見出し画像

「心理的安全性」と「コーチング」の関係

 昨今、改めて注目を浴びている言葉に「心理的安全性」があります。
心理的安全と、それに影響を与えるコーチング技術についてのお話です。

~~ 話題の「心理的安全性」とは? ~~

「心理的安全性」への注目が集まっています。
その効果が実証されたケースをひも解くと、ビジネスの世界だけでなく、
教育、医療、スポーツ界と様々です。
 
ハーバード大学の教授、エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)が、1999年に発表した論文をベースに、2017年の彼女の著による The Fearless Organization(日本語版「恐れのない組織」、2021年 英治出版)が注目を浴び、Googleが行った「プロジェクト・アリストテレス」によってその効果が実証されると、一気にブレイクした感があります。 

しかし、同教授も最初の論文で述べているように、心理的安全性の考え方については、MITのエド・シャイン教授が提唱した1966年にまで溯ります。 

長い研究と実証の歴史を持つ考え方が、今になって大ブレイクしているのは、VUCA(V:Volatility:変動性)(U:Uncertainty:不確実性)(C:Complexity:複雑性)(A:Ambiguity:曖昧性)の時代を背景に、多様化する価値観や職場、組織環境が、この考え方を求めているからだと思います。

「心理的安全性」とは、エドモンドソン教授の1999年発表の論文では、
「チーム内で、例え対人関係のリスクをとったとしても、安心できるという共通の思い」と定義されています。 

対人関係のリスク」が意味するものは、チーム、組織内に起こる相手(一人とは限りません)との間に発生するかもしれないネガティブな関係性です。

非難される、蔑まれる(バカにされる)、邪魔者扱いされる、無視される(仲間はずれ)、等々、
平たく言えば、普段のコミュニケーションには表出しなくても、非言語も含めて、「居心地の悪い思いをする」「ばつの悪さを感じる」組織内の関係性です。

これを恐れて発言や行動を躊躇する、つまり「不安」が先行すると、チームパフォーマンスの悪化、コミュケーションの劣化、モチベーションの低下、離職率の上昇、ミスやエラー発生などが起こりやすく、

 逆に「心理的安全性」が高いチームはチームパフォーマンス高いことが、
グーグルの調査で実証されたということです。 

エドモンドソン教授による心理的安全性を損なう要因と特徴行動とは、

(1)無知だと思われる不安(Ignorant)
⇒ 気になることがあっても質問をしない。「こんなことも知らないのか、と思われたくない」
(2)無能だと思われる不安(Incompetent)
⇒ ミスや失敗はできれば報告したくない。「できないヤツ、と思われたくない」ので弱点は晒さない。
(3)邪魔をしていると思われる不安(Intrusive)
⇒ 新しい提案や発言は控え、話に割って入らない。相手の時間、状況を優先し、嫌われない配慮をする。
(4)ネガティブだと思われる不安(Negative)
⇒ 現状におかしい点や気になる点があっても、批判的と思われたくないので発言しない。指摘しない。とにかく調和を優先する。

が挙げられています。

自分を守るため、他人との軋轢を避けるため、意識、無意識にかかわらず行っている、自己印象操作(impression management)に起因するのですが、これは社会人が身につけている後天的な習性であり、才能です。 

これらのマイナス要因を排除し、行動を変えることで、会社、組織、チームのパフォーマンスが向上する、というお話です。

「心理的安全性」についての情報や知識は、書籍、YouTube、TED、等々でアクセスできますので、ここではこれ以上は語りません。 お薦めの書籍としては、

  • 恐れのない組織 ― 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす」
    エイミー・C・エドモンドソン (著), 村瀬俊朗 (著), 野津智子 (翻訳) 2021年 英治出版

  • 心理的安全性のつくりかた
    石井 遼介 (著)  2020年 日本能率協会マネジメントセンター (2020/9/

の2冊を上げさせて頂きます。

前者は本家本元の提唱者による著作で、「心理的安全性」の考え方を理解するためには必読書だと思ます。リサーチに基づく事例も豊富なので、説得力があります。

後者は、「つくりかた」の表題の通り、「「心理的安全性」は理解したけど、じゃぁいったい我々はどうしたらいいの?」という問いに丁寧に応えているという意味で良著だと思いました。

さて、「心理的安全性」の紹介が終わったところで、ここにコーチング技術のお話を盛り込んでいきたいと思います。 

~~ 「心理的安全性」実現に役立つコーチング技術 ~~

「心理的安全性」も「コーチング」も、それ自体が「目的」ではなく「手段」なので、真の目標達成のために諸々のアレンジや組合せがあってもよいと考えています。

意図しているところを誤解したり、間違った概念を流布するのはよくありませんが、目的のために手段の「良いとこ取り」をして推進していくことは合理的な方法と言えます。

世の中に公表されている「人材育成」「意識改革」「学習する組織の形成」「創発(イノベーション)促進」などなど・・・・
あまたあるセオリーは、それが導入されたからといって、魔法の様に理想の状況が実現するわけではありません。その提唱者がそれを一番理解していると思います。

