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花売りの娘(落選作品)童話

あるところに、笑顔の絶えない王国がありました。笑顔の中心には、王子様がいました。

 とてもやんちゃな性格で、王様の目を盗んで、毎日、抜け穴から街へ行っていました。

 王子様はきらびやかな装飾品の着いた服から、キレイな紫色で染められた服に身を包むと、城下町の子どもたちに交じって、いつも遊んでいました。

大人たちは上等な服を着て遊んでいる身なりを見て、位の高い子どもだということは、感じとっていました。

 王子様は街で困っている人を見ては、王様からもらっている硬貨を、手渡していました。

 最初は遠慮していた人々でしたが、次第にそれが当たり前になっていました。

 生活に困っていない人までも、貧しいふりをして、恩恵にあやかっていました。

 王子様は疑うことはしませんでしたし、仮にそうだとしても悪く思うことはありません。

 大人に反して、子どもたちはそんな王子様の行いを見て、誇らしくなると同時に、お金があったら自分たちも「そうしたい」と話しあっていたのです。

 優しさは連鎖し、街は子どもたちの純粋な心で、いつも温かでした。

 いつものように、街へ行った王子様の目に、砂漠に咲いた、健気な一輪の花のような姿をした、娘が留まりました。顔とは似合わぬ、ボロボロな服を着ています。

王子様は近づくと、話しかけました。

「こんにちは。初めて見る顔だね」

 いきなり話かけられ、全身がピクリと動きました。戸惑いながら娘は、答えました。 

「昨日この街へ父とやってきました。私たち親子は、花売りをしています」

 娘が広げている、やや大きめの茶色い風呂敷の上には、見たことのない鮮やかな花が並べてあります。

「見事な花だね。とても可憐だ」

 顔が明るくなり、娘が言います。

「あちらこちらの地域で種をもらい、父が丹精込めて育てた花々なのです。……私にはその美しさを知ることは、難しいことですが」

「どうしてだい」

「目が見えないのです。花を売っているのに、その本人が見えないなんて、お笑いよね」

 王子様は、空を仰ぎました。そうして、沈黙が続いた後、口を開きました。

「君の目は見えないままなのかい」

「お医者さんに手術をすれば、見えるようになるかもしれないと、言われております」

 王子様の顔が、並んだ花のように色づき、踊るような口調で言いました。

「手術するには、硬貨がいくつ必要なのかな。お花を全て僕に買わせてください」

 娘は突然の申し出に、頭を両手で押さえて、言いました。

「で、でも手術するには、とてもたくさんの硬貨が必要です。ここある花を全て売っても、ほんの足しにしかなりません。金貨が10枚も必要なのですもの。全部売ってもせいぜい銀貨1枚が、やっとです」

