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ディズニーワールドとスーパーボウルが包み隠すアメリカンドリームの消滅 - マイアミで描かれた現実より -

スーパーボウルは本当にアメリカンドリームの象徴なのだろうか?そこは人種を超えた普遍性を体現するアメリカそのものであると言えるのだろうか?


現代社会が”知能”という能力に偏重しており、知能が生涯年収を決定し、そしてその知能はそれぞれが持った遺伝子によって2/3以上が説明される(残りは”非共有環境”と呼ばれる、友人・知人、近隣住人などの外部環境)ということは誰もが何となく肌感覚を持っているにも関わらず”不都合な真実”として公に語られてこなかったが、近年の”行動遺伝学”によって証明されつつある。

一方で、日本人はその事実についての情報をほとんど持たず、意識もしてこなかったはずだ。しかし、一方で誰もがこう思った経験があるはずだ。

黒人の生まれながらにしての身体能力はすごい。

音楽に関するセンスやリズム感についても同じ。
では、次のような文章はどうだろう?

あいつが馬鹿なのは生まれつきだよな。親を見れば分かる。

誰もが悪気なく思ったことがあるのではないだろうか。そして、もちろんそれを公然と口に出すことははばかられることになる。皆、直感的に分かっている”科学的に正しいこと”であるにも関わらず、そうではないことが”政治的に正しいこと”であると社会的にふるまっているからだ。

この不都合な真実については人種の坩堝であるアメリカにおいて顕著に現れるはずだ。ドナルド・トランプが驚きとともに大統領となり、安定した政権運営を行っていることの背景には、この不都合な真実を現実として突きつけられた”プアホワイト”と呼ばれる貧困白人層の声なき声がある。

人種や国籍、親の経済状況などに関わらず、努力をした人間は成功を掴むことができる。かつては確かに存在したアメリカンドリームは1975年前後を境に急速にその効果を失い、幻想に変わっていく。それには様々な要因が背景にあり別途まとめるとして、ここでは分かりやすくひとつの大きなポイントだけ挙げる。

アメリカンドリームはニューディール政策の余韻と戦争特需に基づく労働集約型産業が下支えをする形での経済成長の恩恵によるところが大きく、その衰退とともに消えた。

ということだ。古き良き時代は、身体を動かして一生懸命働くことで、誰もが親よりも相対的に豊かな暮らしを手に入れることができたのだ。

しかし、時代は労働集約型から知能集約型に変わっていく。知能を規定するのは70%程度が生来の遺伝子であり、残り30%が外部環境である。そして70%の部分が社会的価値として”発芽”するかどうかについても外部環境が重要な要素となる。

1950年代に生まれ古き良き時代を経験した世代の子どもたちは、その親が与える外部環境によってその後の経済的成功の大きな部分を左右された。裕福なクラスの両親は、優良な社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を持っており、その環境下で育った子どもたちは無意識にその資本をレバレッジすることができ、そうではない子どもたちは負債の影響を受けることになる。

知能偏重社会はクラスを固定し、その格差を広げ続ける。


”フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法”という2017年に公開されたアメリカ映画を観た。

まずはとにかく、この予告編を観てほしい。映像への強い拘りを感じられる作品で、そして何よりも主人公を含めた6歳前後の設定とされる子どもたちの演技と言うこともはばかられるような動きや佇まいが素晴らしい。200万ドルという超低予算で製作されたそうだが、予算と作品の輝きは必ずしも比例関係ではない。

描かれるのはフロリダにあるディズニーワールドに近いモーテル。主人公は6歳の白人の女の子で片親である若い母親とともに暮らしている。母親は定職につかず、タバコとアルコールそしてドラッグをやり、両親や元夫(離婚しているかは分からないが)の助けはなく、地域社会のサポートもプラスになるものはあまり見られない。モーテルの他の住人は黒人やヒスパニックも含めた有色人種も多く、そしてその外の世界、ディズニーワールド周辺にある高級ホテルの住人も同様、白人だけではない。

アメリカの課題は既に人種の違いではない。
知能偏重社会における親の経済力の違いなのだ。


映画の結末をどう”見る”か、については人それぞれだと思うので、ここではこれ以上書かない。一方で、日本における1950年前後の親から生まれた団塊ジュニア、いわゆる”ジェネレーションY”、そしてその更に後から生まれてくる”Z世代”たちが置かれた環境も似たようなものではないだろうか。日本は人種という分かりやすい論点がないため、アメリア以上にその問題に焦点があたることがない。

”フロリダ・プロジェクト”とは、マイアミのディズニーワールド建設のコード名だ。プロジェクトには光と影がつきまとう。氷河期世代が経験する日本のフロリダ・プロジェクトは現在進行系である。


奇しくもマイアミで行われた2020年のスーパーボウル。確かにそこは人種による課題を超越したものとして存在していた、のかもしれない。

しかし、”そこにいることができる”のは、生まれながらにして優秀な”知能”に資する遺伝子を持ち、親のアメリカンドリーム実現で構築された社会関係資本を無意識に活用することができた本当にごく一部の人間なのだ

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