才能なんてない。

 カタカタとキーボードを打つ音が響く。ふと右下の時計を見ると、時刻は既に2時を回っていた。不思議な事に眠気はなく頭ははっきりと冴えきっていて、
 
「まだ書ける」
 
 と思い止めていた指を再び動かす。数時間前は真っ白だった画面は大半が文字で埋まり、ワードソフトの表示する枚数は10枚を超えていた。少し前までならばこれだけ書けば十分だろうと満足して投稿していただろう。でも足りない。まだ書ける、まだすべての展開を書ききっていないと指を動かす。
 
 
 
 書かないと。
 
 
 
 この頭の中にある物語を、全て言葉にしないと。
 
 
 
 誰かに見てもらいたいからじゃない。誰かに評価されたいからじゃない。私が満足する為に。自分のために、私は書いているんだ。誰でもない、私自身の為に、私は書いているんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……本当に?
 
 本当に私は書くだけで満足なの? 本当に書きたいだけなの? 自分自身の為と偽って、本当は評価されたいんじゃないの? 自分の書いた話を読んで、たくさんの人に「面白い」って褒めてもらいたいから、自分の事を認めてもらいたいからじゃないの?
 
 
 
 どうせ誰も見てくれないくせに?
 
 
 
「……っあぁぁぁぁ!」
 
 
 
 頭が真っ白になり、叫び声を上げる。我に返ったとき、床には置いていた本やネタ帳が散乱していた。
 
 
 
「……何やってんだろ、私」
 
 
 
 片付けないと。
 
 
 
 散らばった本やメモ用紙を拾い、机の上に置き直していく。どれも買っておきながらほとんど読み進めることなく積みっぱなしにしていた本だ。忙しいから、疲れているから、と理由を付けて読むのを先延ばしにして、その癖毎月買い足していたから数ばかりが増えていっていた。この積み重なった本の何冊をちゃんと読んだだろうか……1冊も、読んでないんだろうな。
 
「……売っちゃうか」
 
 どうせ読まないのに持っていたって邪魔にしかならない。それなら、全部手放してしまったほうがいい。明日、纏めて古本屋に持っていこう。どうせ小遣いにもならないだろうけど。
 
 本を積み終えて、メモ帳を拾い上げる。普段の生活の中で思いついた事や面白かった出来事を書いたメモ帳。これで6冊目になるだろうか。
 表紙をめくり、中身を流し見する。
 
「雨の日、喫茶店、読書家」「蜘蛛の巣に囚われた虫」
「落とし物を拾った。交番に届けた所、後日わざわざお礼を言いに来てくれた。いい事をすると気持ちがいい」
「学校帰りの学生達」「恋人繋ぎで歩くカップル」「病気」「思春期故の苦悩」「失感情症:感情の言語化障害、内省が乏しくなる。無感情、自己同一性の不確立」「親戚と久々にあった。昔自分より小さかった甥っ子が自分より身長が高いのを見るとしみじみとした気持ちになる。まだ高校生なのに、私より大きくなっちゃった。」
 
 とりとめのない、共通性のない事柄が延々と綴られている。これだけ書いておきながら、ちゃんと活かせたのはほんの一握り……いや、全く使っていないかもしれない。大して役に立てないくせに、自分は物書きですみたいな顔してこんな事書いていたんだ、私。
 
「……なんか、全部馬鹿らしくなってきちゃったな」
 
 これも、全部捨てちゃお。
 
 パソコンに近付いて書いていた内容を保存する事もせずにワードを終了し、シャットダウンする。デスクトップの電源も落とし、真っ暗になった部屋でベットに転がる。
 もう、書くのもやめよう。どうせ、私に才能なんてないんだから。
 スマホのトークアプリからバイト先の連絡先を開いて、体調が優れないため明日は休むと打ち込み、スマホを置く。
 もう、何もかも疲れちゃった。
 
「……なんで、私、小説家になりたかったんだっけ」
 
 目を閉じ、意識が落ちる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 夢を見た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 私、友咲希(ともさきのぞみ)が小説家になりたいって思ったのは、1人の女の子のおかげだった。
 幼少の頃病弱で外で遊ぶ事ができず、病院にずっと篭りっぱなしだった私は、いつも窓の外で遊ぶ同年代や年上の子供達を見て、なんで私ばっかりって思っていた。こんな体に生まれなければ、私もあの子達のように外で遊べたのにって。あの子達の輪の中に入って、私も一緒に遊べたのに、って。
 孤独感に襲われ、私を産んでくれたお父さんとお母さんに酷いことを言ったりもした。
 
