バレンタインにチョコをくれる白髪赤眼幼馴染という概念

 今日2月14日。バレンタインデーとも呼ばれる日である。

 

 カップルが互いの愛を確かめ祝う日、日本においては女性が男性へとチョコレートをプレゼントする日とされている。

 

 最も俺とは縁が遠い別世界の話なのだが。

 

 あなたは寝ぼけ頭でそんなことをうつらうつらと考えながらベットから出て一階へと降りる。香ばしい香りに誘われて訪れたリビングにはトーストしたての食パンの上に焼きたての目玉焼きにマヨネーズがかけられたいつもの朝食がテーブルに並べられており、今日は休みという事でスーツではなく部屋着姿で新聞を読むあなたの父に、あなたと父の分の弁当を用意するあなたの母の姿があった。

 おはよう、とあいさつを交わしながらテーブルに座り用意されたトーストに噛り付く。

 

 うむ、おいしい。

 

「ほいこれ、お父さんとあんたにプレゼント」

 

 いつもと変わらない美味しさの朝食にほっこりしていると、あなたと父の前に箱が並べられる。何かと視線を向ければ、某お菓子会社の板チョコが置いてあった。毎年よく分からないお菓子を渡してくる母がバレンタインの日にチョコレートを渡すとは、今日は厄日なのかもしれない。

 

「ほら、今日ってバレンタインじゃない? だからさ、チョコレートでもプレゼントしようかなって」

 

 別にバレンタインは今年に限ったイベントではないのだが。

 

 そんな事をあなたは思いながらも、余計なことを言ったら回収されるかもしれないのでチョコは懐へとしまっておく。

 

「それに、ほら……」

 

 何かを言い淀む母。ほのかに赤らんだ頬と耳から、何かを恥じらっているのが見て取れる。

 

 ははーん、さてはのろけだな?

 

「今年で私とお父さんが結婚してから15年経つし……」

 

 うーん、コーヒーが欲しくなってきた。

 

 あなたはだだ甘空間を繰り広げる両親を横目にのんびりと過ごせるほど強靭な精神の持ち主ではないため、そそくさとトーストを完食して皿を洗面台に置いて自室へと戻り速攻で着替えて家を出る。学生の本分は勉強であって両親のイチャイチャ空間を邪魔することではないのだ。

 

 勢いよく玄関を開け、外に出るとあなたは玄関前にいた誰かと軽く衝突した。誰だろうと視線を下に向けると、見慣れた白い髪とジト目で自分をにらんでくる幼馴染の姿がそこにあった。

 

「……おはよう」

 

 どうやら今日は、とても気まずい一日となるようだ。

 

 

 ーーー

 

 

 

 日焼けを知らなそうな白い肌に、ルビーのように真っ赤な虹彩の瞳。長く伸ばされた白い髪はよく丁寧されていることが分かる。道行く人だれもが振り向きたくなるような絶世の美人。それが俺の幼馴染だ。

 

「そんなに持ち上げても何も出ないし、さっきのことも許さないから」

 

 ですよね。

 

「もう……ほら、学校行こう」

 

 ため息をつきながら幼馴染はあなたの手を取り、歩き出す。

 

 彼女はあなたと保育園の頃から付き合いのある幼馴染である。幼い頃その白い髪が原因で回りから疎外されかけていた彼女を子供特有の謎の正義感で連れまわし……というか、振り回していた。しかしそれが縁となり今でも彼女との交流は続いており、こうして毎朝どちらかがお互いの家に行って合流し学校へと向かうのが習慣となっている。今日は彼女のほうが迎えに来る日だったのだが、彼女がチャイムを鳴らそうとしたちょうどその時にあなたが飛び出てきたのだった。

 

「どうしてあんなに勢いよく飛び出てきたの」

 

 彼女の質問に対して、あなたは今朝のリビングでの一幕を話した。バレンタインに毎年どこから仕入れたのかよく分からない謎フレーバーのお菓子や珍味ではなくチョコレートをくれたことと、朝から両親ののろけを見せつけられた事。あまりにも居づらい空間から逃げるために家を飛び出してきた事を。

 

「ふーん」

 

 あなたの説明に対して、あまりにも素っ気ない反応をする彼女。

 

「まぁ、何年経ってもお熱いおしどり夫婦ってことでいいんじゃない?」

 

 それは確かにそうである。少なくとも両親の仲が悪いのに比べたら何十倍もよい。

 

「私も今朝お母さんから貰ったよ、チョコ」

 

 そう言い鞄からラッピングされた箱を取り出す彼女。青のリボンで縛られた赤い包み紙に覆われたその箱はどことなく高級感を漂わせている。

 

「君と一緒に食べなさいって渡された」

 

 ありがたい話だ。昼休みにでも頂こうか。

 

