気体験を通して感じたこと

気は目に見えません ですから科学的には体験しないかぎりわからない性質のものです

私は昔から人間は死んだらどうなるのか?に関心があり もし気というものが存在したら

それは人間nが物質のみでできていないこととなりそれは死後があることの証明になるのでは思い体験するため気功を習いにいきました。 そこでいろいろ不思議な体験をしてそれから気と生命、 宇宙、との関連性を考えてきました そこで私の考えを記録することにしました。

どんな体験をしたのか? そこから入りたいとおもいます

ある時週刊誌に西野「道場の記事をみました。

これだ!と思い さっそく見学にいきました(20年以上昔の話)

そこで観た衝撃はとにかく体験しなくては と言うものでした

西野先生が手をふれると相手の生徒が吹き飛んでゆくという信じられないものでした

か弱い女性の先輩のなんと力の強いものか!と思ったのは対気という手をお互いあわせて、息を吐きながら相手を押し込める運動ですがびくともしないのです 跡でわかったのですが逆に力を入れないようにして相手の力を受け入れるというか、 対抗しないということが大事なのです。 不思議ですが

力を受け入れるとそれ以上押し込めないポイントがあるのです。 体験しないとわからないでしようもちろんそれがわかるのには1年ぐらいの時間がかかりました 経験して思ったのは、この上達には性格が大変関わってくると感じました。 つまり素直な人が一番上達が早い 逆に勝ち負けにこだわるタイプは遅いということです。 相手の力を受け入れるふところの広さがいるのです 空手家や柔道家や相撲取りもいました。 力だけで勝ちにくるタイプもいましたが、そういう人はうまくなりません 先輩に吹っ飛ばされ、いつも肘に水がたまりぶよぶよでした。 机に肘がさわるとひどく傷んだものでした そのうち板の間にたたきつけられてもびくともしない体にかわりました それから合い気柔術や他の気功道場にもいきました。 ここで思ったのは人間には科学ではまだ何も解明されていない未知のエネルギーがあるのだなと感じたことです

公園で気功をしていた時です 夕焼け空をバックに友達の肩から体にそってきれいな銀色のオーラーが見えた時もありました。 対気という気の勝負した時手に金粉がいっぱいでました。 ほんとうの金ではなさそうですが、不思議なものです。 吹き飛ばされて半身が血が死んだように黒あざになったり膝から骨がとびだしたようになり、びっくりしたら先輩がこれは気こぶといって、目の前で手をかざし、どんどん小さくなってゆくのを目撃 びっくりしたものです。 そのうち百人と対気をしてもぜんぜん疲れなくなりました まさに気はあると体感したものです このテーマはしばらく続けたいとおもいます

気のコントロールは最初意志ではできません 無意識に働くには呼吸法でするのです。 気は顕在意識ではなく潜在意識に働くからです。 それをコントロールするのは呼吸法によります。 息を吐くのは体に気を流し体を気で満たすことですが、体の外まで気を拡げることです。 吸うのは気を体に篭らせることです。 そのため筋肉に力をいれるのは気を取り入れて篭らせることです。 つまり力とは気なのです。 体を緩めるとその気が体の外に出て周りを制御するのです。 良く武道では力を抜けといいますが、抜かないと自身の気が周りに影響与えないからです。 初心者は力を抜くと気も抜ける。 それを修業で体全体の気を統合的に使うように訓練するのです。そうすると、力は抜けるのに気はぬけない!という体を作ることになるのです。 

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