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J2復帰 : 2年越しの勝負/2022〜2023年度【経営編】〜損益とチーム強化のせめぎ合い〜

🔹3シーズン目の開幕前に
🔹昇格(復帰)の条件
🔹リスクを背負っての勝負/2022シーズン
🔹赤字予算と増資
🔹昇格消滅の翌年が本当の勝負/2023シーズン
🔹成長の達成感、喜びの充実感に向けて


🔹3シーズン目の開幕前に

 私がJ3のカターレ富山に来て、3シーズン目の開幕までもう1ヶ月を切った。初年度はシーズン中での社長就任だったので、チームも予算も決まっており、実質的なタクトを振り始めたのは昨年からになる。クラブは2014年に降格して以来、毎年のようにJ2復帰を掲げてきたが、それを果たせずにここまで来てしまっていた。私が来たことで支援者からはJ2復帰待望の声が数多く上がっていた。

 これから記すことは、このクラブの現状を把握した上で、経営面でどういう手を打って来たかということである。復帰に必要な条件という面で、会社のサイズ、強化費の規模、勝てるサッカーの定義やコーチングスタッフ、選手の要件という要素があるが、膨大な量の記述が必要となるので、ここではサッカーに関することは外し、あまり語られることのない損益計算書を中心とした収益、費用、資本対策といった経営面での内容に限定し記述を進めていくこととしたい。そして自身の備忘録にするとともに、同業者の方々の参考に少しでもなれば幸いである。

🔹昇格(復帰)の条件


 先ずは時間を2021年12月に戻そう。私が初めて作るこのクラブの予算、2022年度予算編成時期である。予算の決め方として、何を差し置いても考えなければならないのは、トップチームにかける強化費(人件費+運営経費)の規模である。適切な強化費を導き出す観点は2点。1つは同カテゴリー他クラブの費用規模、もう1つは過去に昇格したクラブの費用規模である。この2つを満たしたからといって昇格できるとは限らないが、統計上の昇格率は格段に高まるから必ず参考とすべきである。

 同カテゴリー他クラブの強化費は、2021年度で見ると上位5クラブが3.5億円以上であり、この辺の水準が昇格のガイドラインと思料する。また過去5年遡りでみた昇格クラブの強化費はおおよそ3〜3.6億円となっており、やはり前述した3.5億円は必要と判断した。因みにカターレ富山がJ2から降格した年の強化費が3.7億円だったことから、昇格した後にさらなる上積みをしなければならないということもわかってきた。それがエレベータークラブ回避への道であり、その意味でもJ3時代に3.5億円は最低限確保できる地力は必要とも言えるだろう。

富山/赤:2022年度実績見込み 黄:2023年度予算

 さて、この強化費3.5億円を用意するのにどの程度の収益が必要かも割り出しておかなければならない。カターレ富山がJ3に降格してからの売上高に占める強化費比率は平均で44.8%であった。これまで私が籍を置いてきたクラブのそれとほぼ同じであり、収益の割り出しに使っても問題なさそうだ。結果、必要収益は約7.8億円となった。

🔹リスクを背負っての勝負/2022シーズン

県総事務所前にて

 強化費3.5億円、それを支える収益7.8億円…この規模はJ3降格後2.5億円以下の強化費と5.5億円以下の収益で6年間経過したクラブにとっては相当に高いハードルだ。言い方を変えれば、この規模でJ2復帰を会社として唱えてきたのなら、それは現場にとって大変な苦労があったのだろうとも思う。さて、ここで導き出された規模の予算を作るか否かの決断だ。 

赤:2022年度実績見込み 黄:2023年度予算

 「やる」という決断に時間はかからなかった。根拠は2点。一つは社員のポテンシャルであり、もう一つは地域のポテンシャルだ。社長に就任した2021年4月以降、予算を全て数値化可視化し、「全員営業」と称して営業を強化した。スタジアムも単なる試合をやるだけでなく、「場内は真剣勝負、場外はお祭り」を謳い文句に楽しい興行を目指した。サマーユニフォームのビッグセールスを産んだ物販も商品企画を充実させた。その甲斐あって、6年間横這いだった収益は降格後初めて6億円を突破した。明確なビジョンとアクションプランを示せば、カターレの社員はやってくれるとの手応えを掴んだ。また、まだまだ地域に浸透していないと感じていたが、裏を返せば伸び代だらけということだ。そしてその地域は、一社当たり平均所得が全国第5位(国税庁出典)と極めて財力がある。また全国住み続けたい街ランキングもトップ(ブランド総合研究所)で、地域を代表して戦うスポーツにはこの郷土愛は何よりの後押しになる。 

 但し、前年度6.27億円の収益を一気に7.8億円に伸張させるには流石に無理があった。前年度が一昨年度比で0.8億円伸ばしているので、その辺の伸び代+αが限界と踏んで、収益は昨年度比0.93億円増の7.2億円とした。これでもかなりキツい目標だ。さて費用の方は、強化費以外の興行、広告、物販の各原価に一般管理費等の必要分を積み上げた結果、やはり当初予想通り7.8億円となった。結果、前述の収益試算値から損益は0.6億円の赤字予算だ。

🔹赤字予算と増資

北日本新聞より

 このPLを予算として取締役会にかけるか否か決断しなければならない。この決断にもさほど時間はかからなかった。それは先ず基本的なスタンスとして「黒字で低確率の昇格より、赤字でも高確率の昇格を狙うべき」を私は過去の昇格経験で学んできているからだ。昇格した先にはJリーグからの分配金や、マッチメーク上の増収要素、昇格による合理的な一部商材の値上げ等々、様々な増収で昇格のために出した赤字を補ってくれる。また、親会社のあるクラブは往々にしてこうした勝負に出る際に、損失分を補填してもらえることもあるが、カターレの株主にそうした親会社はいない。そうした場合は手持ち資金を取り崩して乗り切るものだが、幸いにも0.6億円の赤字予算に対して約1億円の純資産を現金で持っているので、資金繰りに行き詰まる可能性も低い。一時的に資産を落としてでも、私は会社としてのスケールアップに繋がる昇格にチャレンジすることを選択した。 

