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【噂の新・事業承継税制】結局、みんな利用しているの?

平成30年度税制改正で、事業承継税制に特例措置が創設された。

納税猶予割合が100%全株式が対象になるなどの拡充により、適用を検討する向きが多くなるという意見もあったが、詳細に検討すればまだまだ使いにくい制度である。

そこで、今回は「【噂の新・事業承継税制】結局、みんな利用しているの?」についてアップグレード解説していく。

なお、この記事は、2019年2月25日の肥田木会計事務所ホームページ記事をアップグレードして掲載したものである。最後に、追加のアップグレード情報も記載しているので、併せて読んでいただきたい。

【事業承継と税】新・事業承継税制の落とし穴について(2019.2.25)

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2018年は、税制改正で事業承継にかかる税金がゼロになるという情報があちこちで報道されたため、新事業承継税がより多くの経営者に注目されるかたちとなりました。

自社株の承継に係る相続税・贈与税が0円になるということでメリットも大きく、新事業承継税制を利用の勧めと併せて営業をかけてくる様々な業者を目にしますが、この制度は落とし穴を多く抱えている制度でもあり、無批判に利用すべきではないと考えております。

私としましては、経営者様が営業熱心な税理士や自称事業承継専門家の言われるがままに、この新事業承継税制を利用してしまい、数年後に後悔してしまうということはなるべく起こさせてはいけないと思っていますので、ここに『新事業承継税制が抱える落とし穴』をまとめさせてもらいました。

利用を検討していたり、周りから勧められている経営者様は、ぜひ参考にしていただき、意思決定の材料にしていただければと思います。

そもそも、事業承継税制とは?

『事業承継税制』は、会社の事業承継において、経営者から後継者へ贈与・相続・遺贈される非上場株式などに係る贈与税・相続税について、その納税を猶予する制度です。

事業承継税制自体は平成21年からありましたが、その使い勝手の悪さから、ほとんど利用されてきていないというのが現状でした。

平成30年度からの新・事業承継税制とは  

これまでほとんど利用されていなかった事業承継税制ですが、平成30年度税制改正により特例が創設され、メディア等で注目されることとなりました。

新・事業承継税制の主な改正点は、以下の通りとなっています。

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(※)承継後5年間平均8割の雇用維持ができなくても、猶予の継続は可能とされました。ただし、満たせない理由を記載した書類を 都道府県に提出しなければなりません。

新・事業承継税制のメリット

新・事業承継税制のメリットは、何よりも相続税の支払いをゼロで、株式の承継が可能になることです。

新・事業承継税制に潜むリスク 

落とし穴① 猶予取消事由という地雷を踏むリスク

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事業承継税制は、贈与税や相続税を免除するものではありません。 免除されずに、ただ猶予されることになります。

そして、この税制には、 数多くの猶予の取消事由が存在しています。

取消事由に該当すると、 原則としてその事由が生じた日から 2 ヶ月を経過する日をもって、それまで猶予されていた納税額に一定の利子税 (平成30年分は年0.7%) を加えた税額をただちに支払う必要が生じます。

猶予の取消しは、 税務署の裁量によって行うものではなく、 法律で定められた事項に該当すると形式的に取り消されるものですので、税務調査のように状況によって宥恕されたり指導にとどまったりといった交渉の余地は全くありません。

【主な猶予の取消 (打切) 事由】

■申告期限から5年以内(経営承継期間)の取消事由

①後継者が代表権を喪失したとき
②常用使用従業員の数の5年間の平均が贈与時・相続時の8割を満たさず、かつこれを満たせない理由を記載した書面を提出しないとき。
③後継者とその特別関係者の議決権数が50%以下となったとき
④後継者以外の同族関係者の議決権が後継者のそれを超えるとき
⑤後継者が株を譲渡したとき
会社分割を行い、吸収分割承継会社の株式が配当されたとき
⑦組織再編が行われ、会社の株式以外の財産が交付されたとき
会社が破産したときまたは特別清算を行ったとき
⑨資産保有型会社または資産運用型会社になったとき(常時使用従業員5人以上といった事業実態要件を満たさなくなったとき)
⑩主たる事業の売上がゼロになったとき
資本金又は資本準備金の額を減少させたとき
⑫非適格合併で会社を消滅させたとき
⑬非適格株式交換等で会社が完全子会社になったとき。
⑭会社が非上場会社でなくなったとき
⑮風俗営業を行ったとき
⑯後継者以外の者が黄金株を取得したとき
⑰贈与・相続の対象となった株式の議決権を制限したとき
新税制を適用するための都道府県への報告や、税務署長への継続届出書提出を怠ったとき。
受贈者から提出された継続届出書に事実相違が判明した場合