 王子様は、優しく娘の手を取り、小さな麻袋をその手の中に入れました。

「約束通り、お花全ていただくよ」

 王子さまは、買った花を街行く人々に渡しました。どの人も、笑顔になります。

 娘は麻袋の中身を出しました。1枚1枚指先で確認したかと思うと、首を大きく横に振り、やや大きめな声で言いました。

「これは銅貨でも銀貨でもない、金貨だわ。しかも20枚もある。見ず知らずの方にこんなにいただけないわ」

 王子様は花を配りながら、とても優しい口調で言いました。

「困っている人がいたら助けたい。君のような働者で、可憐な人だったらよけいに。手術が上手くいくことを、祈っているよ」

その場を後にした王子様は、明るい鼻唄を唄いながらお城へ向かいました。

王子様がいつも使っている抜け穴を使おうとしたら、その前に王様が仁王立ちになって、立っています。

 他の目ぼしい入口にも、兵隊たちが立っていて、中に入れそうもありません。肩をすくめ、王子様はいつも使っている入口へ行きました。

「ただいま、帰りました」

 王様は、顔を真っ赤にしました。

「いつ、城下町へ行くことを許した。噂によれば、硬貨も使い放題」

「申し訳ありません。街に勝手に行ったことは、謝ります。しかし、硬貨は私の自由になる範囲で使っております」

「身分相応な物を買うために渡しているのだ。それを街のやつらに配っているなんて、甚だ遺憾だ」

「少しくらい、街の人々に使っても、バチは当たらないかと思います」

 王様は、噴火した火山のように、頭から湯気を出して怒鳴りました。

「街の大人たちが、お前のことを『お馬鹿な貴族』と呼び、笑っているのだぞ」

「それは、知っております。それでも良いのです。街の人々の暮らしが楽になるのなら、悪口の1つや2つ平気でございます」

 王子様は地面を見つめながら、答えました。

「王家の恥知らずが。もう2度と城に入るな」

 言うなり、王様は王子様を、外へ押出しました。

 街で硬貨を配っていた子どもが、王子様であったこと、城を追い出されたことは、すぐに街中に広まりました。

 王子様は静かになっていく街を、彷徨いました。

 時折、買い物から帰って来た人と、すれ違います。

 王子様を見た子どもたちが話かけようとすると、大人たちは、子どもの手を引っ張り素知らぬ顔をして、通り過ぎていきます。

 込み上げてくる気持ちを堪え、大人たちは忙しいだけだと、心に言い聞かせるのでした。

 日が落ち、段々と寒くなって来ました。

 季節は秋の終わり。

 とても寒く、北風が練習とばかりに、気まぐれに王子様の身体を撫でていきます。

 家々の窓からは、明るい光が漏れ、楽しそうな笑い声が聞えてきます。

 その声を聴くと、心の中にまで、冷たい秋風が通り過ぎていく気がしました。

同時に人々の、楽しそうな声は、王子様の消えそうな心の蠟燭に、火を灯すのでした。

 しばらく街を歩きましたが、寒さと飢えで、とうとう小さな民宿の前に座りこんでしまいました。

「お腹が空いた。それに、とても寒い」

 ますます闇が濃くなり、夜が容赦なく王子様を冷やします。

「このまま、僕は死んでしまうのでは」

 一瞬そんなことが、頭をよぎりました。

 赤くなっていく手を、王子様は息で温めながら、意識が遠のいて行くのを感じました。

 その時です。民宿の扉が、うめき声を挙げながら開きました。

 視線を向けると、花屋の娘がいまいた。

 王子様の気配に気がつくと、白い羽織物をそっと、王子様にかけました。

 王子はその羽織物が、上等なシルクであることにすぐ気が付きました。

「よかった。寒さをしのげる物が買えて。せっかくだけれど、これを僕に貸してくれたら、貴女が寒くなる。だから、自分でお使いなさい。身体を大事にしなくては」

 娘はニコリと微笑みました。

「やはり、風の噂で耳にした、お人よしの貴族の方でしたか」

 王子様は娘を見つめましたが、声は出ませんでした。

「ウソをつきました、ごめんなさい。私は目が見えるし、旅の花屋の娘でもありません」 

目をパチクリさせている王子様を尻目に、話を続けました。

「私はこの街より、4つほど離れた国、花の都の姫です。貴方を見つけるために。1人馬車を走らせ、街から街へ旅をしていました。昼間、貴方がなんのためらいもなく、私に金貨をくださったので、噂の方だと直ぐに分かりました。また会えるかしらと、星を眺めていたら、貴方が座り込んでいるのを目にして、慌てて出て来ました」

「僕と同じ年くらいの貴女が、僕を探して1人で旅を」

手足の先から心の中までが、一気に温かくなっていくのを、王子様は感じました。

「一緒に、花の都に来てくださいませんか」

 お姫様の申し出に、王子様は目をそらして言いました。

「僕は今、家もお金もない。貴方とは、釣り合わない」

「心はずっと気高く、優しいお方。こんなことになっても、自分の心配より私の身体を気にかけてくださいました。とても立派なお方です」

 王子様は差し伸べられた、真っ白で温かな手を握りました。

「これまで色んな方が、花を買ってくださいました。私の目が見えないと知ると、大抵の方は安い硬貨を、笑いながら渡してきました。私はこの旅で、世界の汚さと美しさを知ることができました。貴方の柔らかな心が、私の心が騙した方々と一緒になるところを、食い止めてくださいました。」

