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逃避の散歩 54.真夜中の烏山川緑道

頭の中ではヴァン・ヘイレンの「Summer Nights」が流れる真夜中に、自分は千歳台交差点付近にいる。

世田谷区のサイトによると、環状八号線にあるこの交差点の付近が烏山川緑道の起点となっている。この緑道の終点は北沢川緑道(1516回)と共通でかつ目黒川(36回)の起点だ。

来た理由は単純で、いまは夏で昼間は暑くて歩けないので真夜中に軽く歩ける道を考えていて思い浮かんだからだ。

案内板がある。世田谷区のサイトには起点が「千歳温水プールあたりから」と書いてあるが、ここはその隣の粗大ごみ回収場の前だ。

今回、この緑道を歩くにあたり決めていることがある。基本的に橋跡は見落としてもいいことにする。理由は深夜帯なので基本的に道が暗く、橋跡を示す名称板などを見つけづらいからだ。

歩き始めて3分、千歳温水プールと区立希望丘公園の前を通過し、交差点で信号待ちする。

この通りの先に、2011年頃に放射性物質の入った瓶が見つかったことで騒ぎになった場所がある。

この騒ぎ、実際に計測された線量は110マイクロシーベルトと胃レントゲンで浴びるよりも少ない数値だった。当時は東日本大震災の原発事故もあってただ「放射能」という言葉に過剰な反応をして騒がれたのが実情で、その物質から発する放射線の影響を近隣の住民が受けたというニュースもない。

信号が青になったので横断歩道を渡ってすぐ右側、希望丘図書室の前を入口にした希望ヶ丘団地の道を進む。少し進んだところで下りのスロープがあり、そこを通ってアンダーパスとなっている歩道を抜けていく。同団地の広場に出て、そのまま直進。

9分経過、希望丘通りに出る。ガードレールに阻まれた先に続きがある。右側には世田谷区立希望丘小学校があり、その前の信号を渡ってその道へ。ほんの数十メートル進んだところでまた道が2車線の車道に分断される。仕方ないので北側にある船橋交番前交差点の横断歩道を渡って先へ。

また数十メートル進んだところで荒玉水道道路が緑道を分断する。この道路は北沢川緑道を歩いたときに桜上水付近で通過している(15回)。南側の交差点の横断歩道を渡って緑道の先まで行く。

緑道は50メートルほど進んだところで右へ曲がり、さらに100メートルほど進み区立西経堂児童遊園がところでガードパイプに阻まれる。

進行方向から見て左側にある信号付きの横断歩道を渡り、西経堂児童遊園を突き抜けて先へ進む。集合住宅の中を自転車専用通路と並行しながら南へ進み、途中で車道側の歩道と並行するがすぐにそれぞれ左右に分かれる。

区立西経堂第二児童遊園おさんぽ広場の横を抜けて20分経過、信号のない横断歩道に出る。その先のガードパイプの真後ろに「森繫通り」と書かれた案内板が目に入る。

聞いた話だが、その案内板があるところからほど近い所に森繫久彌が住んでいたらしく、没後の2010年にこの辺りから南側にある小田急線千歳船橋駅近くまでのほぼ一直線の道をそう名付けたそうだ。

横断歩道を渡り、薄暗い先を進む。右側に公道へ出るスロープが見えるところで左へ曲がり、直進して横断歩道を越えたところで右へ曲がる。

26分経過、「橋場橋」と書かれた車輪止めが見える。この車輪止めは区立石仏公園の出入口だ。目の前の木で視界が遮られているが、この公園の先は小田急線の高架が通っている。

トイレに行きたくなったならば、この公園の公衆トイレで済ませておきたい。ここを逃すと当分はこの緑道沿いにないからだ。

石仏公園を越えると石仏橋跡のある小田急線の高架に差し掛かる。この高架を左に進めば経堂駅、右へ進めば千歳船橋駅に行ける。高架の先、左前に見えるのは自動車用LPガスのスタンドだ。なので、手前には休憩がてらタクシーが並んでいる。