■申告期限から5年を経過した後も残る取消事由

後継者が株を譲渡したとき
会社分割を行い、吸収分割承継会社の株式が配当されたとき
㉓組織再編が行われ、会社の株式以外の財産が交付されたとき
会社が解散したときまたは通常清算を行ったとき
㉕資産保有型会社または資産運用型会社になったとき(常時使用従業員5人以上といった事業実態要件を満たさなくなったとき)
㉖主たる事業の売上がゼロになったとき
資本金又は資本準備金の額を減少させたとき
㉘非適格合併で会社を消滅させたとき
㉙非適格株式交換等で会社が完全子会社になったとき。
新税制を適用するための都道府県への報告や、税務署長への継続届出書提出を怠ったとき。
受贈者から提出された継続届出書に事実相違が判明した場合

株式を承継した後継者は、 せっかく猶予してもらった多額の贈与税 ・ 相続税を途中で利子をつけて納税する必要に迫られないよう、これらのすべての取消事由に留意しながら会社経営を行っていかなればなりません。

これらの取消事由の中でも、特に注目すべきと言われているのは、⑤⑳(株の譲渡) ・⑥㉑ (会社分割) です。 というのも、 これらは猶予後の会社経営の自由度を極端に奪ってしまう可能性があるからです。

事業承継税制をいったん利用してしまうと、 M&Aや会社分割といった経営の大きな選択肢の活用法を狭めてしまう危険性があります。

落とし穴② 次世代への承継における課税リスク

平成35年3月31日までに特例承継計画を提出し、平成39年12月31日までに株式の贈与または相続を行えば、新・事業承継税制の適用を受けられます。

ただし、これはあくまで今回の事業承継の話です。

後継者がさらに次の後継者に株式と代表権を渡す段階で、今回猶予されている贈与税・相続税は免除されますが、次の世代の後継者にかかる贈与税・相続税まで自動的に猶予・免除されるわけではありません。次の世代の後継者の贈与税・相続税を猶予してもらうには、再度、事業承継税制を活用する必要があります。

また、次の世代への事業承継では、 今回の新・事業承継税制(特例制度)はもはや存在していない可能性が高いため、現在も並行して存続している旧・事業承継税制を使わざるを得ません。

旧・事業承継税制では、新・事業承継税制と異なり、免除対象となるのは、発行済み議決 権株式総数の3分の2までで、その中で相続税は80%までしか猶予・免除されないことになっています。

つまり、およそ53%しか相続税は猶予・免除されないことになります。すなわち、次の世代に株を承継するときには、相続税の約半分は必ず納める必要があるということです。

さらには、次の世代の承継にあたって、新・ 事業承継税制を活用している以上、取消事由にあたるため、毎年少しずつ贈与する『暦年贈与』や、『組織再編の活用』などといった事前の株価対策をとり事業承継に備えることは、制限される状況になります。

落とし穴③ 事務負担コスト

新・事業承継税制の適用を受けるには、平成35年3月31日までに『特例承継計画』を、提出しておかなければなりません

また、認定を経て猶予を得たあとは、特例承継期間内(先代経営者からの事業承継後、申告期限から5年間以内)は特例制度を適用するための『都道府県への報告』と『税務署長への継続届出書の提出』が毎年必要となります。

☑『税務署長への継続届出書』については特例承継期間が過ぎても3年おきに届け出なければなりません。

『報告書類』や『継続届出書』が5年間、『継続届出書』については、次の承継が起こるまで3年おきにずっと必要となりますので、相当のモニタリングのコスト書面作成のコストが発生します。