 王子様は寒さで赤くなった顔を、さらに赤らめました。

「僕は、貴方が思っているような、人間ではありません。人の笑っている顔が好きで、自分自身のためにしていたことです」

 お姫様は目を、キラキラさせました。

「それこそ、私の探し求めていたものです。私は貴方がますます気に入りました。きっと、私の両親も気に入るはずです」

 お姫様は握っていた手をギュッと、強く握りました。

 心の底からそのようなことを言われたことがなかった王子様は、初めて心に芽生えた想いに戸惑いました。

「心がくすぐったくて、温かい気持ちだ。今までにないくらいに、笑っていて欲しいと僕の心臓が言っているみたいなんだ。この気持ちはいったい、なんなのだろうか」

 お姫様は優しく微笑んだだけでした。

 王子様は、心臓をギュッと握り、その手をお姫様と繋いでいた手に、重ねて言いました。

「僕は父上のお力がなければ、でくの坊のようです。ですが、貴女の人生の花になれたのなら、僕は幸せです。花の都にお共してもよろしいでしょうか」

「もちろんです。喜んで。私も貴方にとって、優しい木陰になれるように、精進いたします」

 お姫様は、一粒の涙を流しました。

 王子様には、涙の意味を理解することができませんでした。

小さな宿に泊まった翌朝、心身をキレイにし、鏡の前で唇をギュッと結ぶと、まだ街が沈黙を続けている朝に、お姫様が乗ってきた、馬車にお姫様を乗せ、お城に走らせました。

 お城の門まで行くと馬車を降り、力強い目をして門番に近づきました。

 門番は槍の先を向け、停止させました。

「王様にご用があって、来ました」

「どのようなご用件でしょうか。王様は、大変に怒っておありです。王子様が来ても、絶対に通すなとの、ご命令を承っております」

 不思議と王子様は昨日と同じくらい、暗い気持ちにはなりませんでした。

 王子様は深呼吸をし、お城の中まで聞こえるような、大きくて勇ましい声で言いました。

「今まで、お世話になりました。私(わたくし)は、ここより遠く離れた、花の都の姫君と共に参ろうかと考えております。花の都の方々のために、一生懸命に、花の都の王様の元で学び、姫を支えていけるよう、まい進いたします。最後まで親不孝の私を、どうかお許しください」

 声に反応して、門がゆっくりと開きました。飛び出してきた女王様が、抱きしめました。

「王子よ、ごめんなさい。貴方をお城から追い出してしまって。忘れないでね。母は息子である貴方を、強く愛し誇らしく思っていることを。花の都に行っても、民のためにできることをしなさい。貴方の優しさは、どんな硬貨より価値のあるもの。それを貴方は、いつだって心に持っているということを」

 王女様も目には、朝日に照らされ美しく光る涙が、浮かんでいました。

 王子様は、優しく指で拭って言いました。

「私の誇れるものは、父上と母上にいただいた、命というギフトでございます。どんなことがあっても忘れず、大切に育てていきます。いつか誰かと結ばれ、子をもうけた時、私もそう思える親になれるよう、頑張ります」

