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note始めました。

初めまして。ひだまりです。

北海道の30代の会社員です。日々の仕事に追われる中で、何となく気になったり、ちゃんと考えなきゃいけないはずなのにそのままにしてしまっていたことについて、あらためて考えて記録しておく場にしたいと始めました。

こんなメモのような、日記のような文章がどなたかのお役に立つのかは分かりませんが、私もnoteを通して色んな方の感性や価値観に触れて、言葉を通した交流を楽しみたいと思います。

ひだまりといふ者 ーfamilyー

生まれはふつーの田舎町です。父は会社員で、母はパート従業員。いまも古里に住んでいます。日々の暮らしや生活に困ることはありませんでしたし、東京の大学に進学させてもらったし、2人には本当に感謝しています。

でもこの両親、特に母の存在が時に私をモヤモヤさせるのです。虐待を受けていた訳でもなく、物凄く厳しかった訳でもありません。最近、少しずつ色んな方がその辛さを打ち明けられるようになってきた「毒親」と言うほど物凄くひどい事をされた訳でもなかったと思います。

ただ、私は母が苦手だし、母も同じように感じていると思います。今振り返れば、子どもの頃から時々、あれ?と思うようなこともあったのですが、当時はそれが当たり前のことだと思っていたし、喜んでもらえるようにと健気に勉強や習い事を頑張ったりしたこともありました。

大学に進学し、初めて親元を離れました。家族の中で当たり前に身につけた価値観が絶対ではないと知った時、すっと肩の力が抜けた思いがしました。同時に、それまでふつーのことだと甘受していた両親の考え方や親子関係がとても窮屈で、時にはっきり「嫌だ」とすら感じたのです。

両親はとても「ちゃんとした人」です。フリーランスやフリーターは安定しないからダメで、「ちゃんとした」仕事に就いて、「ちゃんとした」人と結婚して、「ちゃんと」子供を持つことが私の幸せだと疑いません。離婚した人や無職の人、不登校や性的少数者などに対し、あからさまな態度には出さないものの、眉をひそめたりもします。

もちろん「ちゃんとしている」のが悪い訳ではありません。モヤモヤするのは、私を含め、自分たちとは違う生き方をどうしても受け入れないことです。いろんな人に出会って違う価値観に触れる楽しさを知らないのは、それだけで人生損してるなとも思います。本人が幸せだと思えばそれぞれの環境で幸せだし、彼らの固定観念のせいで意図せず傷つけている人もいるはずです。

田舎で人間関係も固定化されて、いろんな価値観に触れる機会がなかったり、世間体を気にしなければならない環境で育ってきた2人の生い立ちもあるのだと思います。私自身もモヤモヤしている時点でそんな両親に縛られてしまっているんだなと自覚します。

親孝行したいと思うけど、会う度にその価値観をまた押し付けられると思うと足が少し遠のきます。そして、そんな自分は親不孝かなとも葛藤します。

そんな訳で、家族や多様な行き方みたいなものは、私がnoteを書く上での1つの大きなテーマです。

ひだまりといふ者ーworkー

ふだんはできる限り、客観的な文章を不特定多数の人に向けて書くことを仕事にしています。でも時々、もどかしく思うことがあるのも事実です。

まずそこには自分の意思とか思いはほとんど反映できません。自分が伝えたいメッセージ、大切にしたいと思うことと発出すべき文章にズレがあっても、そこは呑み込まなきゃいけない。私が今、している仕事は情報発信であって、個人的な意見を表明することではないから当たり前です。不特定多数が読むとなればなおのこと、普遍的でなければ理解されません。

一方で、不特定多数という点がもどかしいのは、読む人の価値観もさまざまで、受け取り方も全然違うのに、1つの文章を万人に発信しなくてはならないからです。多くの人に読んでほしいがために、普遍化する、中庸をとる。でもそれによって実はかえって誰の心にも刺さらない、読み流されるだけの摩擦のない文章になっているのではないかと考えるようになりました。

だからnoteでは、読んでもらいたいあの人の顔を想像しながら、できる限り正直に、日々の出来事やニュースを通して考えたことを記していきたいと思います。

これから

自己紹介なんて何を書いたらいいか分からない…と思っていたのに、とてつもなく長い文章が出来上がってしまいました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
読んだ方の反応が楽しみでもあり、怖くもありますが、投稿をリンクしてもらったりして、いろんな方の考えを聞けるような広がりができたらいいなと思います。
これからどうぞよろしくお願いします🍀

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