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【論考】航空自衛隊 ブルーインパルスのカラースモーク噴射は「現場の暴走」 防衛省・自衛隊は綱紀粛正による徹底した再発防止を

※もともと別の媒体に実名で寄稿を予定していた論考ですが、清谷信一さんによる嫌がらせの被害防止のため、こちらで代わりに公開します。

はじめに

既に報道にあるとおり、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス(正式名称: 第4航空団 第11飛行隊)」が東京2020パラリンピック競技大会 開会式直前の東京都心上空での展示飛行を終えて航空自衛隊 入間基地(埼玉県狭山市)に着陸する際、適正高度以下でカラースモークを噴射した。防衛省 航空幕僚監部 広報室の発表によると、基地周辺に停まっていた自衛隊外の車両 約300台に、このカラースモークと思われる物質が付着していたとされる。

私が以前に寄稿した「論座」でも、既にフリーライターの赤木智弘さんが論考を発表しておられるが、補足として私からも異なる観点からこの事件の問題性を提起したい。

推定される被害は絶大 明らかに「ファンサービス」の域を超えたスモーク噴射

この事件を起こしたブルーインパルス予備機のパイロットは「機体に残ったスモークを使い切りたかった」と説明しているそうだ。確かに、単なる「ファンサービス」なら微笑ましい。しかし、それは被害や危険が生じなければの話だ。

この事件では国民の私有財産である自動車が汚損され、しかも水や洗剤で洗車しただけでは落ちず、再塗装が必要だという。多くの周辺住民にとっては甚だ迷惑な話だろう。再塗装には数万円から数十万円を要するだろうし、愛車を塗装に出している間の代車費用や輸送費用も考えられる。1台あたりの諸費用が30万円と仮定しても、300台なら合計で9,000万円だ。航空自衛隊が賠償するなら、その費用はすべて税金で賄われる。

それに、そう多くはないかもしれないが、高級車で塗料や技術が特殊だから塗装費用も高価とか、珍しい輸入車だから外国で塗装しなければならないといったケースもあり得るだろう。すると、国が支払う賠償金額はもっと上がる。もしかしたらヴィンテージカーで、いまは同じ塗装を再現できない場合があるかもしれない。すると、その際に被害者は「泣き寝入り」だ。この意味で、今回の事件は航空機による騒音と同様の「公害」たり得よう。

しかも、パイロットが説明しているとおり、この事件はパイロットのファンサービス、つまりコクピット内での「独断」が原因ということだ。ファンや周辺住民を楽しませようとした心意気は良いとしても、それで国や地域に大きな損害を与えたのなら、責められて当然だろう。特に、自衛隊でパイロットは「幹部自衛官(外国軍隊での士官に相当)」であることを考えれば、なおさらだ。

スモーク噴射で失われた信頼 「自衛隊の顔」なのに自衛隊の顔に泥を塗る結果に

ブルーインパルスは航空自衛隊 松島基地(宮城県東松島市)を拠点としている。松島基地は東日本大震災で壊滅的な被害を受け、F-2戦闘機やT-4練習機のほか、災害派遣で活躍するはずだったUH-60J救難ヘリコプターやU-125A救難捜索機を多く喪失している。しかし、予備機を除いて航空自衛隊 芦屋基地(福岡県芦屋町)に展開していたブルーインパルスは運良く難を逃れた。そして、当面の間は芦屋基地を仮の拠点としつつ、2013年3月にブルーインパルスはホームである松島基地に帰ってきた。やはり現地の人たちにとってブルーインパルスは「復興の象徴」「地元の誇り」だという。まさに「復興五輪」を謳っていた東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会において、ブルーインパルスは適任だった。


しかし、その大役を務めたブルーインパルスは結果として、航空自衛隊のみならず、防衛省・自衛隊の顔に泥を塗ってしまった。いや、泥なら水で洗えば落ちるから、まだ良かった。基地周辺の自動車に付着した塗料は落ちずに再塗装が必要だし、もっと言えば、傷ついた信頼は容易に「再塗装」できない。

全国の自衛隊施設がそうであるように、入間基地にも周辺住民からの厳しい声は存在する。例えば航空自衛隊が新たに導入したC-2輸送機の配備や自衛隊病院の建設に反対する市民運動のほか、航空機の騒音や消火訓練の黒煙に関して自治体による申し入れもあった。入間基地の周辺が住宅街ということを考えれば不安も無理もない。

戦後の長きにわたって、防衛庁(当時)や自衛隊への風当たりが強い時期は続いた。かつて吉田茂が述べたように自衛隊は「日陰者」であることを求められ、大江健三郎は防衛大学校の学生を「若い日本人の弱み、一つの恥辱」とすら評した。そんな苦しい時代のなか、防衛庁(当時)や自衛隊はなんとか地元の自治体や市民の理解と協力を得ながら、全国の自衛隊施設を維持して、日夜の訓練に励んできたのだ。

防衛省・自衛隊が長い時間を掛けて築き、自制ある行動で紡いできた地元の自治体や住民からの信頼を、ブルーインパルスが今回の事件で図らずとも傷つけてしまったことは言うまでもない。

