見出し画像

HCDだけじゃない、いろいろな人間中心のアプローチ+α

「人間中心」とは、当事者そのものを深く理解することに加え、当事者がシステムを利用する環境、状況などを十分に理解することを目指す。また、人間中心といったときに、システムを利用する人(当事者)に加えて、システムを利用する人に「直接あるいは間接的に影響を及ぼす人」も含む。例えば、会社で利用するシステムであれば、職場の上司、システムの保守者なども含まれる。これらを十分に理解しないままにシステムを作ることは失敗する大きな要因になりえる。

人間中心という単語を使うかはさておき、人間中心に考える重要性は広く知られており、さまざまな業界で取り入れられている。例えば、人間中心設計、デザイン思考、リーンスタートアップアジャイルユーザ中心デザインなどが挙げられる。

今回は人間中心設計やデザイン思考を中心に、いくつかの方法について自分なりに意訳してみる。

なお、人間中心のデザインが求められる背景などはこちら。

人間中心設計

人間中心設計は、人間中心の考え方に基づくデザインプロセスの標準として定義されている。主に、インタラクティブシステムの開発において広く活用されている。

人間中心設計はデザインの各段階でユーザインタフェース(UI)や文書に関するニーズ、要求、制約などを熟慮して設計を行う行為またはそのプロセスを指す。デザイン思考よりも具体的な実施内容を定めており、かつインタラクティブシステムの設計に焦点をおいた内容にみえる。

人間中心設計は、繰り返しのプロセスであり、デザイナがシステムをどのように当事者が使うかを検討するだけでなく、検討結果が正しいかを当事者に試用してもらいながらデザインを洗練していく。当事者が初めてそのデザインに触れたときどう感じるかを、デザイナが直観的に理解することは難しいため、そのようなプロセスを定めている。

システムを中心に扱うデザインプロセスとの大きな違いは、当事者がシステムに合わせるのではなく、当事者が欲しいと思っていることが何であるかを中心として、当事者に合うようにデザインを進めようという思想にある。

一般的に、人間中心には出発点と終了点があり、さらに4つの活動がある。これらの活動を必要に応じて繰り返すことによって、終了点へと遷移する。

人間中心設計の必要性の特定

まず初めにプロジェクトにおいて、人間中心設計をおこなう対象を特定する。

利用状況の把握と明示

当事者の特性やその環境や利用状況を理解する。人間中心設計では、特定の作業を評価するだけでなく、フィールドワークの手法を使うなどして当事者に関連するあらゆる実態の把握を目指す。また、これらの理解をまとめるために、ペルソナ手法やシナリオ手法が活用されることがある。

当事者と組織の要求時項の明示

ここでは当事者に関する情報に基づいて、要求時項をまとめながら、要求定義、さらに要件定義を検討する。この時に、要求定義や要件定義が完了していなくても、設計による解決策の作成と試用による評価に進むこともある。

設計による解決策の作成

要求定義や要件定義に基づいて、詳細設計などをする。ここでは解決策をいきなり実装するのではなく、まずはペーパープロトタイプ(紙で作成するUIのプロトタイプ)などを活用して素早く作成し、評価へと進む。

要求時項に対する設計の評価

作成した案を評価する。人間中心設計における評価にはさまざまな手法が開発されている。ユーザビリティテストや、当事者を利用せずに専門家だけで行う評価などもある。

システムが特定の当事者および組織の要求時項を満足

最初に特定した対象に対して人間中心設計のプロセスを繰り返していくことで、当事者と組織の要求を満たせたと判断できたら、プロセスは完了する。

デザイン思考

デザイン思考とは人間中心のアプローチで革新的なデザインを実現するための考え方である。主にデザイン教育を専門的に受けたことがない人向けにまとめられたものである。

デザイン思考の目的の一つは、デザイナが活用する発想法やツールを、非デザイナが使えるように整理し、幅広い問題解決に適用できるようにすることである。ここでいうデザインとは、見た目の色合いといった表現に限定されるものではなく、広義の意味でのデザインを指している。

デザイン思考の教育をする機関の一つであるスタンフォード大学のd.schoolでは、デザイン思考に5つのモード(共感、定義、発想、試作、テスト)を挙げている。これらのモードを柔軟に切り替えながら繰り返し実施する。

