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喪の挫折

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喪の挫折シリーズ
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2017年6月の記事一覧

まなざし

ゴールポストにはじかれたような空。寺の鐘の音がびくつきながら 鐘から離れていって、次の鐘の音がびくつきながら前の鐘の音を 追いかける。追いつくことは稀だと思う。君はびくついているから。 西洋人が東洋をまなざすとき、そのまなざしにこもっている、 審美的に観察しようという汁気の多い趣味判断は、向こう側から こちら側にひだのように折り畳まれていて、君のまなざしに インストールされている。すでに。折り畳まれたまなざしをじぶん のものと思い込んで君は、審美的にその身を差し

せんご

こころがとても落ち着いている。こころがとても落ち着いている。風。 両手両足がおもたい。両手両足がおもたい。柱時計。柱時計。井戸。 両手両足があたたかい。両手両足があたたかい。イメージの中では ぽかぽかとした原っぱで日向ぼっこをしていて、同時に露天風呂に 入っている。イメージの中の露天風呂に入っていると、両手両足が ぽかぽかとして、じっとりと汗がにじんでいる。それにしても 両手両足がおもたい。両手両足が鉄の重さで地下深く隠された井戸の 底に沈み込んでいる。井戸の底

じんせい

いつはじまるのだろう。人生は。まだかまだかと僕は待っている。 いつはじまる。どうしてなかなかはじまらない。のだ。ろう。 人生は。生は。生の危うさ。まだか。待っている。まだか。 いつは。じまって。いる。なかなか。危うく。まだか。 待って。待って。人。どうして。待って。まだか。 いつ。いくつ。どうして。いくつ。生。は。まる。じ。 どう。かは。僕。待つ。危。生。待。指鳴らす少年の肉ばなれ。 まだか。まだか。少年は。まだか。人生は。まだか。待って。 危殆。死んで。指。

さめ

町の中心は製薬工場。町の北側には日が差さない。朝だけ日が差す小学校 と役場。夕方だけ日が差す団地。団地の人びとが製薬工場で薬品をつくる。 工場の南側は日が差す良い土地ではなかっただろうか。あそこにはなにもない よなあ。そういえば幼稚園があったな。と君は思う。町の人々は夕方、町の ずっと南の方にあるイオンに買い物に行く。隣町からも来る。イオンはなんで も売っている。猫砂も、牛乳も、サンダルも売っている。こんなに便利なお店 を町のはじっこに置いておくのはもったいない。

さいじき

それは『さいじき』をひらく。なんとまあ、禍々しい。悪の内容証明。 別名『言語黒書』。ことばによるホロコースト。ことばという名の、名 という名をもつ大虐殺。世界を切り裂き、花を存在させる原‐暴力。 僕たちはことばに領有されつづけるかぎり、ただうなだれ、棄却された 残り滓のスープを穴という穴からこぼすしかないのか。吐いたゲロを のみほし、それでもあふれてくる残余を、なかったことにして、きょうも お祈りする。おことばさまありがたうござります。きょうもりんじんを 搾取し

てがみ

君は手紙を書く。明け方の、砂浜が見える砂丘の、小さなテントのそば。 焚き火は弱々しいが、温度はちょうどいい。小さな折りたたみ式のテーブル。 太陽の輪郭のいちばんてっぺんの部分が、水平線にかかっている。 君は手紙を書き終えると、署名する。そしてしっかりと封をして、 バックパックのいちばん奥底に潜り込ませる。焚き火でわかしたあたたかい ミルクをのむ。僕は詩を書く。すべての単語を暗号化している。文字単位で 暗号化すると、複合が容易になってしまう。僕はもうじき死ぬ。君の

けいざい

スロヴェニアに伝わる例の伝承。農夫は魔女からこう言われる。なんでも願い を叶えてやろう。ただしお前の隣人にはその願いの二倍を叶えよう。農夫は考 えて言った。俺の眼をひとつ取れ。僕はこれはジジェクの創作ではないかと考 える。こんなに正確に資本主義の精神を寓話化できるなんて。あまりにもでき すぎている。君はどう思う。商人は美化されすぎていると思わんか。砂漠の一 武器商人(アルチュール・ランボー)といい。商品は命がけの飛躍を果たすん だった。そして無内容な商品が貨幣だっ