高架を越えて経堂橋跡を通過し、先を進むと道はまた薄暗くなる。

暗い緑道は細かく蛇行しながらも左へ曲がっていく。このあたりは車輪止めの案内板を見ることで橋跡の名称は何とかわかる。最初は新道橋跡、次は中村橋。この中村橋は2車線道路で先と分けられているので、右側にある交差点の横断歩道を渡らなければならない。

交差点で信号待ちをしているときに、城山通りとほぼ並行するように進んでいることに気づき、同時に現在どの辺りを歩いているかも理解する。もうすぐあそこに出るのか。

34分経過、緑道は城山通りの歩道と合流する。そして先の信号には覚えがある。それもそのはずで、砧の東宝スタジオへ行ったとき(22回)に渡った経堂駅前交差点だ。

交差点の横断歩道に差しかかると左方向へ商店街が伸びているのが見える。横断歩道を渡り、隣にある大橋跡を通り抜けて緑道の続きに入る。橋跡らしきところを通過するが、暗くてそれがわかるものが確認できないので最初に決めた通りそのまま進む。

40分経過したところで城山通りのガードパイプが足止めする。右側にあるボタン式信号の横断歩道を渡ってその先に行く。

ここから百数十メートルの道は「万葉のみち」という。この道は昼間に歩くたび、夜中に歩いたらスリルがあるだろうなと思っていた区間だ。程よく道幅が狭く、街灯の数は少ないからだ。

歩いてみると、明暗の差がはっきりしすぎていて、月並みな言い方だがやはり暗い夜道が怖い人や女性の一人歩きは気を付けた方がいいと思う。途中、暗い所で物音がして身構えてしまうが、野良猫が通り過ぎていっただけだ。

道を出ると、信号のない横断歩道を挟んでやや左前方に続きがあるのでそこへ進み、道なりに歩いていく。少し道幅が広くなり、真っ暗なところはないので、さっきの小径よりは歩きやすくなっている。

46分経過、横断歩道の左右を通っている道は都道427号・瀬田貫井線。そして先は世田谷線(1回)の線路だ。ここは宮の坂駅のそばに位置する。ここで行き止まりになっている。

ざんねん、こんかいのさんぽはここでおわってしまった……わけがない。

もちろん先はある。では、そこへ行くにはどうすればいいか。まずは右折し、次に最初の十字路を左折すると踏切が見える。それを渡って最初の角を左に入ると右側すぐのところだ。この間1分。

線路を通る車道としばらく並行しつつ緑道は続く。途中、いくつか橋跡らしきところを通過しつつ3分ほど歩いたところで車道と分かれ、左に曲がりながら城山通りと合流する。位置としては、世田谷城阯公園のやや南側になる。そのまま少し直線に道が続き、また左に折れて押ボタン式の信号がある横断歩道に出る。

そこから道幅がいきなり広くなり、遮るものが少ないので街灯の明るさで橋跡の案内版の文字が読める。緩やかに蛇行しながら青葉橋跡、城下橋跡、稲荷下橋、品川橋跡と橋跡を4つ通過する。

品川橋跡の左横にある世田谷区立城山小学校を越えると右へ曲がり、58分経過したところで区役所西通りの横断歩道に出る。

名称通り、この通りは世田谷区役所の近くを通っており、右に進めば東急世田谷線世田谷駅、左へ進めば小田急線梅ヶ丘駅に行ける。この横断歩道は深夜帯は信号が押ボタン式(これで3つ目)になるので、柱にあるボタンを押して青に変わったら先を進む。

入ってすぐの南側は寺の墓地になっている。だが高台にあって緑道から様子は見えない。とはいえ道の薄暗さもあってそれなりに雰囲気がある。左右に蛇行する道を進み、1時間経過したところで国士館中学・高等学校と国士舘大学の間を通る上り坂の下側にある勝橋跡に出る。左側にある押ボタン式信号(4つ目)の横断歩道を渡って先を進む。