原因はパイロットの「独断」 欠如が露呈した自衛隊員の「自制」

そして、この事件を契機に、私たちは自衛官個人の自制や自衛隊全体の統制も含めて検討する必要がある。
先述の通り、この事件は航空自衛隊パイロットの「独断」が原因だ。ファンサービスだとしても「やってはいけないこと」を勝手にやった、つまり自制を欠いた「独断による損害」という意味において、これは戦前の軍部の独断による暴走と何一つ変わらない。具体的には張作霖爆殺事件や柳条湖事件だ。
しかも、ブルーインパルスのパイロットは通常、全国の戦闘機パイロットから選抜される。詳しい方々ならご存知だろうが、航空自衛隊の戦闘機部隊は対領空侵犯措置、いわゆる「スクランブル発進」を担っている。彼らは領空の安全を守るため、その外側に設定された防空識別圏(ADIZ)で外国の航空機と対峙している。つまり、防空の最前線に立つ戦闘機パイロットは自衛隊において最も「外国との戦闘」に近い位置にいると言えるのだ。さらに、数十名や数百名の乗員で動かされる艦艇とは異なり、戦闘機は概ねパイロット1名のみで飛ぶ。誤解を恐れずに言えば、戦闘機パイロットはその気になれば単独で外国との武力衝突を起こせる立場なのだ。先ほどの歴史的な事件も、あながち大げさな例とは言えない。

それに、航空自衛隊では1995年にF-15J戦闘機のパイロットが訓練において、敵役を務めていた別のF-15J戦闘機を誤って撃墜した事件も起きている。このときも、ミサイルを発射しない予定の訓練だったにも関わらず、撃墜したパイロットはオンにしていてはいけない武器管制スイッチを予め入れていたとされる。その結果、実際にミサイルが発射されて、別の戦闘機を撃墜してしまった。この事件が自衛隊機同士で起きたから外交問題には至らなかった。しかし、仮に外国機を何らかのミスや勝手な判断で自衛隊の戦闘機パイロットが撃墜すれば、偶発的衝突や紛争に発展する可能性は言うまでもない。だからこそ、彼らには一挙手一投足への注意や配慮が求められる。しかし、今回、そんな戦闘機パイロット出身者で構成されるブルーインパルスなのに、その自制が効かなかった。

その結果、ブルーインパルスのパイロットは独断で行動して、基地周辺住民の私有財産に損害を与え、「公害」とも言える結果を招いてしまったのだ。

脅かされた自衛隊の「統制」 いまこそ綱紀粛正を

また、適正な高度でスモークを噴射させるための指揮統制も不十分だった。読売新聞の報道によると、地上の指揮所を含めて、カラースモークも使用基準高度は徹底されていなかったという。このカラースモーク自体、基地周辺の自動車を汚損するトラブルが発生した過去から一度は「封印」され、この東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のため、「地上に影響を与えない」改良版として新たに開発された経緯を持つ。地上300メートル以上の高度で噴射すれば粒子が霧散して地上に影響を与えないことが確認されていた。このカラースモークは過去の教訓と反省から開発され、明確な使用基準高度が設けられていたのだ。

しかし、実際には使用基準高度である地上300mを大幅に下回る高度で使用され、指揮命令系統からの統制も及んでいなかった。個々パイロットのミスや知識不足ならまだしも、組織や指揮命令系統が過去の経緯を踏まえていなかったとしたら、さらに問題は深刻だ。

個人ではなく部隊―それも防空の最前線に立つ戦闘機パイロットで構成される飛行隊―の単位で「独断」が許されるなら、先ほどの歴史的な事件の例は大げさでも何でもなく、もはや現実味を帯びてくる。張作霖爆殺事件や柳条湖事件も、指揮統制を逸脱した現場の部隊による「勝手な判断」が引き起こした。よりによって、今回は最前線に立つ戦闘機パイロット出身者たちによって事件が引き起こされた。国防の現場に立つ自衛隊員たちには心からの敬意を抱くものの、最前線に立つからこその「自制」と「統制」が必要ではないか。

民主主義を標榜するこの本邦において、自衛隊の行動は「民主的正統性」が担保されることによって正当化される。民主的に成立した政府による指揮統制は現場の部隊や隊員であっても徹底されていなければならない。そして、その指揮命令系統に背くのであれば「シビリアンコントロールからの逸脱」だし、本邦にとって「民主主義の危機」たり得る。
だから、いまこそ防衛省・自衛隊には指揮命令系統の総点検、誤解を恐れずに言えば「綱紀粛正」が求められるのだ。

おわりに: いまこそ「粛軍」が必要だ

趣味で航空自衛隊の基地祭に出向いたり、基地周辺で自衛隊機の写真を撮ったりするのが好きな筆者としても、今回の事件は本当に残念でならない。東松島市出身の友人からも地元の方々がブルーインパルスに抱く想いを聞いているし、全国各地にも多くのファンがいるはずだ。昨年は医療従事者の支援や、そして東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の記念といったミッションで東京の空を彩ったブルーインパルスは本来、「日本の誇り」と評価しても過言ではないだろう。

だからこそ、なおさらブルーインパルスには「自衛隊の顔」としての慎重な振る舞いが求められた。個々パイロットやブルーインパルスには自省を求めたいし、防衛省・自衛隊は十分な補償はもちろん、統制の見直しも含めた徹底した再発防止を講じて然るべきだ。誤解を恐れずに言えば「粛軍」が必要だ。

現代において防衛省・自衛隊への批判的な風潮は幸いにして強くない。真摯な対応で臨めば、信頼を取り返せる余地は大いにあるはずだ。再びブルーインパルスの飛行展示で多くの人たちが笑顔になる将来を、ただ筆者は願ってやまない。

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