EMPATHY (共感)

解決しようとしている問いはデザイナ自身の問題であるとは限らず、デザイナ以外の特定の当事者が抱える問題であることが多い。よって、その当事者のためにデザインするにあたり、当事者はどのような人であり何が重要と考えているかを深く理解する必要がある。

当事者を理解することを、デザイン思考では「共感」というモードで定義する。共感とは、他人が感じたことや考えを、理解し、気づき、敏感になり、そして自分のことのように想像することである。そのためにデザイナは、観察対象である当事者が、どのような生活環境にいて、そこで何をしているのかを見ることが重要となる。それにより、なぜそのような振る舞いをしているのかを考えることで、当事者が何を考え感じているのかを理解する手掛かりにできる。

当事者に共感することによって、当事者が持つニーズと、当事者自身さえ気づいていない事実やインサイト(優れた洞察)を抽出する。

DEFINE (定義)

「定義」は共感によって得られた知見を分析・統合することで心を惹きつけるニーズとインサイトを導くモードである。これはどの問いに「焦点を合わせる」かを決めるといえる。

問題定義の段階で目指すことは、1) 当事者と、デザインの対象についての深い理解をさらに発展させること、2) その理解に基づいて取り組むべき問いは何であるか?を明確に定めることである。

共感で得られた洞察に基づいて問いを定義することを通して、なぜその解く意味があるのか、誰のためにデザインをするのか、デザインを進める上での原動力となるインサイトは何か、などを明確にする。

IDEATE (発想)

発想は、型にはまらない、斬新なデザインを生み出すことを目指す。収束ではなく発散を重視する。発想のゴールは、多様で大量のアイデアを出すことである。このモードで広大なアイデアを得ることで、プロトタイプを作ったり、テストをしたりできる状態を目指す。手法としては、ブレインストーミング(自由連想法)や強制連想法などを用いる(参考:イノベーション対話ツールの開発について)。

3-b.ワークショップのファシリテーション資料_ワークショップで用いる基本手法解説1
3-b.ワークショップのファシリテーション資料_ワークショップで用いる基本手法解説2

PROTOTYPE (試作)

プロトタイプは、アイデアを形にするためのモードである。付箋紙、ロールプレイング、空間やモノ、インタフェースやストーリーボードなど、何かしらアイデアを形作ったものはすべてプロトタイプである。

どのようなプロトタイプを作るかは、プロジェクトの状況によって異なる。初期の探索段階では、素早く学んで多くの異なる可能性を調べられるように、粗くて手早く作れるものをプロトタイプにする。

プロトタイプを作ってみたり、経験したり使ってみたりすることで、多くの気づきを得られる。プロトタイプを使って学んだことを、より深い当事者への共感やより鋭い問いの定義に繋げる。

たとえば以下の動画は、iPhone上で動作する子供向けのアプリ開発のために作られたプロトタイプである(当時はまだタッチスクリーンのスマートフォンが一般的ではなかった)。このような動画を撮ることで「タッチすることでキャラクタのアクションが変わる」ことを誰でもすぐにイメージできる。

TEST (テスト)

テストはデザイナが考えた解決策について、当事者からのフィードバックを得て解決策をよりよいものにするためのモードである。テストというよりは「試して学ぶ」という方が良いかもしれない。テストではプロトタイプを当事者の実生活に近い環境で試す。テストを通して当事者への理解や共感を深めたり、新しい発想に繋げたりする。

また、プロトタイプのモードではデザイナが正しいという立場で進めるが、テストのモードでは当事者が正しいという立場で進めることで、より多くの学びを当事者から得られるようになる。

なお、プロトタイプとテストを通して学ぶことについては、以下の動画が参考になると思う。プロトタイプとテストを通して学びを得ながら、Street Debaterという仕組みに収れんしていく過程がわかりやすい。

リーンスタートアップ

リーンスタートアップは、リーン生産方式を参考にしたムダのない起業をするためのデザインプロセスを指す。リーン生産方式とは、1980年代にアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で日本の自動車産業における生産方式(主にトヨタ生産方式)をもとに提案されたものである。この中で7つのムダを定義し、それらを減らすことに注力している。言い換えれば、リーンスタートアップは起業版の生産管理手法の一つといえる。