そこから左へ曲がりつつやませき橋跡、そして右側に曲がり世田谷区立若林公園の裏側にある杉大門橋跡を越えてこうとく橋跡、松陰神社の近くに位置する松陰橋跡、もとむら橋跡は一直線に進み、谷中橋跡を越えたところで左へ曲がりなかせき橋、天神橋を抜けると若林橋のある環状七号線に出る。

ここで1時間10分経過。位置としては東急世田谷線の線路が通る若林踏切交差点の手前だ。その交差点の横断歩道を渡らないとこの先は進めない。

若林橋から一つ挟んで稲荷橋跡を越えると右へ曲がり下関橋跡、進行方向から見て右側に小さな公園がある耕整橋跡から昭和橋跡、水車橋跡まではほぼ直線が続き、そこから左へ曲がる。西山橋跡からゆるく左右を蛇行して弁天橋跡を越えて前田橋跡の先にスロープが見える。

スロープを上って1時間24分経過。太子橋跡を通る茶沢通りに出る。そう、この通りは北沢川緑道の橋場橋跡前を通る道であり、そしてここは三軒茶屋の商店街だ。

先に進むため左右どちらかの横断歩道を渡る必要があるが、右側は外にミニテーブルを出している立ち飲み屋の前を通らなければならず、騒いでいる連中がいてうっとうしいので左側から回る。

横断歩道を渡って緑道に戻ってすぐのところに橋跡を示す柱が左側に見える。進行方向からは背を向けるように「八幡橋」と大きく書かれている。これは柱が目立つのでいいが、他の暗渠道でもたまにあることとして、逆の進行方向から目につく位置に橋名の柱が置かれていることがあるんだよな。

八幡橋跡からところどころ薄暗い長い直線を進み、前方に右側に親水目的の水遊び場が見える橋跡に着く。確か、手前側に橋名の入った柱が……あった。町名表示板がついた鉄柱の上部に「一善橋」と書かれたシールを張ってある。次の橋跡には電柱の下に「山中橋」と刻まれた低い石柱が。

山中橋跡を越え、親水用のせせらぎが通る道を緩やかに右へ曲がり、やはり手前右側に名称が刻まれた石柱がある下ノ谷橋跡を通過。この橋跡の左側に「したのやばし公園」がある。道はまた左右に蛇行しつつ車道と合流する。

橋跡をしめすものが確認できないのでこの車道が通っている所はおそらく橋跡ではないだろう。左側に三宿神社の社務所が見える。その隣に鳥居があるのだが、ちょうど木の葉が生い茂っているので見えづらい。

その鳥居の前を越えたあたりで、ポツリと公衆トイレと滑り台、そしてベンチが2基並んでいる。

信号付きの交差点に出る。ここは多聞橋跡。時計を見ると1時間36分経過している。

この橋跡の間を通るのが、過去に何度も出ている都道420号・鮫洲大山線だ。進行方向から見て右側の道へ入り、次の三宿・池尻交差点で右折する。その先は蛇崩川緑道(12回)や東急東横線学芸大学駅手前の高架下(38回)を交差する。また左の坂を上り下った先では北沢川緑道と交差する。

一つ、橋跡っぽい所を通過するが、特に橋跡をしめすものがわからないのでそのまま通り抜けて道なりに左へ曲がり三宿橋跡に出る。先をガードパイプに阻まれ右側に三宿・池尻交差点が見えるが、左側に信号のない横断歩道があるのでそこから回り込んで先に進む。

そして最後の直線。同じく最後の橋跡となる三池橋跡を通過し、何度も見慣れた終点が見えてきた。

1時間43分、北沢川緑道と合流する終点に到着。

下北沢で一杯呑んでから帰ろうか。さて、あそこは開いてるかな。