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エッセイ 06 クサフグの味

子どもの頃、よく父親に連れられて海へ釣りに出かけていました。
私の住む海沿いの小さな町は、少し高いところへ登ればどこからでも海が見えるほどであり、釣りを趣味にするのには都合の良い場所でした。

父は地元ではクロと呼ばれるクロダイ(チヌ)釣りに毎週のように出かけていました。今でこそ私も”釣りバカ”と呼ばれるほど釣りをやってはいますが、子供の頃は特別釣りが好きだったわけではありません。しかし父と遊ぶのはたのしく、いつもついて行っていました。


その日もいつものように父に連れられて釣りに行きました。
いつも父と兄と私が軽トラに乗るのですが、もちろん軽トラは乗車定員2名です。運転手の父は運転席、残りの私と兄のどちらかが助手席に座るともう一人はその足元に丸くなって潜り込みます。

ただでさえ狭く苦しい軽トラの車内の、さらに足元に押し込められると、もれなく車酔いが襲い掛かります。
小さな町から海へ出るまで10分程度の道のりの中で、角を曲がるたびに気持ち悪くなり、海へ着いた瞬間に吐き場所を探してフラフラと歩きだしていました。


父が連れて行く釣り場は岩場の磯で、そこへ向かう道は岩むき出しの断崖です。身体を岩にへばり付かせながら、ゆっくりと横歩きで父の後を追いかけます。
子どもの頃は気にもしなかったのですが、今思い出してみるとあの道は、とても子どもを連れていくような場所ではなかったように思います。落ちたらおそらく死にます。


目的の磯に着くと釣りを開始します。私と兄もいっちょうまえに自分の釣り竿で釣りを開始します。
田舎のあまり人の来ない危険な崖を越えた先の磯場では、お魚さんたちも釣り人に慣れていないようで、飽きることなく釣れ続けてくれます。ただ狙っているクロは子どもにはあまり釣れることはありませんでした。

良く釣れるのはその地域で”メンポ”と呼んでいたカワハギと、小さなクサフグでした。
そういえばその頃学校で”メンポ”とあだ名を付けられていた子がいました。
カワハギの顔はとても特徴的で、うっすらとその雰囲気がその子にあったことがあだ名の理由です。
”メンポ”という音の可愛さはありますが、呼ばれている本人の気持ちを考えると小学生のあだ名は罪深いものです。


小さなクサフグは釣りあげるとお腹をプクーッと膨らませ、歯をカリカリする姿にかわいらしさがありました。いつも針を外して逃がしてあげるのですが、一度そのクサフグに手を噛みつかれて大声を上げて驚いたことがありました。
46歳にもなった今でも実家に帰ると、もれなく笑いながらその話をされます。


父はクロが釣れなかった時には、このクサフグを持ち帰ることがありました。
その日の夕飯の鍋の中には小さなフグが入っていることがありました。食べるととてもおいしかったです。ただクサフグは小さくてもフグはフグ。猛毒を身体に蓄えています。
もちろん父はふぐ調理師免許などは持っていません。ただの釣りバカです。

私と兄が父から引き継いだものは、釣りバカの血おおらかな性格なのかもしれません。

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