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わたしの映画日記(2022年8月14日〜8月20日)

8/14 『白い恐怖』 アルフレッド・ヒッチコック 1945年 アメリカ(U-NEXT)

バーモント州の精神病院で働く女性精神分析医が主人公。院長の交代に伴い新たにやってきた男性と恋に落ちる。しかし彼女は相手が”白地に平行な線の集合体”に対する恐怖症を抱えていることに気づく。そして筆跡の相違が決め手となり、目の前にいる男性は本来着任するはずだった新院長とは別人であることを突き止める。では彼は一体何者なのか。本物の新院長はどこに行ってしまったのか。すべては男性が抱える”恐怖症”と夢の中に隠されていた。

主人公の女性と恩師が精神分析を駆使して夢の中に入り込むシーンが『インセプション』を彷彿とさせる。夢に現れるシュールな光景はサルバドール・ダリが手掛けたものだそうだ。

映像としての面白さに加えて、ミステリとしても秀逸な脚本と演出。強いて言うなら聡明な女性医師が”正体不明の男”(殺人の嫌疑がかけられている)とあっという間に恋に落ちる設定にはいささか無理があるようにも思える。ただそこはグレゴリー・ペックの外見で解決するヒッチコックの狙いがあったのかもしれない。

『Crimes of The Future』 デービッド・クローネンバーグ 2022年 カナダ/ギリシャ/フランス(MUBI UK)

そう遠くない未来の世界。人間は感染症や痛みに弱い状態にまで進化(変異)している。政府はこの進化を障害とみなしテクノロジーで解決しようとする。その一方で裏社会では解剖学的な身体改造を公然と行うばかりか、芸術としての意味を追求する過激派が存在している。

主人公は過激なパフォーマンスアートを生業とする男女。男は「加速度的進化症候群」を患っており、常に体内で新たな内臓が生成されている。その異質な体質のゆえに政府系企業が開発したグロテスクなベッドの上で休まなければならない。二人が観客の前で繰り広げるのは解剖パフォーマンス。公衆の面前で開腹手術を行い、新たに生まれた内臓を摘出する。全く新しい身体損壊の描写といっても過言ではない。

政府と裏社会の思惑、合法と非合法の境界を行き来しながら、憂うべき人類の未来を描く。重層的に様々なテーマが絡んでいるため、単なるホラーと片付けるのは非常にもったいない。おそらく日本公開時はDOMMUNEで特集されること間違いなし。

8/15 『Between Two Dawns』 Selman Nacar 2021年 トルコ/ルーマニア(MUBI)

トルコのファブリック工場を舞台に御曹司の青年が苦悩する物語。家族経営の工場で労働災害が起きる。高温の蒸気にさらされた従業員が全身に大やけどを負い、救急車を待たずに自家用車で病院へ担ぎ込む。処置を待っている間に経営陣は弁護士と今後の対応を検討。被害者の妻に「夫はアルコールを摂取した状態で働いていた。今回の事故は彼の過失。被害者家族はあらゆる権利を放棄する」という書類への署名を求める。当然相手はそんな要求を受け付けるわけがなく、交渉役の青年に詰め寄る。

経営陣と被害者家族の間で板挟みになる青年が最後に下す決断とは。よくありがちな設定とはいえ、普遍的なテーマを描いていると思った。Selman Nacar監督の初めての長編映画ということもあり、プロモーションに力が入っているようだった。今後の作品に期待したい。

8/16 『Cycling the Frame』 Cynthia Beatt 1988年 西ドイツ(MUBI)

1988年の西ドイツでティルダ・スウィントンが自転車旅行を繰り広げる。ブランデンブルク門から郊外へ、湖や野原、検問所を通り、当時の世界において分断の象徴だったベルリンの壁と対面する。彼女のモノローグは常に詩的で捉えがたい。「映画とは必ずしもナラティブな構造で物語を語らなければならないわけではない、ということをこの作品は思い出させてくれる。」とのMUBIユーザーのコメントが的を得ていると思った。

