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吐くのは血反吐だけにしようぜ


 就職をきっかけにライフマネジメントと体力、ストレスマネジメントとエネルギーマネジメントとか、とにかく諸々コントロールしたがる精神を覚えてしまった。
 取り敢えず履いてみたのは二足の草鞋で、会社員とそれ以外のバランスをどう取るか?ストレスマネジメントをどう取るか?どこにエネルギーを配分するか?そんな事を考えている。

 身体的な体力とメンタル的な体力はある程度両立しうるし、なんというか、ワークアズライフが流行った頃が懐かしい。なるほどなるほど、会社員になるとそんな事を考えるのか。
仕事と生活の両立を迷うなか、それはイコールだと思えるマインドセットはなかなか刺激的だったのかもしれない。


 僕は結構自分の身体を蔑ろにするタイプで、まだまだ若いんだから多少飲まず食わず眠らず走っても死にはしねぇってマインドで生きている。
 実際、外圧なしに自分を追い込んで過労死できる人などほとんどいないし、自分には自発的に過労死できる(もしくは身体をぶっ壊す)程の忍耐力もメンタリティも持っていない。

 どれほど走れるか?という点において、あまり他人と他人を比べる事は少ない(メタ的にはあるかな、)けれどなぜか、自分は他人と比べる事もある。自分よりも遥かに年配のあの人が自分の倍動いている。よし、それなら自分はもっと動いても身体的問題はない。と判断する。

 まあ確かに身体はそうかもしれないがその人と僕はメンタリティも違うし居る場所も環境も違うから、一概には当てはまらない、という考えは捨てている。

そもそもどうせ自分はサボる。と頑なに信じているし、実際程よくサボって生きてきたから、今も元気でいるのだと思う。
ところがどっこい真面目すぎる機雷もあるので、自分で自分を追い込むのが得意といえば得意なのかもしれない。

上手に自分を追い込む人は、自分が潰れるのが100点だとしたら、どうすれば99点まで取れるか?自分の限界ギリギリまでどうしたら追い込めるか?と考えるのかもしれない。それはそうだ。何故なら"追い込む"なのだから。

ところがどっこい。
僕の"追い込み"は、どうすれば120点を取れるか?だ。限界点が100点なのに。
120点に追い込めば、ただ潰れるではないか!

と、わかってはいるがやめられない。
120点を走り切った時の快感は、どうしようもなく興奮してしまったあの感覚は、クセになる。



つまりだな。

潰れてしまえ!
吐くのは血反吐だけだ!

舐めるな。ただ向き合え。それだけでいいんだよ。
越境しようとするんだから、簡単に出来るわけがないだろう?

甘えた全てに、満足できるわけがないだろう?
苦しくなると楽しくなるだろう?
それを愛しているじゃないか。

自分に騙されるな。誤解するな。受け入れるな。
飛ぶな。吐くな。見上げるな。
目を閉じて、底に真っ直ぐに。そこは眼の前だ。

始まった?ふざけんな。始めろ。
流れるな。流せ。

それが美しいのだから。
見えないから見るのだろう?
そこに0コストで行けるわけないだろう?

お前は己の弱さを卑下する必要はない。
だが強さに溺れるのはゴミ野郎だ。

吐くのは血反吐だけにしろ。
食べるのは煙草の吸い殻と灰だけだ。

そんな感じ。

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