上記のコストについては、書面作成だけではなくモニタリングまで税理士に依頼する場合、打ち切りされたリスクが高く、かつ、届出書を提出する期間が非常に長期になることから、税理士への報酬が非常に高額になると言われています。

(聞いた話によると、とある宮崎市の税理士は、特例承継計画を提出時に100万円~200万円、モニタリング手数料として毎年10万円を顧問料に上乗せするとのことでした…)

また、8割の雇用維持要件を守れなかった場合にはその理由を説明する書面を作成する必要がありますし、適格の組織再編を行ったときにも報告書が必要となります。さらに贈与税の免除から相続税の切替確認の手続きも必要となってきます。

これらを一つでも怠れば、猶予の取消事由となりますから、それなりの緊張感をもって持続的にモニタリングなどを行うことが必要になります。

【まとめ】結局のところ事業承継税制はどうなのか?

私の完全なる主観であえて評価するなら、できるだけ使わない方がいいと思っています

利用には手間がかかります。また、長期戦で勝負をする必要があります。それは費用やエネルギーが必要となることを意味します。また、かなり緩和されたとはいえ、制度の利用により、将来の自由が制限される面は依然として残ります

『技に走る者は技で足をすくわれるもの』と言われる方もいますが、まさにそれに当てはまる可能性が高い制度と考えています。

ならば、前々から事業承継を見越した準備をすすめ、このような制度を使わなくても乗り越えられるようにしておくことこそ王道だと考えます。

また、今回の記事を書くにあたり、以下の書籍を参考にさせていただくことが多々ありました。事業承継税制の利用を勧める本が多々ある中、その利用リスクを解説してくれている良書だと思います。私の解説では物足りないと感じた方は、是非こちらも一読していただければと思います。

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~以下、追加アップグレード情報(2021.10.10)~

上記の記事では、新・事業承継税制の落とし穴について語らせてもらった上で、安易に利用すべきではない、と結論づけている。

では現状として、新・事業承継税制を利用している企業は増えているのだろうか?

2019年9月16日の税務通信記事では、以下の通りに書いている。

特例承継計画の提出は4,000件を超えているようです。昨年の10月頃は1,000件程度でしたので,順調に提出件数が増加しているとみられます。

しかし、『日本商工会議所』の「令和4年度税制改正に関する意見(2 0 2 1 年 9月 15 日)を読むと、

コロナ禍の影響が長期化するなか、特例承継計画の申請件数は伸び悩んでおり、商工会議所の調査においても、コロナ禍で売上が減少している中小企業ほど事業承継時期を先送りする傾向がみられている。

と、特例承継計画の提出が多かったのは最初だけだったことを示している。

日本商工会議所は、特例承継計画の申請件数の伸び悩みはコロナ禍の影響としているが、要因は別なとこをにあると考えている。

たしかに、スタート段階では特例承継計画の申請件数は多かった。しかしこれは、

「特例承継計画は書類の量はたいしたことはなく、また、この計画を提出しても新・事業承継税制を利用しなくてはいけないわけではない。むしろ令和5年3月31日までに特例承継計画を提出しとかないと、いざ新・事業承継税制を使いたい時に使えないということになるので、提出するだけはしといた方がいい

というアドバイスが各所であったので、とりあえず特例承継計画の提出だけした方々が多かったためと思われる。

しかしその動きもある程度落ち着き、また、よくよく調べれば新・事業承継税制がいかに使いにくいかが分かってきたので、積極的に利用したい経営者はそこまで増えていないのではないだろうか。

これが、「特例承継計画の申請件数の伸び悩み」の理由と考えている。

結局は、株式承継に係る納税の『猶予』ではなく、納税の『免除』をするか、事業承継する時だけ株価が少なくなるよう計算方法の特例を設けるという制度にしない限りは、使い勝手の良い制度として利用が大々的に増加するという可能性は低いのではないだろうか。

★お約束事項

肥田木会計事務所では、税お役立ち情報を定期的に配信しています。

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肥田木会計事務所では、なるべく実務に則した税お役立ち情報を定期的に配信しています。本noteで興味を持たれた方は、是非ホームページの方も見ていただければと思います。​


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