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浦上咲を・・かたわらに γ (gamma)

Episode3「黙示録・抄」

 僕たちは市電の始発駅に向けてゆっくりと坂を下り始めた。北国の夏は短い。8月も終わりに近づくと、すでに風の温度が違っていた。咲は柔らかな髪をその北国の初秋の風になびかせながら、僕の傍らにいた。

「ふうん・・・・。」

 咲は道路の中途でとぎれた二本のむき出しのレールを見て何か感心したように言った。
その終点は、別に車止めも何もなく、レールがただ、道路にとぎれているだけだった。何のてらいもなく、何の飾りもなく、ただ途切れているのだ。考えれば不思議な光景だった。まるでマグリットの絵の世界のような錯覚をあらためて僕は持った。故郷の見慣れた風景でありながら、新鮮な発見だった。

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「不思議な景色だね・・・。」
「・・・え?何が?」
「ほら・・・道路の中に線路が溶けてるみたい・・。」

咲は途切れたレールを指さした。

「人生って、こうやって終わるのかなぁ・・・。」
「・・・・・。」
「ぷつんと・・・・・ぷつんとよ・・・。」

考えれば死とはそう言うことだった。ただ、僕は咲がそのあと、自分自身の死をそう思うことだけがイヤだった。

「あたしも・・・こういう風に溶けるのかな・・。」
「・・・よせ・・・。」
僕は少し不快な声で言った。咲は、少し気に入らないと言うような顔をして僕を見た。

「・・だって・・・。」
「・・聞きたくないな、そう言う言葉は・・。」
「弱虫・・・。」

咲はそう言って少しむくれた。

「あたしはまだ死なないよって言ったじゃないの。」
「・・・うん、そうだよな・・・。」
「だから言えるんだよ・・・。あたしにしてみれば、殺しても死なない感じのせんぱいが、明日起きたら死んじゃうかも知れないって、そう考えてるわよ。」
「・・・僕が・・・?まさか。ははは。」
「でしょ?だけど、あなたのような人こそ、そう考える必要があると思うよ。」
「・・・確かに、そうかも知れないな・・。」
「・・あたし、不安なの、愛すれば愛するほど・・。せんぱいが明日にもいなくなってしまうんじゃないかって・・・。そんな想いがせんぱいの存在が大きくなるほどつのるのよ・・。」

 確かに、死はそれを物語っていた。前の晩には楽しげに談笑していたのに、次の日は冷たい躯になり、一週間もしないうちに白い遺骨となる。それが現実だった。途切れたレールの風景は、まさにそれを顕わしていたかのようだった。

 咲が、逆に自分の方が気楽であるというのは、むしろ命のカウントダウンを意識の中に埋め込まれたからだと言うことだった。考えれば、カウントダウンのない僕の方が、いつ、突発的にこのように命のレールがぷつりと途切れるか、解らないだけに余計不安な気持ちを持った。たしかに、覚悟のない変化は恐ろしいものなのだった。


 茶色と深緑色のツートンカラーに塗られた古い電車が停留所に止まった。途切れたレールの10メートルくらい前の位置で器用にその電車は止まった。

 終着の客をすべておろしてしまうと、ワンマンカーのその電車の運転手は、料金箱を手にさっきまで最後尾だった後ろの運転席に移動を始め、始発側の安全地帯にいた僕たちに向かって入り口を開けた。

 始発の乗客は僕たち二人きりだった。

「さっきまで終着駅だったのに、今から始発駅になるんだ・・・。」
咲はしみじみとそう言った。何気ない言葉だったが、僕にはひどく心に沁みいる言葉だった。
「・・・そうか・・。」

僕は妙に納得した。

「でも、それも含めて、全部ありなんだよ。真実じゃなく、事実として。」
「・・え・・・?何?せんぱい。いきなり。」

 咲は小さな笑みを浮かべて僕を見た。僕は隣に座る咲の手を取って想いを伝えるように言った。
「物質レベルで言えば、死ぬことは始まりだっていう事実だよ・。」
「・・・・・。」

咲はじっと僕を見てうなずいた。

「人は、物的にも精神的にも、死んだことによって、次の何かを生み出すもとになるんだ・・。」

咲は僕をじっと見て言った。

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「それだけじゃないんだよ・・それは因でしょう、そのほかにも、ものには縁というものがあるわ。一方の正は負があって初めて存在する。したがって負なくして正はあり得ない・・・こういう事。すなわち、わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。」

「あ、先生の受け売りだな?たしか、ヨハネの黙示録・・。」
「・・あ・・、解った?」
「咲の言葉にしては難しすぎるもんな・・。」

「あはは、ようは悪いことはいいことを生み出すし、いいことは悪いことを生み出すって事・・。」
「・・・うん・・・。」
「だから・・・どっちかにとらわれちゃダメって事なんだろうね・・。」



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