8/17 『わたしは最悪。』 ヨアキム・トリアー 2021年 ノルウェー/フランス(シネモンド)

主人公の若い女性は医師志望から心理職志望へ専攻を乗り換え、そうこうしているうちにカメラマンを目指し始めて学資ローンは全て機材購入に消える。その過程であっちこっち男を食い散らかしているうちに40代の漫画家と知り合い同棲を始める。もちろん幸せな暮らしはつかの間のこと。年齢的なリミットを考えると相手は子供を早く欲しがるが、20代の彼女は自分のやりたいことも決まっていない。互いの人生観のギャップが解消されないまま関係は破綻する。そして主人公は別の男のもとへ…

この作品を単純にビッチの物語と片付けるにはもったいない。年の離れた男女のすれ違い、妊娠と出産が女性のキャリアにもたらす影響、中年サブカル男の終活、父娘の確執、そもそも結婚って必要?など考えさせられるテーマがふんだんに盛り込まれている。ヨアキム・トリアー監督はニューヨーク映画祭のイベントで「この作品はスクラップブック・ムービーとも呼べる」と発言していたが、まさにそんな映画だと思った。

8/19 『The Woman with a knife』 Timité Bassori 1969年 コートジボワール(MUBI)

ヨーロッパでの長期滞在を終えて自国に帰ってきた青年が主人公。彼は故郷の暮らしにうまく馴染めず病的な妄想を抱えるようになる。その妄想こそがタイトルにある「ナイフを持った女」。この不可解な現象を解決しようとアフリカの伝統医療や西洋の精神分析などを試みる。妄想の中の女が彼の女性関係を壊そうとする。

シャワーを浴びている青年が突然ナイフを持った女に襲われる冒頭シーンは、明らかにヒッチコックの『サイコ』をオマージュしたものだろう。Timité Bassori監督はコートジボワール映画界のパイオニアとして知られ、本作はマーティン・スコセッシの映画財団により美しく修復されている。そういう外野の評価を聞いてから見直すとなんとなくいい映画に見えてくる。

8/20 『Ahses』 アピチャッポン・ウィーラセタクン 2012年 タイ(MUBI)

アピチャッポン・ウィーラセタクンがLomoKino(トイカメラのLOMOが出していた映像撮影が可能なカメラ)を使って撮影した20分の短編。目がチカチカする色の変化や多重露光で映し出されるタイの景色。監督自身が夢で見た故郷の風景を鉛筆で書いたエピソードを語る。ティルダ・スウィントンが一瞬だけ映り込む『MEMORIA』に繋がる2012年の作品。興味深いのはMUBI創業者のエフェ・カカレルがプロデューサーに名を連ねていること。冒頭のクレジットでもMUBIのロゴが表示される。会社をあげてかなり早い段階からアピチャッポン作品に力を入れていたことがわかった。

『マルケータ・ラザロヴァー』 フランチシェク・ヴラーチル 1967年 チェコスロバキア(シネモンド)

13世紀のボヘミア王国で修道院に入るのを夢見る少女が主人公。将来が決まっていたのに敵対する領主から報復として誘拐されてしまう。彼女は領主とは名ばかりの強盗たちの真っ只中で凌辱される。愛と信仰と暴力と性の全てが詰まった1967年のチェコ映画。2時間45分釘付けだった。

映画の終盤で行き場を失いたどりついた修道院で祈りをささげるマルケータ。修道女たちの詠唱が詩編140編11節に差し掛かるとカットバックで今まさに死に直面する男が映し出される。男の最期を悟ったマルケータが修道女たちの言葉を拒絶するシーンが本当に素晴らしい。

詩編 140編 11節
燃え盛る炭がその上に降りかかり 穴の中に落とされて  彼らが二度と立ち上がれないように。(聖書協会共同訳)

修道院での祈りと愛する男が火矢を浴びて地に落ちる様子が完全にシンクロしている。修道院との決別が彼女の中で必ずしも神を捨てたわけではないことが続く台詞からも見て取れる。複雑な感情を美しく描いていた。

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