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引き継がれる文化豊穣

 私の手元に伊達政宗公騎馬像小品を3Dスキャン・プリントで複製した縮小レプリカがあります。これは第1話で紹介したギャラリー南製作所の「小室達展」で行ったクラウドファンディングのリターン(返礼品)です。その他に図録や絵葉書もありました。

 この企画は、劣化が進む石こう像を支援金で後世まで残すことが目的で、昭和15年作の「童(わらべ)」(息子の穣嗣さんがモデル)がブロンズ化され、柴田町に寄贈されました。その他にギャラリートークや地元の小学生による見学会・スケッチ会が行われました。

⑳1 政宗像レプリカ

複製した政宗像のレプリカ

 令和3年に石巻市複合文化施設(まきあーとテラス)が開館すると、高橋英吉作品が常設展示される予定です。石巻文化センターで、平成22年に高橋英吉生誕100周年記念「永遠の想い 英吉・幸子 父娘(おやこ)展」が開催されました。幸子さんは現在も木版画制作をしているので、魅力的な企画を加えた父娘展の開催に期待しています。また、市民による英吉を題材にした演劇の上演がホールでできたら素晴らしいですね。

 複合文化施設の企画展示について、私は2年前から「高橋英吉・石巻と小室達展」の開催を願ってきました。連載で紹介した作品や資料はもちろん、石巻訪問が制作の原動力となったと私が考えている伊達政宗公騎馬像の原型(石こう像)や新たに発見された石母田正輔翁像が加わったら展示が充実することでしょう。

 石巻生活で「石巻は昔から文化不毛の地と言われている」ということを何度か耳にしました。しかし、この街の歴史を調べる中で、大正、昭和の頃に佐藤露江らが盛んに文化的な活動をしていたことを知りました。

⑳2 息子モデルの像

「童」の石こう像とブロンズ像(しばたの郷土館所蔵)

 東日本大震災で文化の灯は砂で覆われてしまいましたが、私はこの2年半で、英吉と出会うきっかけとなった映画「潮音」やサン・ファン・バウティスタ号を題材にした演劇を旧観慶丸商店で鑑賞しました。石巻日日新聞社の若い記者が発行した短歌の本やキワマリ荘での美術作品展示にも出会いました。

 文化の灯は消えていなかったのです。もうすぐ動き出す複合文化施設が「文化不毛の地」という言葉を封印し、灯をさらに大きくする場所になってほしいと思います。

 第1話の冒頭で「人間小室は、石巻に好印象を与えたらしい」という達の思いを紹介しました。石巻のみなさんのおかげで、達の足跡を知ることができ、この言葉の意味が分かりました。そして「石巻が天才彫刻家小室達を育てた」と実感することができました。

 これまで、達の作品制作を支えたのは旧制白石中学校の友人が結成した「木馬会」や一條一平(白石市の鎌先温泉一條旅館17代目)と言われてきましたが、これからは「石巻の人たち」を加え、紹介していきます。

⑳3 父娘展パンフ

石巻文化センターで開催された「父娘展」のパンフレット

 石巻日日新聞社の中興の祖である露江は昭和23年12月27日の日記に「今月は多忙な1ヶ月であった。1日に石巻日日新聞を復刊。廃刊后実に8年間である」と記しています。今回の連載が実現したのは時代をさかのぼって、新聞を復刊させた露江のおかげだと思っています。

 第1部からの全32話は今回で終わりですが、達や英吉に関する新しい発見があったら、またペンを取りたいと思います。

※豆情報 高橋幸子さんの2021年版カレンダー「みんなでたべました」が、まねきショップ(門脇町)と石巻まちの本棚(中央2丁目)で販売中です。みんなで集まることが難しい今、カレンダーの中で仲間と集まる楽しさを味わってほしいという思いが込められています。


筆者プロフィール-01


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湊小で鈴木さん特別授業 偉人に学ぶ夢への努力
高橋英吉と小室達に焦点

 宮城県出身の天才彫刻家、高橋英吉(1911―1942年)と小室達(1899―1953年)について理解を深める特別授業が19日、石巻市立湊小学校(坂本忠厚校長)の5年生14人を対象に行われた。東浜小教頭で郷土の歴史に詳しい鈴木哲也さん(53)が講師となり、2人の天才彫刻家の生き方を通して、夢に向かって努力することの大切さを説いた。【山口紘史】

湊小で鈴木さん特別授業 高橋英吉と小室達

2人の偉人を解説する鈴木さん

 達は明治32年に現在の柴田町、英吉は同44年に石巻市湊でそれぞれ生まれ、ともに東京美術学校(現・東京芸術大)で彫刻を学んだ先輩、後輩の間柄。英吉は美校2年の時に達に合い、同県出身の縁から親交を深めた。

 著名展覧会で数々の賞を受賞していた達は昭和10年、仙台城址の初代伊達政宗公騎馬像を制作。この作品に刺激を受けた英吉氏は捕鯨船乗組員として7カ月間働き、現場で描いたスケッチを題材に三部作(黒潮閑日・潮音・漁夫像)を仕上げ、高い評価を得た。

 英吉は同15年に結婚し、翌年長女を授かるも12月に太平洋戦争で出征。17年11月に戦死した。湊小出身で児童たちの大先輩にあたる英吉に対し、鈴木さんは「戦地に赴く船で小さな木材と金属片で不動明王を彫り、家族に送ったという。妻と娘の顔を見たいと願ったのだろう」と解説。児童は英吉が味わった無念さを感じていた。

 佐藤葉音さんは「生まれたばかりの子どもを残し、亡くなったのはとても悲しい」と話し、杉浦泰地さんは「今の政宗騎馬像が2代目と知って驚いた。2人の作品にかける思いを強く感じた」と感想を述べた。


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