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遡行レンズ【ショートショート】

私が最近身につけている「竜頭の付いたアンティーク眼鏡」を手に入れたのは、自分探しの旅行に行ったときだった。


皮肉にも旅先で道に迷ってしまった私は、とりあえず地元の人間に道を聞こうと思い、古ぼけた時計屋に入った。

店内には様々なタイプのアンティーク調の時計が所狭しと飾ってあり、そのどれもが正確に時を刻んでいた。おそらく店主がとても大事に手入れをしているのだろう。
人の気配がしないのでカウンターにある呼び鈴を鳴らそうと思ったその時、隣に置いてあった時計ではないソレが目に入った。

ソレは眼鏡の形をしており、智(ち)の部分に竜頭のようなものがついている。一応商品のように置いてあるが、値札はないようだ。古い時計だらけのお店に一点だけ眼鏡が売っているのも変な感じだなぁ、と考えているとカウンター奥の階段から一人のおじいさんが降りてきた。

「おやおや、お客さんとはめずらしいのう」

おそらく店主であろうおじいさんはそう言い微笑んだ。

「あ、いえ、この眼鏡が気になって・・・」

ただ道を聞くために入ったことを誤魔化す私に対し、おじいさんはゆっくり穏やかに話し出す。

「いいんじゃよ、道に迷った人こそ私にとってはお客さんじゃ。そこまで気に入ったのならその時計は君にあげよう」

その後、店主が「時計」と言い張る眼鏡の使い方と駅までの帰り道を教えてもらい、お礼を言って時計屋を後にした。


そういうわけで旅から帰った極めて冷静な私は、実家のリビングで「竜頭の付いたアンティーク眼鏡」と対峙していた。

おじいさんの言っていた使い方は、
『自分の縁のある空間で眼鏡をかけ竜頭を回せ』とのこと。

ボロい眼鏡といつまでもにらめっこをしていてもいたずらに時間だけが過ぎていくので、顔にかけてみることにする。

「この竜頭をまわすんだったよな・・・」

私は竜頭を恐る恐る回した。
一瞬レンズに度が入ったかのようにぼやけ、すぐにまたハッキリと周囲が見えるようになった。


改めて周囲を見渡すと部屋には私の他に、もう一人私がいた。
もう一人の私はこちらの存在には気づいていないらしく、しばらく観察してみたが、10分程前の私と同じ動きをしていた。どうやらこの眼鏡は「そういうモノ」らしい。
客観的に観る自分のだらしない姿に恥ずかしくなった私は、竜頭をさっきよりも多く回してみた。


次に見えたのは一年前に亡くなった愛猫が元気に走り回っている姿だった。
私は再会できたのが嬉しくて泣きそうになったが、やはりこちらの存在は認識できていないようだ。気づかなれないし、触れないとなると、なんだか虚しくなってきたので更に竜頭を巻いた。


今度はまた私が現れた。少し若く、痩せこけているように見える。おそらくは、母親が亡くなってうつ病になっていた時期の私だ。改めてゾンビのようなその佇まいを見て、我ながら吾に対して不謹慎だが笑ってしまう。

ここまで竜頭を巻き続けて、私はとあることに気がつく。

「ん、まてよ?このまま回していけば、亡くなった母や、おじいちゃんおばあちゃんにも会えるんじゃ?」

私は期待を込めて、竜頭を回した。



その直後、パチンとゼンマイのようなものが切れる音が鳴り、目の前の今しか見えなくなった。

(了)



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