「うん。お弁当の後に一緒に食べよ」

 

 そう昼休みの約束を交わしながら、あなた達は学校へと向かっていった。

 

 

 ーーー

 

 

「……で、もう彼女さんからは貰ったのかよ?」

 

 朝から何を言っているんだ。

 

「にゃにおう! 朝から見せつけてくれやがってよぉこの野郎!」

 

 そう言いながらあなたの頭をこぶしでぐりぐりとしてくる彼は、あなたと長い付き合いの親友である。中学生の頃はいわゆる不良だった彼とあなたは壮絶な殴り合いの喧嘩の末に熱い友情を築き、今では唯一無二の親友と言える関係となったのだ。なぜあなたと彼がそんな事をしたのかは、長くなるので割愛させていただく。

 中学までは針金入りの不良だった彼も今では立派な真面目な不良となり、クラスのムードメーカーとして慕われている。金色に染められたトゲトゲ頭は彼のトレードマークである。

 

「んで、結局貰ったのか?」

 

 それしか言えないbotか何かかな?

 

「親友と校内でも有名な深窓の令嬢の恋路だぜ? 気にならないわけないだろ」

 

 深窓の令嬢って今時聞かないな。

 

「教室でも本を読んでいる場面が多くて、口数が少ないからな。少しでもお近づきになろうとした奴全員玉砕している事から面白半分で呼んでるんだよ」

 

 さいで。

 

「というか、質問に答えてくれよなー」

 

 貰ってないよ。昼休みにお母さまから頂いたチョコを食べる約束はしたけど。

 

「へぇ、つーことは今日は俺は邪魔しない方が良さそうだな」

 

 邪魔って何さ。

 

「そんぐらい察しろっての。お前令嬢と何年の付き合いになるんだよ。さすがに俺でも分かるぞ?」

 

 やれやれと首を振りながらため息をつく彼の姿に何となくイラっと来たあなたは、おもむろに財布片手に立ち上がって自販機へとダッシュ。冷たい缶コーヒーを購入して教室へと戻り、彼の首筋に押し付けた。

 

「つめてぇ! やめっ、やめろお前! 悪かったから!」

 

 抵抗する彼の腕を拘束しながらコーヒーを押し付けるあなた。

 

 人を過剰に弄ったりするとこうなるという事だ。あと俺は自分だけ分かってないみたいな雰囲気を出されるのも嫌いだ。

 

「知ってるよんな事! つめてぇってだから! 悪かった! 俺が悪かったから!」

 

 反省したならよろしい。

 

 冷えた缶コーヒー攻撃をやめ、彼に押し付けていた缶コーヒーを渡す。

 

「ん、さんきゅ」

 

 手渡した缶コーヒーのプルタブを開け、さっそく飲む彼。あなたはコーヒーが苦手なため、その缶コーヒーは彼のために買ってきたようなものである。彼から100円を受け取りながらも、先ほどの彼の発言を思い出しあなたは鞄の中の箱を強く意識するのだった。

 

 

 ーーー

 

 

 昼休み。彼女と昼食を共にする筈だったあなたは今図書室で1人本を読んでいた。昼食を共にする筈だった彼女は今大量のバレンタインチョコの受け取りと生徒会の職務に追い詰められており、あなたと合流する事ができなくなったのだ。LINEで謝罪文と謝罪スタンプを送ってくる彼女に構わないとOKスタンプを送り、放課後合流する約束を交わす。彼と昼食を取った後手持ち無沙汰になったあなたは普段の癖で図書館へと訪れていたのだった。

 

「バレンタインなのにおひとりなんですね」

 

 そんなあなたに1人の女生徒が話しかけてきた。丸渕メガネときれいに切りそろえられた前髪におさげを手先で遊びながら近付いてきた彼女は、あなたの同級生であり読書仲間である文学少女だ。

 高校に入学してからしばらくして。近所の本屋さんにてお気に入りの作家の新作を発見し、それを同じタイミングで手に取ったのがきっかけで知り合ったのだ。その時はお互いに本を譲り合った末に購入代金を割り勘して先に彼女が読み、読み終わったらあなたに譲るという約束をし連絡先を交換して別れたのだが、後日学校の図書室にて再会したのだった。

 

 顔を合わして早々なかなかの火の玉ストレートを投げてきた文学少女に全く同じ言葉をあなたは投げ返す。

 

「私はいいんですよ。友人も恋人、どちらも本だけでも十分ですしね」

 

 さいですか。

 

「ふむ……ところで、チョコは何個頂きましたか?」

 

 0個だが?

 

「あら。意外でした。てっきりあの深窓の令嬢さんに貰っていたのかと」

 

 貴女までそれで呼ぶのか……

 

「なんだか小説の登場人物の呼び名みたいで素敵ですから」

 

 貴女も十分小説の登場人物みたいな性格していますよ。

 

「そうですか? それはそれは……ありがとうございます」

 

 どういたしまして……なんだこの会話は?