 一方、前述したように親会社がないクラブは、出来るだけ多くの地元資本に支えられることが財務上のフェールセーフに繋がるが、32社の株主ではいかにも少ない。「みんなで支える県民クラブ」として新規株主を募るなら今がその時期だ。また、資本規模も1億円少々というのも、今後昇格をしながらサイズアップをしていく上で、一時的な取り崩しをすることを考えると少々物足りない。そこで、現状規模の倍となる2億円を想定した第三者割当による増資を実施した。そして、趣旨をよく理解していただいた地元を中心とした新規法人8社と既存株主法人13社から約0.8億円の資金調達を行うことができた。

🔹昇格消滅の翌年が本当の勝負/2023シーズン

J2復帰消滅謝罪メッセージ(北日本新聞/富山新聞) 

 経営的にかなり無理をして戦った2022シーズンであったが、結果的には6位と昇格(J2復帰)を逃してしまった。何が問題だったか、サッカーやチームマネジメントに関すること、それはこの原稿の本旨ではないので、ここでは触れないこととする。いずれにしても、「昇格確度を上げても、お金が全てではない」ということだ。想定はしていたが、経営者としてこのことは真摯に受け止めなければならない。ただし、社員や財界のポテンシャルは、スポンサーや物販、アカデミー収益等で、J3降格後過去最高を記録したことや、想定した増資規模を達成できたことからも、さらなる成長を可能にする高いレベルにあることが証明されたことは今後の飛躍に繋がるだろう。

赤:2022年度実績見込み

 さて、迎える2023シーズン、予算規模をどうするかを決断しなければならない。前年度は各収益項目で過去最高を更新し、年間収益もJ3降格以降最高となる見込みだが、前述した通り赤字予算としたので赤字決算は確定である。そして赤字規模も、集客が大幅予算割れしたことや、駆け込みで補強した外国籍選手の費用増等で、当初の0.6億円から1.3億円まで悪化する見込みである。従って2年続けて赤字に耐え得るだけの蓄えにはまだなっていないことから、最低でも今期は損益イーブンに持ち込まなければならない。その際、チームの昇格を裏付ける強化費3.5億円を維持しながら、昨年度損益見込みの赤字1.3億円を帳消しにし得る収益増やコスト削減を織り込まなければならない。そこを社員の底力やファイティングポーズを見極めた上で決断ということになる。

 そして2023予算として、収益は前年度比0.9億円増の7.8億円、費用は0.4億円減の7.8億円を計上することとした。ブレークイーブンだ。スポンサーも入場料も物販、アカデミーも、過年度伸長率を踏襲はしたが、J3降格後過去最高であり、総収益はカターレがJ2時代の規模に匹敵する。費用は、チーム数増で、2試合分の興行費用増を織り込みながらも、その他の経費を大幅に圧縮することで、なんとか前年度以下の規模に抑え込んだ。稼ぐも使うもまさに「予算死守は絶対に外せない」背水の陣と言える。昨年昇格できなかったツケを払う今年度が、チームにとってもフロントにとっても本当の勝負の年になることを、よくよくわきまえて臨まねばならない年がスタートした。

🔹成長の達成感、喜びの充実感に向けて


 昨年度そして今年度と、本気でJ2に戻りたいなら気持ちだけでなく、チームもフロントも復帰に見合う力を発揮しなければならないということを、経営面でのベンチマークを通じて示してきた。それは今まで横這いを続けてきたトップラインを飛躍的に上げ、聖域を設けないコストダウンをやり切るというとてつもなく厳しいものだ。それでも社員は愚痴や弱気の虫など微塵も見せずに、営業、事業、管理の面で健気に戦ってくれている。これには本当に頭が下がる。この奮闘になんとか報いてあげたいと心底思う次第である。

 この努力を目の当たりにすると、また今年度も昨年度同様にスポンサーや入場料、物販、アカデミーの各パートで過去最高を記録するだろう。その達成感は社員のモチベーションを高め、企業人として大いなる成長に繋がるだろう。それはJ2復帰が叶わなかったとしてもだ。その成長が会社の飛躍に繋がることは間違いない。J2復帰を狙った結果、ことの成就にかかわらず、力強いフロント集団ができるというのも悪いシナリオではないではないか。

2016シーズンエスパルス J1復帰号外
エスパルス J1復帰翌日のフロントオフィス

 そして、これだけの苦労をしてJ2復帰を果たせれば、その喜びもひとしおだろう。ここの社員は優勝や昇格の景色をまだよく知らない。一足先にその全てを経験した私の中では、カターレで達成した時の素晴らしい景色が頭の中に広がる。昇格当日は号外が配られ、商業施設ビルからは祝福の懸垂幕が壁面を飾り、テレビや新聞も膨大な報道を流してくれる。クラブ事務所にはおびただしい数の胡蝶蘭と祝電が届き、その対応に笑顔で追われる。祝賀会も行われることになるだろう。忙しくはあるが、これまでの苦労が喜びをもって報われることをみんながしみじみ思う至福の時間だ。この喜びにカテゴリーの上下は関係ない。J1で優勝した時も、J1に昇格した時も、感動のボルテージになんの変わりもなかった。 

 その喜びを勝ち獲るためのシーズンがいよいよ始まる。



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