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野口悠紀雄氏『83歳、いま何より勉強が楽しい』ー高齢期における自己実現と学び直し

野口悠紀雄氏の『83歳、いま何より勉強が楽しい』(サンマーク出版、2024年)を拝読しました。本書は、我が国をはじめとする先進国において急速に進行する高齢化の波と、医療技術の進歩による平均寿命の大幅な伸長によって到来した、いわゆる「人生100年時代」を迎えた現代社会において、シニア世代の人々がどのようにすれば充実した人生を送ることができるのかについて、多岐にわたる観点から提言を行っています。自分自身にとっても興味深いですし、また、人事企画の立場でも重要な示唆を与えてくれるものでした。

 著者は、従来の社会通念では、定年退職を迎えた後の人生は、いわば「余生」として捉えられることが多く、社会の第一線から退いた高齢者は、のんびりと悠々自適な生活を送るべきだと考えられがちであったことを指摘しております。しかしながら、現代社会においては、定年退職後の期間は、実に20年から25年にも及ぶ長い期間であり、この貴重な時間を単に無為に過ごしてしまうことは、人生において大きな損失であるとしています。むしろ、この「セカンドライフ」とも呼ばれる期間こそが、人生の黄金期であり、自己実現や生きがいを見出す絶好の機会であるとしております。

 そして、この黄金期を有意義なものにするためには、何よりも「勉強」が非常に重要な役割を果たすと説いています。ただし、ここで言う勉強とは、かつての学生時代のように、受験や就職などの目的や必要性に迫られて、仕方なく行うような義務的なものではありません。むしろ、勉強すること自体が楽しいと感じられるような、自発的で能動的な学びの姿勢が大切だと著者は強調しています。好奇心を持って未知のことに触れ、新しい知識や技能を身につける喜びを味わうことこそが、高齢期の生活を豊かで充実したものにする秘訣だとしています。

 また、高齢になると、物忘れなどの認知機能の低下を恐れる人もおおくなりますが、著者はそれを過度に心配する必要はないしています。加齢に伴う記憶力の低下と、知的能力の衰えは必ずしも同義ではなく、知的好奇心を持ち続け、積極的に脳を活性化させることこそが、認知機能の維持に役立つと指摘しているのです。さらに、現代社会においては、時代の変化に対応するためにも、デジタル機器を積極的に活用することが有効だと提案しています。ITリテラシーを身につけることで、身体的な衰えをある程度補完することができ、情報収集や学習の幅を大きく広げることができるわけです。

 高齢者が働き続けるためには、リスキリング(スキルの再習得)が必要不可欠であることは確かです。一方、単に用意されたプログラムを一方的に教わるだけでは不十分であり、自ら学ぶ姿勢が何より大切だと説いています。特に、AIをはじめとする新しい技術の登場により、働き方や求められるスキルは大きく変化しつつあるため、常に新しいことを吸収し、自発的に学び続ける意欲が重要だと述べているのです。

 さらに、近年大きな注目を集めているChatGPTが、高齢者にとって理想的な話し相手になり得るとしています。知識量が豊富で飽きることなく付き合ってくれるChatGPTとの対話は、孤独感の解消や知的好奇心の刺激に大いに役立つとしています。加えて、Zoomなどのオンラインツールを活用した同窓会も、高齢者の社会参加や生きがいづくりに非常に有効であると提案しています。

 最後に、高齢期の充実した生活を送るための具体的な方法として、自分史づくりを推奨しております。自身の人生を振り返り、過去の出来事を美化して記録することで、自分の生き方を肯定的に受け止められるようになるとののことです。時には辛く苦しかった経験も、後から振り返ってみると懐かしく、貴重な思い出として心に残るものだと述べ、自分史づくりが高齢者の精神的健康の維持に大きく役立つとのことです。

 本書は、高齢化が急速に進行する現代社会において、前向きで意欲的な高齢者像を提示しており、充実した老後を過ごすためのヒントが随所に盛り込まれています。著者の提言は、単なる理想論や抽象的な議論ではなく、具体的かつ実践的なものが多く、読者に新たな気づきと勇気を与えてくれる一冊です。高齢者の方のみならず、私のようにこれから高齢期を迎える中高年の方にも是非一読をお勧めしたい一冊です。

