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ショートショート 3 がんばれの伝言板

いつもの駅を歩いていると、見かけない伝言板に気付いた。

こんなものはこれまでなかったはずだ。毎日ここを通っているので間違いはない。

駅の伝言板なんて今どきあるのか?誰が使うんだ?少しの好奇心を持って近づいてみた。


「受験勉強が大変です、もう嫌になりました」

「癌治療いつまで続くんだろう、私」

それぞれの言葉の近くには、

「勉強がんばれ!応援してる」

「私も二十代に癌になりましたが完治しました。がんばってください。」

など、ひとつの言葉にはひとつの言葉が添えられていた。


悩み事や相談事などを書くと、誰かが返事を書いてくれている。そういう伝言板なのだろう。しかし今どき伝言板に書く人がいるものなのか?返事は誰が書いてるのだろう?駅員さんが書いてるのか?様々な疑問が湧いてきた。

ただ、そこに並んでいる文章を見ていると幸せな気持ちになってくる。


それから毎日この伝言板を見ることが楽しみになった。朝に通りがかると新しい悩みごとが書かれていることもあった。

「お兄ちゃんが貸したゲームを返してくれません!」

自分が返事を書くとしたらどう書くだろう?「悪いお兄ちゃんだな、返してくれるといいね」「お兄ちゃんに返してくれるように念を送っておきました」いやいやこれはおかしいな。
見ず知らずの人に返事をするのは案外難しいものだ。


仕事帰りに覗いてみると「お兄ちゃんに返してくれるまで言い続けよう!がんばれ!」と返事が書かれていた。なるほど、応援なんだな。自分で行動できるように応援してるんだ。他の返事をみても全て応援の言葉が並んでいた。


「今は辛いだろうけど、病気が治るまで休むことが大事です。気持ちをしっかり持ってがんばれ!」

「いつも家事に仕事にお疲れさまです。みんな本心では感謝してると思いますよ!頑張ってください!」

書いている人の年齢や性別は様々なようで、悩み事は幅広い内容だった。


うちには高校生の娘がいるのだが、同じような年代の悩み事も書かれていた。

「大学に行くか就職するか進路に悩んでいます。最近はほとんど口を利かないので親に相談することができません」

実際の娘とも家で顔を合わせても会話をすることは、最近ではあまりなかった。避けられているわけではないのだろうが、声をかけてシラケさせるのも、なんとなく気まずい気がしていた。

娘に対してこんな気を使うのはおかしいと思われるかもしれないが、実のところは嫌われるのが怖かったからだ。娘に対しての接し方が分からなかったのだ。

しかし、この伝言板であれば、目の前で相手の冷めた反応を見ることもなく、一方的な応援のみで良かったので楽だと思った。娘の年齢に近いこともあり、 初めての返事を書いてみた。

「自分で思っていることを自信を持って進んでみてください。できれば親にも話せると良いですね。がんばれ!」


その後も同じような年齢の人からの悩み事や相談に返事をするようになった。勉強や進路相談であったり、友人関係の悩み事であったり、時には恋愛相談のようなものにも、いつもがんばれと応援を繰り返していた。

この伝言板は不思議なことに、応援を書いたあとの返事が相手から書かれることは無かった。常に悩みに対して応援の一方通行で完結していた。しかしそれがなぜか見ていても書いていても心地よかった。もちろんその後どうなったのかは気になるのだが、応援する気持ちのまま暖かな気持ちでいられた。


名前が書いているわけではないので、いつも同じ相手からの悩み事であるとは限らなかったが、なんとなく同じ人からの言葉のように感じていた。その頃には相手が高校3年の娘さんだということまでは、これまでの文章からわかっていた。

わたしにとっては、普段接する機会のない自分の娘と同年代の考えが見て取れることも楽しかった。そして多くの新しい発見があった。娘もこんな悩みを持って過ごしているのだろうか。家で顔を合わせても挨拶すら返すわけでもなく素っ気ない態度なのだが、そんな態度さえも優しく見守ることができていた。


そんな伝言板の娘さんも希望通り大学へ進むことになった。

「4月から大学に通います。でも不安でいっぱい」

「これまでもよく頑張ったね。これからもきっと大丈夫、がんばれ!」

この言葉を最後に、伝言板の娘さんからの悩みごとが書き込まれることはなかった。


その後も伝言板には様々な人からの悩み事が書かれ、がんばれの返事がひとつひとつに添えられていた。


しかし、なぜか他の悩み事に返事を書く気持ちにはなれなかった。あるメッセージにはその返事を書く人が決まっているように無意識で感じていたからだ。


そんな日々を過ごしていると、自宅に一通の手紙が届いた。遠く離れた場所で一人暮らしをしている娘からだった。


お父さん元気にしてますか?

私はこっちの生活にも慣れて元気にやっています。

お母さんが亡くなってから、ひとりで私を育ててくれたこと感謝してます。大学にも通わせてくれてありがとう。

一緒にいるときはあんな態度を取ってたけど、こっちで暮らしはじめて、やっと気付いた。


………いつか確かめてからにしようと思ってたんだけど、なんとなく後回しにしてたことがあって……

………たぶんそうだよね。………実はいつも元気づけられてたんだ。

違ってたらごめん。気にしないで。

でも、今日は、今日だからこそ書いてみようと勇気を出して書いてみました。

いつも本当にありがとう。
これからもよろしく!


そして、お父さんもがんばれ!


手紙が届いた今日は、6月の第三日曜日「父の日」だった。

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