しんせいがん

玄武岩の柱状節理が六角形だった。それは沖縄県久米島町にあり 宮崎県西臼杵郡にあり兵庫県赤石にあった。マグマの冷却面に垂直に そして赤石の玄武洞では五角形や六角形や七角形や八角形の 玄武岩の柱が洞窟の中にあって。節理はずれのない割れ目のことで。 採掘しやすかった。採掘跡が洞窟になった。地球の磁場が今とは逆だった。 玄武洞の玄武岩の磁気はいまの地磁気と逆だった。ずれのある割れ目は 断層だった。ヴィクトル・ユゴー。レ・ミゼラブル(悲惨な人びと)。 何の小説か。脱獄劇で

せいめい

せいめいの定義を知っているかい。せいめい、って言って難しければ せいぶつと言ってもいい。せいぶつの条件にはいくつかあって。 いくつだったか忘れてしまった。まあいい、とにかくその条件をいくつか 満たせばせいぶつなんだけど、その条件のすべてを満たすせいぶつは そんざいしないんだって。いいかげんだよね。君はいいかげんなことは 好きかい。せいめいってそんなにいいかげんなものだから、みんなで 粗末に扱って、君だって僕を粗末に扱うじゃないか。そのくせ君は 君が好きなひとのこ

しゅうきょう

僕のおじいちゃんは死ぬと40日ぐらいはあらあらしかった。 そのあと山の上の氏神クラウドに融合してにぎにぎしくなった。 おばあちゃんもまたそうだった。あるとき旅の人が働きにきていて 名前も知らなかったしどこの国の人かもわからなかったが おじいちゃんの畑の作物を加工して街で売っていた。病気で倒れて死ぬと、 彼もまた氏神クラウドに入っていった。冬の間に山はそのふところに 雪をためこみ、春になると少しずつ雪を融かした。僕たちは春になって 初めての満月の日に火を焚いてお祭

ころし

僕からにんげんの皮をはいだら殺させろしかないし、 死にたいのかもしれないけど死にたいとかないよ お願いです殺させてください。100万円あげますから。 すぐに100万円をよういできないから、僕はたぶん殺すことを 回避しているのだとおもう。毎晩ひとを殺す夢をみるけど たいてい恐れの感情に支配されている。からだにはこの手が ひとを殺してゆく感覚がありありと残っていて夢なのにすごいなあ とおもいながら夢を見ている。殺したことがばれやしないかと すごく怯えて逃げ回ってい

せいかつとし

ははおやは呪いの札を部屋に貼る。話題はつねに逸ら される。トリケラトプスのここがいいんだよなあ、と 言っている小説を読まされる。人類は、600万年かけて、 ようやくひとつの位置にたどり着いた。1948年。国際連合 第3回大会。暗号化してよいと。僕たちの生活と暗号は 密着している。生活の向こうに暗号があるのではない。 すべてのエクリチュールはあらかじめ暗号化されている。 新聞俳句だって解読しなければならない。不可能な解読を。 複合キーのない暗号を。詩などない。根

あやまり

東横線にのる。武蔵小杉でのりかえて、南武線にのる。 きみは『パウル・ツェラン詩文集』を読んでいる。 このくにの未曾有の年の翌年に編まれた、このくにの あの状況に向けて読まれた唯一の誤っていない詩集。 誤りに対して開き直ることと自堕落であることは違う。 諦めることと明らめることは違う。唯一汚点があると すれば訳者解説だけだ、ときみは思う。顔をあげると 登戸。石油コンビナートを天然ガスコンビナートが 侵食している。甘美なヴァイオリンは自堕落だ。とても よろしい。

せかい

きょう噴煙を嗅いだ。水稲耕作テクノロジーを携えて 土地の人びとを山へ追いやった人びとの末裔の人びと。 奈良の古美術はこのくにの人々の聖なるもののイメージ だとかいいながらエンジンで来る。綿菅があがった ばかりの雨をふくんでしめっている。雨がふったのは きみのせい。社会的なものは社会的なもの。世界は すべて。外部がないものには概念を上書きしなければ ならない。グローバルに対してプラネタリーとか。 世界に対しては。なんだろうね。岩鏡とか、三葉黄蓮 とか、神とか。