 言った時、王子様の頭を撫でるものがいました。ふと見上げると、王様が朝日を見つめながら、立っていました。

 馬車に目を向け単調な声で言いました。

「王子よ、お前も私のように、自分より大切なものをついに見つけたのだな。……キレイな娘だ。とてもキレイな」

 そう言って、王様は背を向けお城に戻りました。

 王子が馬車に乗りかけた時、王様が震える背中をして言いました。

「すまなかったな、お前の行いを恥じたことなど、一度もなかった。どうか、そのまま変わらないでいてくれ」

 王子様は、王様の気持を何となく分かっていました。

「私は父上の背中を見て育ちました。私もいつか父上のように、大切な人を大切にできるような、偉大な王になります。」

 王様は軽く頷くと、振り向かずにお城に入って行きました。

 黙って座っていたお姫様が、言いました。

「貴方がこんなにも素晴らしい人である理由がわかりました。これから経験を積み、今より立派になられたのなら、またここへ帰ってはいかがでしょうか」

お姫様の申し出に、王子様はとても軽やかな様子で頷き、言いました。

「私の幼いやり方以外で、民を救えるようになった時、父上に許しを得たいと思います」

 2人は、顔を見合わせて笑い合いました。

 それから数年の月日が過ぎました。

 王子様もお姫様も立派な大人となりました。

 2人は力を合わせ、王子様やお姫様の両親のようになれるよう、苦楽を共にしてきました。

 王子様が来てから、花の都は以前にも増して人も風景も、美しくなりました。

 お姫様の弟も、王子様にたいそうなつき、王子様の後をついて、王子様の振る舞いを肌で感じ、いつしか受け継いでいました。

ある日、王の間へ来るように花の都の王様から、王子様が命を受けました。

王の間に行くと、王様はニコリと微笑み、長くて白いひげを触りながら言いました。

「そなたが来てから、ずいぶんと経ち、都もいい方へ向いている。そろそろ自分の城へ帰っても、いいころじゃないだろうか」

 王子様は突然のことに、たじろぎました。

「父上が、私の帰りを待っていらっしゃるだろうか……」

 王様は小さな茶色い宝箱を、王子様の目の前に出しました。

「これはいったい、なんでしょうか」

 王子様は目をパチクリさせて、聞きました。

「私がずいぶん昔から、文を交換している相手から届いた手紙が入っている」

 言うと王様は、宝箱を開きました。

 そのとたん、窓から風が吹き込みました。

 舞い上がった手紙の一枚を手にしたとたん、王子様は思わず声を出していました。

「これは、父上の字ではありませんか」

 王様は、ゆっくりハハハと笑いました。

「そなたの父上が、心配してそなたが旅立った日より、私に文を送っていらしたのです。私は、そなたの様子を、包み隠さず送りました。王様は、たいそう会いたがっている様子ですよ」

 王子様は心に、春がやってきたかのような、気持ちになりました。

王様をじっと見つめてから、言いました。

「私は両親の元へ、胸を張って帰れるくらい、立派になれたでしょうか」

 王様はウィンクをして、また笑いました。

「とっくの前にね」

 その言葉を聞き、今までにないくらい王子様の心臓が、騒ぎました。

 こぶしをギュッと握りしめ、王子様はずっと心に秘めていた想いを、王様にぶつけました。

「どうかお姫様を、私にください。幼き日から切磋琢磨してきたお姫様を、私が父上に認められるような立派な人になったとき、お嫁にいただきたいと、出会ったその日から、願っておりました。2人で私の国に帰り、父上の手助けをしながら、生活を共にしたいのです」

王様が優しい口調で、言いました。

「その言葉を、言ってくれるのを、ずっと心待ちにしていたよ。そなたなら我が娘を心から愛し、幸せにしてくれると信じている。どうか、娘をよろしく頼みます。扉の向こうで、ずっと聞き耳を立てている者にも、聞いてみるがいい」

 兵隊が王の間の扉を開けると、そこには顔を赤らめ小さくなったお姫様が、立っていました。

 王子様も負けないくらい、赤くなりました。

 伏し目がちに、ゆっくりお姫様が部屋に入りました。

 王子様は襟を正して、言いました。

「私と結婚してください」

 王子様は、ひざまずくとポケットに手を入れ、中から肌身離さず持っていた、真っ白のバラがあしらわれた指輪を、お姫様の前に差し出しました。

 お姫様の顔は、涙でぐちゃぐちゃになりました。

 お姫様は舌をペロッと出して、言いました。

「私今とても不細工な顔をしているわ」

「そんな、泣き虫な貴女も愛しています」

 お姫様は王子様にはめてもらった指輪を見つめて、にこやかに微笑み、鼻声で言いました。

「私も幼き日、貴方が声をかけてくださったその時から、その言葉をずっと、ずっと待っておりました」

 王子様は優しくおでこに、キスをしました。

 帰国すると、両親はすっかり年をとっており、王子様が国を出る前より、穏やかな表情をしているように、王子様は感じました。

 王様はお別れをした日の様に多くは語らず、ただじっと、沈み行く太陽を、目を細めて見つめていました。

 王子様は幼き頃には、分からなかった王様の気持ちを、少し悟った気がしました。

数日後、2人は王子様の国で、結婚式を挙げました。 

王子様は位など気にせず、お世話になった両国の人々を、子どもから大人まで、みんな結婚式に招待しました。

お祝いは三日三晩続きました。

子どものころ遊んでいた子どもたちも、みなすっかり立派な大人になっていました。

子どもたちは王子様にもらった心を大切にし、国は王子様が去る前より、笑顔と温もりで溢れていました。 

戻ってから数年後、国は微笑みの都と呼ばれるようになり、心豊かな人々が暮らす国となりました。

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