リーンスタートアップでは、自分の考えたサービスにお金を払ってくれる最初の顧客に早く出会い、その顧客を深く理解しながらサービスをつくっていくことの重要性を述べている。この部分は人間中心の考え方に似ている。また、リーンスタートアップの派生としてUXデザインを重視したリーンUXなどの展開もある。

アジャイル開発

アジャイル開発は、迅速かつ適応的に開発を行う軽量な開発手法群のことを指す。主にソフトウェアの開発において発展してきた考え方である。

アジャイル開発宣言では、顧客(エンドユーザ)の満足を求め続けることが宣言されており、ここは人間中心の考え方に重なるものがある。また、繰り返しのプロセスが定義されているところも類似している。

かなり類似性のある方法のため、アジャイル型ソフトウェア開発と人間中心設計を組み合わせの効果(や課題)についての研究報告もある。

https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-642-10308-7_30

ともにデザインする

デザインプロセスは提供者側だけのものではなく、受益者(当事者)にも開かれたプロセスであるという考え方もある。

たとえば「参加型デザイン」では当事者がデザインプロセスに能動的に参加し、デザインされる製品が彼らのニーズに合っているか、使いやすいかなどの確認を支援する。スカンジナビアの国々の労働組合で1960年代から70年代にかけて行われ始めたことがきっかけと言われている。ソフトウェア開発で用いられることが多いものの、組織デザイン、社会デザイン、教育のデザインなどでも活用されている。

デザイナが主導するデザインプロセスの一部に当事者として参加する(参加型デザイン)だけでなく、当事者がデザインパートナーとして積極的にデザインプロセス全般に関わる「コ・デザイン(co-design)」という考え方もある。

さらには、当事者自身がデザインプロセスをリードし、デザイナはむしろそのプロセスをファシリテートする立場として関わる、「当事者によるデザイン(design by themselves)」という考え方もある。

これらの共につくるデザインについては、以下の書籍が大変わかりやすい。

他にも「インクルーシブデザイン」という考え方がある。高齢者、障がい者、外国人など、従来、デザインプロセスから除外されてきた多様な人々を、デザインプロセスの上流から巻き込んでデザインを進めるものである。

これは単にマイノリティの方々に使いやすくすることを目指すというわけではない。健常者では気付かないような洞察を得て、多様な人々にとって良い(さまざまな人が包摂される)デザインにすることで、より多くの人々が受け入れやすく、使いやすいデザインを実現することを目指している。

また、少し脇道にそれるかもしれないが「プロセスエコノミー」という考え方も登場している。先進国を中心に物質的には満たされてきており、完成されたプロダクトやサービスの機能や体験では差別化が難しくなってきている。そのような中で、クリエイターが何かを生み出すプロセスそのものを応援することに価値が見いだされるケースが見られる。これも一種のともにデザインすることだといえるのかもしれない。

人以外も包摂する

人にとって良いことを超えて、社会的に良いことを目指す、持続可能性に配慮するといった方向性が模索されている。

たとえば、Hedonistic sustainability(快楽的持続可能主義)という考え方があり、持続可能性を追求しながらも使う人々がワクワクするようなデザインを目指している。持続可能性や地球環境に配慮するためには人が我慢しなければならないという論もあるが、Hedonistic sustainabilityはそうではないとする立ち位置である。

また、システムやサービスを利用する当事者自身の意識の変化もある。単に自分が利用するときのプロダクトやサービス品質が良ければ良いというだけでなく「そのプロダクトやサービスを通して社会や環境が良くなることに自分が貢献できるのか?」を意識する人が増えている。そのため、良いパーパス(意義)を掲げる企業に共感が集まり、事業の競争力に繋がるよう可能性が高まってきている。

おわりに

人間中心の考え方は、デザイン領域だけではなく、ソフトウェア開発、起業(ビジネス)など、多様な領域で取り入れられている。また、当事者を理解してデザインするために、さまざまなアプローチが提案されている。そして人間中心の考え方とは一線を画すデザイン方法もある。

デザインの方法はどの方法にも良し悪しがあって、どれか一つが万能というわけではない。自分や関係者がデザインに取り組む状況に合わせて、適当なものを選んだり組み合わせたりして活用すると良いだろう。

よろしければサポートお願いします!サポートいただいた分は、さらなる活動と記事執筆に使わせていただきます