 

 基本的にあなたと彼女の会話はこんな感じである。最もあなたも文学少女もそれほど口数が多い性格ではないため、この会話は二人を知る人物からすれば頑張ってコミュニケーションを取っている方と言うだろう。片方は本の虫、もう片方は元々が寡黙な性格だからだ。

 というか、この二人は実際に口に出している量よりも内心で考えている事の量のほうが圧倒的に多いのだ。考えて喋っているというよりも、考えるついでに喋っているという方が正しいのかもしれない。

 

「そういえば、ここに都合よく友達に上げるために買ってきたチョコレートが一個あるのですが、いりますか?」

 

 貰えるのでしたら貰いますけど、友人さんに悪いのでは?

 

「それは私の目の前にいる方が迷惑と感じるのであれば、でありますが」

 

 ……それなら、ありがたく頂きますね。

 

「えぇ、どうぞ」

 

 そう言って文学少女が手渡してきたチョコレートは、これもまた某お菓子会社のチョコレートだった。小さな箱の中に12粒入った、100円ちょっとで買えるお手軽チョコである。普段あなたがよく買うチョコの一つでもある。

 

「よく食べている姿を見ますので、お好きなのかなと」

 

 大正解ですよ、ありがとうございます。

 

「どういたしまして。ただ、図書室では食べないでくださいね? ここは飲食禁止ですから」

 

 えぇ、分かっていますよ。

 

「それと、彼女さんからしっかりと受け取ってくださいね?」

 

 あいつはまだ別に彼女というわけではありませんよ!?

 

 そう言ってあなたは自身が失言をしたことに気付き、顔をしかめた。

 

「……私は別に誰とは言ってないのですが……そうですかそうですか、”まだ”ですか……」

 

 ……チョコレート、ありがたく頂きますね。

 

「えぇ、どうぞ。おいしく召し上がってください。彼女さんとお幸せに」

 

 そう言って、文学少女は見惚れたくなるような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 ーーー

 

 

「昼はごめん。まさか私にチョコを渡したいって人が来るとは……しかもあんなにたくさん」

 

 放課後。あなたはいつもの帰り道を、両手にパンパンの袋を二つぶら下げた彼女と歩いていた。あなたが代わりに持っている二つの紙袋も併せた四つには、彼女宛のチョコレートが大量に入っている。

 

 深窓の令嬢なんて呼ばれてるみたいだし、やっぱり男女問わずに人気があるみたいだな。

 

「そんな呼ばれ方してるの私」

 

 どうやら初耳だったらしい。

 

「彼と……あの人が? 小説の登場人物みたいって……」

 

 結構な人数が言っているのかと思っていたが、あの二人は少数派だったようだ。今日一日何があったかというのを話しながら帰るあなたと彼女。

 

「そういえば、チョコレートは貰えた?」

 

 彼女の問いに、文学少女から貰ったチョコを見せるあなた。

 

「そっか、あの人から貰えたんだ。じゃあお母さまからのも併せて今日は2個チョコを貰ったんだ」

 

 そういうことになる。

 

「ふーん。そっかぁ、私が一番最後なんだ」

 

 なんだって?

 

 彼女のつぶやきを聞き返そうとした時、あなたの前に一つの箱が差し出される。今朝彼女が見せたものとは違う、ハート形の箱にピンクのラッピングテープが巻かれた可愛らしいものだ。

 

「本当は昼休みに渡したかったんだけど、色々あって渡せなかったから」

 

 そういう彼女の顔は表情こそ無表情だがほのかに赤く染まっており、耳は羞恥からか真っ赤になっている。

 

 あ、ありがとう。

 

「ん、どういたしまして」

 

 そんな彼女の姿を見てあなたも自分の顔が熱く火照って赤くなるのを感じながら震える手でチョコレートを受け取る。

 

「3月、楽しみに待っているから。ほら、帰ろ」

 

 そう言って早足になる彼女に対して、あなたはここしかないと彼女を呼び止めた。

 

「……? どうしたの」

 

 これ。受け取ってくれ。

 

「これって……」

 

 ハッピーバレンタイン。

 

「え、あ、私に……?」

 

 青い包装紙に、赤のラッピングテープに包まれたチョコ。あなたが前日に駅前の店で購入してきたものだ。

 

「……いいの?」

 

 受け取ってくれ。

 

「……ありがと」

 

 彼女はあなたからチョコを受け取ると大事そうに胸元で抱きかかえる。桜色に染まった顔で笑顔を浮かべる彼女を見て、あなたはドキリ、と胸の鼓動が早まるのを感じた。

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