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短歌がわからなくなってきたので、「はじめての短歌|穂村弘(河出文庫)」を読んでみた

 こんにちは。東京は梅雨を感じるお天気空の日々です。今日は穂村弘さんの「はじめての短歌」を読んだことを記録のため書き残してきます。

 昨年、短歌の勉強のために購入した本は東直子さんが書かれた「短歌の詰め合わせ (ことばアソート)」でした。短歌の歴史や作り方が分かりイラストも可愛い教科書的な本でした。

 この本を読んでから1年が経ち、短歌の本や公募で掲載されている方の短歌を読んでいると自分のつくる短歌はなんか短歌ではないなぁ……という違和感を覚え、表現力が乏しいとかそういう前の段階のやばさです。このままよく分からないまま作っていると南へ向かう鳥が北へと向かう鳥にというやばさです。昨年受けたレッスンのノートを読み返してみても、レッスンを聞いたときは分かった感じになる魔法にかかっていたようです。先月ちょっと立ち止まって読んでみようと思ったのが、穂村弘さんの「はじめての短歌」でした。

 穂村弘さんの短歌ワークショップをもとに、構成され編集した本ということで話口調で書かれているので読みやすく親しみやすい本でした。短歌とビジネス文書は何が違う?かが分かりやすく説明されています。

 自分にとって一番分かりやすく思えたのが、「いい短歌に対して改悪例を提示しているところ」でした。短歌の先生が推敲、改作案した短歌をみるとマジック的ななんか自分ができちゃった感があるのですが、改悪例を提示されると、「あぁ、わたしの短歌は改悪例のひとだ。」と一目瞭然でして、自分の短歌を推敲するときにこの本を辞書みたいに使うようになりました。自分の一番の問題点は短歌なのに散文だったり一般的思考の心動かない分かりやすい言葉を並べていることだろうなと勉強になりました。野菜果物のコラムやレシピをアップするお仕事をしていたのですが、分かりやすく伝えるをモットーに書いていたのでビジネス文書的な言葉に短歌をつくるときも洗脳されていることに気づきます。哲学的な本でもありまして、自分が社会に埋もれてしまって、(こういうことをいうと変に思われるんだろうなぁ…)ってことを封印してお利口さんに生きている「私」がみえてしまいましたね。

 穂村弘さんの「シンジケート[新装版]」も読みましたが、また別の機会に記録します。

 文才に長けた人でもないのでコツコツと昨日よりも今日が良い日だった的に短歌を続けていきたいなと思います。



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