかし頂点を相手にできるのは三つ星店だけで、三つ星店はその方々を常に意識していなくてはならない。ミシュランが与える三つの星は、そういった頂点の方々を確実に満足させられる店だというお墨付きなのです。

目指さないという選択

正直な話、ミシュランの星がなくてもフレンチレストランは出来ます。お客様が十分に楽しんで、「フランス料理って良いよね」と喜んで帰られるお店は、星つき店に限られたものではありません。
実際、三つ星を知れば知るほど政治的な側面が見えてきますし、星を取ることは単純にレストランのレベルを上げれば良いということではなくて、それ以外の戦いも必要だということも分かってきます。本来のレストランの仕事とは別の、星を取るための負担も少なからず生じるでしょう。
そして、いざ星を取れば、その星をキープするための努力が必要になり、さらにその上を目指すことを求められたりもします。結果的に自分以外のスタッフに大きな負担を強いることになります。それなのに、仮に三つ星を取ったとしても、スタッフ全員に何かしら還元できるとは限らないのが実情です。「自分の店にミシュランの星は本当に必要か?」そんな疑問が湧いてきます。

先日も料理人仲間と話していて、「今の二つ星からさらに三つ星を取りに行くとなるとスタッフがついてこられなくなるから(三つ星は)目指さない」という話が出ました。店のスタッフの力量を正しく把握し、求められるレベルに成長させるまでの負荷とそれへの耐性を考えるのもスタッフを率いる者の務めです。モナリザの河野シェフがそうだったように、あえて三つ星を目指さないことも、レストランとして、店主としてのすべき判断だと思います。だからこそ、三つ星を目指す店主は、それらを踏まえ、全てを背負ってでも目指す覚悟が必須だと僕は思っています。

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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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はじめに初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。

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