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ダンサー・イン・ザ・ダーク/ラース・フォン・トリアー監督

ラース・フォン・トリアー監督の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は、2000年のカンヌ映画祭パルム・ドールと主演女優賞を受賞した作品だ。ビョーク主演のミュージカル映画を、おそらく多くの人が見ただろうと思う。結末のその救いの無さ故に賛否両論だと言われるのだが。

物語の設定は(多分)1964年で、舞台はアメリカのとある町だ。セルマ(ビョーク)はチェコからの移民として描かれる。アメリカは移民の国なのだ。映像は4K修復されているが、フィルムの色合いも60年代風を再現しているように見える。

セルマは病気で視力が失われつつある。息子ジーンもいずれは失明するとされ、彼女は手術費用を工面するため昼も夜も必死で働いてお金を貯めている。セルマの「救い」は子どもの頃に憧れた自国のミュージカル映画で、それが故に彼女は、自身が向き合う過酷な現実世界と、彼女の逃避願望が創作した異世界のミュージカルとの間を行き来するのだ。

懸命に生きるセルマに、隣人はみな優しく手を差し伸べてはくれるのだが、時代的にも共産圏出身の彼女に対する無意識の優越感と差別感情が、うっすらとしかし映画全体に漂う。隣人であり彼女のためにトレーラーハウスを提供する家主でもある警察官ビルとその妻リンダも、セルマとジーンに対して親身に接するのだが、リンダから手渡されたクッキー缶は、ある出来事を引き金に痛ましい物語の結末へと連なっていく。移民であり、障害者であり、ひとり親であり、女であること。彼女が命を削り貯めた2000ドル。

60年代中頃のアメリカを舞台としたこの作品は、公開された2000年頃のヨーロッパの状況、ソビエト崩壊そしてEU統合後のそれを彷彿させる。だからこそ物語の賛否はともあれ、時代を炙り出す映画として世界で高く評価されたのだろう。日本から遠く離れた出来事ではあるのだが、だが2022年の現在、我々はこの映画に、あるいはこの現実に何を見て何を考えるべきなのか。

死を目の前にした静寂への恐怖と、刑場に向かうセルマの彼女の暗闇の中の最後の「107歩」を支えたのは刑務官ブレンダ(シオバン・ファロン)である。ミュージカルの終わりを、夢の終わりを嫌った彼女の絞り出す「最後から2番目の歌」は心を締め付ける。

監督:ラース・フォン・トリアー  
出演:ビョーク | カトリーヌ・ドヌーヴ | デヴィッド・モース


Björk - I've seen it All


ネタバレになるのでオーディオのみ
Next to the last song


*なお公平を期すため記しておくと、この作品で主演したビョークは「一緒に働いたデンマークの映画監督」からセクシャルハラスメントを受けたことを2017年10月に公表している。


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