浦上咲を・・かたわらに χ (khi)
Episode22 奥の細道にて
それは、山全体が寺域の寺のもっとも奥まったところにあった。
咲はその輝きの前でしばし言葉を失っていた。
平泉中尊寺金色堂
僕たちはその前にいた。
やや不謹慎な気持ちではあったが、僕たちは祖父の一連の「葬儀」のあと、函館で「婚姻届」を出した。それは、何よりも、祖母や先生の勧めでもあったのだ。
僕と咲は正式に夫婦になり、僕は「浦上耕作」と名乗ることになった。
そのいきさつは、何のことはない、至極簡単な理由からだった
この話を空港ロビーで浦上先生に話すと大笑いされた。まぁ、考えれば僕は学生時代から浦上家の一員になっていたようなものだから、それも良いかとは思っていた。また、咲の結婚へのメッセージもどちらも変わらないものだったからだ。
で、そのまま僕たちは、新婚旅行を気どって、ゆっくり東京に帰ることにしたというわけなのだ。
「行ったことのないところに行きたい」
これが咲の旅のリクエストだった。それが、東北巡りだった。そして、今、この金色堂の前にいる。
「・・・・すごい・・・。」
堂内は、香の匂いが満ちていた。どこか懐かしいのは、あの念仏寺の匂いに似ていたからだ。咲も同じようなことをつぶやいた。
金色堂の中心にいたのは阿弥陀仏だった。ここに限らず、平泉全体は阿弥陀仏の仏国土である「極楽浄土」を再現しようとした、当時の「テーマパーク」だったのかも知れない。藤原三代の、儚げな信仰の証がそこはかに感じられた。
「阿弥陀仏」って、お釈迦様とは似てるけど、なんとなく違うよね。」
「うん、そうだね。」
「どんな違いがあるのかな・・。」
素朴な疑問だった。僕も本音はそう思う。というのは、「ブッダ」という存在が、ゴータマ=ブッダ(釈迦)だけなのか、それとも「ブッダ」は過去にも未来にも、どこにでもある「存在」なのか。」 なのだった。そして、そもそも「極楽浄土」というのは、純粋に「ブッダ」になれるための環境なのだ。ということ。すなわち、ゴールではなく「入学」みたいなもんじゃないのか?
そんなつまらない疑問だった。
咲は讃衡蔵の古い仏像を見て回った後、金色堂の前の小さなベンチに腰掛けながらぽそっと言った。
「極楽浄土って、悟りを開くための専門大学。って言う位置づけなのかな。」
「で、カリスマ教授が阿弥陀仏って言うことだね、その論法だと。」
「うん、何かそんな感じ。でも、違う感じもする。・・・だからさ・・思うの、その浄土にすっかりはまるって言うこと。」
咲はそこでまた僕の顔を見た。
「おい、浦上耕作・・・。」
「・・お・・。」
「どう、慣れてる?」
「そうだなぁ・・、こう考えたよ。」
「なになに?」
咲はまた、じっと僕の顔を見つめる。僕は実はこの仕草が苦手であり、この上なく好きだった。
僕が咲に言った内容はこうだ。
「うまく言えないけれど、世の中が乱れちゃって、この世じゃとてもお釈迦様のような出家修行ができないから、いっそのこと阿弥陀如来のフィールドの「極楽浄土」に生まれ変わり、修行したい。と考えたのがスジかな。」
咲は、また金色に光る阿弥陀如来像をじっと見ながらつぶやいた。
「・・・でも、そうしなくても、この仏様の前にずっといると、自分の心の中にそういう世界が広がってくる感じがするなぁ・・。あたしが卒論で考えた、信仰と信心みたいなものかもね。・・でも、まだよくわかんない。」
「それで、いいんじゃないかな。」
僕はそっと咲の肩に手を回していた。
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