故に「心理的安全性」についても、それらの概念を理解し、自分で考え、時には他のセオリーも交えながら、焦らずにじっくりと取り組むことが大切だと思うのです。

そして、コーチングの中で重視されているいくつかの考え方が、「心理的安全性」を作る上で役に立つのではないかと考えます。
 
例えば、
・      フィードバック
・      アサーティブネス
・      リーダーシップ
などです。
 
この内、今回はフィードバックについて触れてみたいと思います。
なぜなら、この「フィードバック」の意味を正しく理解し、これが組織の風土、カルチャーとして根付くことは、組織を「心理的安全性」へと導く要素のひとつになると考えるからです。

~~ フィードバックを正しく理解する ~~

 エドモンドソンの1999年の論文の原文を読んでみると、その35ページにわたる論文の中に、フィードバック(Feedback)という単語は34回登場します。Asking(求める)、Provide(与える)、Seeking(探す、探求する)
などという単語と一緒に使われていることが多いです。
ちなみに、Coachingという単語の出現は44回、Teamという単語にいたっては875回です。(チーム形成がテーマの論文なので、驚く数字ではありませんが。)
 
フィードバック(Feekback)はコーチングにおいて最も重要な要素のひとつと言われていますが、コーチングの場に限らず、あらゆるコミュニケーションの場で、フィードバックを送る側と受ける側の双方がその意味を正しく理解し正しく行われるなら、そこに大きな「学びの場」が作られます。
  
ところが、この「フィードバック」という言葉が正しく使われていない場面、特にビジネス分野、に遭遇することが多いのです。
 
例えば、新人営業マンのプレゼンテーション・トレーニング。
15分間の模擬プレゼンを終えて、本人から先輩社員に向けて
「フィードバックをお願いします」と、発言を求めると、
 
先輩、上司からの言葉は、
「熱意は感じたが、60点というところかなぁ。
誰に向けてプレゼンしているのかよくわからん。
スライドの方ばかり見て話をしているので、あれじゃお客さんの心はつかめないね。
それに色々な話題が盛りだくさんなので、最後にまとめてくれないと結局何が言いたいのか理解できないよ。」
・・・なんてお言葉を頂くことがあるのではないでしょうか?
 
これはコメントであって、フィードバックではありません。
 
コーチングにおけるフィードバックの大原則は、
・      フィードバックは相手の許可を得て行う、あるいは求められて行う。
・      批判、評価、否定、攻撃をしない。
・      フィードバックを受入れるか、受入れないかは、受けた本人の選択次第(=命令ではない)。
・      客観的事実を述べ、「自分はこう感じた」「自分にはこの様に見えた」と伝えるだけ。
です。

フィードバックのルーツを辿ると、戦争で大砲で的を狙う訓練に於いて、遠方の的に向かって大砲を撃つ ⇒ 砲弾が着弾する ⇒ 的の横にいる人が、砲撃手に向けて、砲弾が的からどれだけ外れていたか(右に何メートルとか、何メートル短いとか)を報告する・・・というプロセスが事の始めだそうです。
 
的の横にいる人は、砲撃手に何のアドバイスもしません。ひたすら的と着弾地点の差異を報告するのみです。良いとか、悪いとか、惜しいとか・・・、
評価や批判は一切しません。
 
砲撃手はその報告を受けて、発射した大砲の方向や角度、風向きなどを自ら考えた上で、つまり修正して、次の砲身の角度や方向を決めるわけです。
 
先ほどのプレゼンテーション・トレーニングの例に当てはめるとどうなるでしょう?
「あなたは、使用した計10枚のスライドのうち7枚については、スライドの内容を読み上げることに注力し、お客様へ目線を配っていなかった」
「わずか15分のプレゼンの中に、訴えていた課題が5つあった。」
「私には、この課題のどれが最優先になるのか、理解が出来なかった。」
 と、なるでしょう。
 
これはコーチングに於けるフィードバックの原則に愚直に従った例であって、実際のビジネスの場では、
「それを受け止めるか?」については、この場合は上司のアドバイスは一旦受入れるとして、加えて、「受けとめるなら、次にどうしたらよいか?」ということを上司や先輩から「ティーチング」によって学ぶという、現場での応用形になっていると考えます。
 しかし、フィードバックの約束である、「評価、批判をしない」は遵守されます。
 
フィードバックとは何か?
フィードバックを与える、受入れる、とはどの様な言動か?

ということが理解され、組織内に定着するということは、客観的事実と、自分が思ったこと(評価ではなく)を率直に、何の躊躇もなく伝えられるという組織カルチャーが芽生えることであり、「心理的安全性」への第一歩となると思うのです。
 また、フィードバックを与えるだけでなく、「受入れる」ということは、自分が未だ完成形でないことを自覚し、成長の伸びしろがあることを理解する、ということです。
 
チーム全体がこうした気持ちを持てば、自分の弱点を共有し、失敗を恐れずチャレンジし、たとえ失敗したとしても、それを学びの機会とする組織風土が育っていくと思うのです。

少なくとも「無知、無能と思われたくない」という心配は無用になっていくのではないでしょうか?

安藤秀樹
株式会社ドリームパイプライン代表

公式ホームページ: https://dreampipeline.com
お問い合わせ先: hideki.ando@dreampl.com

拙著 『ニッポンIT株式会社』
https://www.amazon.co.jp/dp/B09SGXYHQ5/
Amazon Kindle本 3部門で売上一位獲得
「実践経営・リーダーシップ」部門
「ビジネスコミュニケーション」部門
「職場文化」部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?