人事の立場で考えること

 一方、人事の立場から考えることはないでしょうか。人生100年時代が現実のものとなりつつある中で、企業や社会は高齢者のエンゲージメントと生産性を高めるための新たな戦略を模索する必要があります。この時代の到来は、人事の領域においても多くの課題と機会を提供しています。以下に、これらの課題の対処について考察してみます。

高齢者の勉強と職業訓練の重要性

 現代の労働市場では、高齢者が新しいスキルを学び、変化する業界の要求に適応することがますます重要になっています。企業は、オンラインプラットフォームや社内トレーニングを用いて、高齢者が最新の技術や業務プロセスを習得できるよう支援することができます。たとえば、デジタルマーケティングやプロジェクト管理の基本を教えることで、彼らが新しい部門での仕事を引き受ける準備を助けることができます。さらに、定期的な勉強会やセミナーを提供することで、知識の更新を促し、生涯学習の文化を醸成することが重要です。

多世代の労働力の統合

 多世代の労働力を効果的に統合することは、企業にとって大きな課題ですが、これを成功させることで、組織全体のイノベーションと生産性が向上します。高齢者と若年層の従業員が協力するチームを組むことで、互いのスキルと経験を活かすことができます。例えば、メンターシッププログラムを導入し、高齢者が若手社員に業界の知識やビジネス倫理を伝える一方で、若手社員から新しい技術やトレンドについて学ぶことができます。

セカンドキャリアの開発支援

 退職後もキャリアを持続させたい高齢者に対して、セカンドキャリアの機会を提供することは、彼らの生活の質を向上させるだけでなく、社会全体の労働力不足問題の緩和にも寄与します。企業は、退職を控えた従業員に対してキャリアカウンセリングを行い、彼らのスキルと興味に基づいて新しい職業を探る手助けをすることができます。また、彼らが新たな役割に移行する際のトレーニングを提供し、スムーズな過渡を支援することが重要です。

フレキシブルな勤務条件の提供

 高齢者にとって、フルタイムでの継続的な勤務が困難である場合があります。そこで、パートタイム勤務やリモートワーク、フレキシブルな勤務時間を提供することで、彼らが持続可能な方法で働き続けることを可能にします。これにより、高齢者が体力的、精神的に負担を感じることなく、長期にわたって職業生活を続けることができるようになります。

世代間の交流と共生の促進

 職場内で世代間の交流を促進することは、互いの理解を深め、世代間のギャップを埋める効果があります。例えば、定期的な社内イベントやワークショップを開催し、異なる世代の従業員が互いの価値観や働き方について学び合う機会を提供することが有効です。また、非公式の社交活動やチームビルディングの活動も、異世代間の壁を低減し、組織全体の連帯感を高めるために役立ちます。

福利厚生と健康支援の充実

 高齢者特有のニーズに合わせた福利厚生のプログラムを整えることで、彼らの健康と幸福をサポートすることができます。例えば、健康診断の頻度を増やす、専門の健康管理サービスを提供する、ストレス管理のワークショップを実施するなどが考えられます。また、退職後も継続して福利厚生を享受できるようにすることで、高齢者の安心感を高め、企業へのロイヤリティを保つことができます。

 これらの戦略を通じて、高齢者が活躍できる職場環境を整えることは、組織の持続可能性と競争力の向上に寄与します。また、高齢者自身の生活の質の向上だけでなく、社会全体の労働力不足の解消にも貢献することが期待されます。人事部門がこれらの課題に積極的に取り組むことで、多世代が共生する豊かな労働環境の実現が可能となるでしょう。

高齢者がノートパソコンやデジタルタブレットを使いながら、モダンなガラステーブルを囲んで活発な議論をしている様子を描いています。場面は明るく広々とした図書館で、窓からは静かな日本庭園が見えます。このシーンは、高齢者が技術との交流を楽しみながら生涯学習に励む姿を柔らかなタッチで表現しています。

以下東洋経済の、ご本人執筆内容も参考になります。


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