 どうして私を産んだの。こんな体なら生まれなければよかった、って。
 
 そんな私を変えてくれたのは、とある女の子が私に渡してくれた、1冊の本だった。
 
 その子は、新坂詩織(にいざかしおり)は荒れていた私を見かねて、全然知らない他人だったのに話しかけて来てくれた。明るくて元気で、私と違って何の悩みもなさそうな、健康そうな子。最初は詩織にも私は酷い事を言っていたと思う。
 でも、その子はそんな事を気にせず私に話しかけてくれた。
 
 そんなあの子に、私は絆されたんだろな。
 
 最初は一方的に詩織が喋るだけだったのが、少しずつ相槌を打つようになり、やがて私からあの子に話しかけるようになっていた。
 そんなある日、詩織が1冊の本を持ってきた。
 
「ほん……? わたしに……?」
「うん、プレゼント!」
「……いいの?」
「わたしはもう読んだから! それにね、本を読めば、きっとあなたも元気になれるよ!」
「そうなの……?」
「うん! だって、本の中にはね!」
 
 
 
 ーーー世界が、無限に広がっているから。
 
 
 
 病室の中と、その窓から見える外の景色だけだった、私の世界は。
 
 詩織の渡してくれた一冊の本によって広がっていった。目に映る全てに、色がついていった。
 
 鳥のさえずりに物語の始まりを感じ、植物の緑に生命の息吹を感じ、青い空の向こうに思いを馳せ、月明かりの夜に神秘を感じた。
 
 世界が、綺麗に見えたんだ。
 
 それから私は両親にせがんでたくさんの本を買ってもらい、その全てを読みそして詩織と読んだ本について語り合い、意見を交わし、互いに面白いと感じた本をおすすめし合った。
 思えば詩織の喋り方が私より流暢だったり、語彙が豊富だったのは本を読んでいたからだったんだろう。同じ年齢でありながら、それを感じさせないくらい喋るのが上手だったし、しっかりとした考えた方を持っていたから。
 それから季節が過ぎ、歳を重ね、病弱だった私は中学生になる頃には殆ど問題なく日常生活を暮らせるくらいには健康になっていて、小学生まではいなかった友達も出来ていた。
 
 しかし、詩織はまだ病院にいた。
 
 中学1年生の冬、詩織が読みたいと言っていた本を手に私はお見舞いに病室へと行った。詩織は身体は成長しても性格は変わらず明るくて悩み知らずな昔のままだった。
 
「どうも、今日も来たわよ。ほら、これ。読みたがってたでしょ?」
「えっ、いいの!?」
「あんたの為に買ってきたんだから、受け取ってよ」
「嬉しい! いつもありがとっ!」
「はいはい、どういたしまして。申し訳なく思うんだったら早く体治して、一緒に買いに行きましょ?」
「そうだね、頑張るよ! えっと、それで今日は学校何をしたの?」
「んー、そんな大した事はしてないわよ。あ、でも来月文化祭があるから、それのクラス展示作品を決める話し合いがあったわね」
「へぇー、文化祭かぁ……どんな感じなんだろ?」
「まぁ、大した事はしないんじゃない?」
「えー、そんなつまんなそうにしちゃだめでしょ、初めての文化祭だよ?」
「といってもまだ中学生よ? 高校生だったらまた違うんだろうけど、少なくとも中学生のうちの文化祭ってそこまで派手な事はできないししないでしょ」
「夢がないなぁ……」
「そんなものよ、分からないけどね。というか、あんたまた痩せてない?」
「そうかな? ダイエット成功しているみたい」
「まだ若いんだからダイエットする必要はないでしょ、ちゃんとご飯食べてるの?」
「うっ……」
「……はぁ、食べないと治るものも治らないわよ?」
「は、はい……」
 
 そんな、なんてことないありふれた会話を交わし、また来週来ることを約束して、帰る。それがこの頃の私の習慣だった。しかしその日、私の人生を変える2度目の出来事が起きた。
 
「いつも面白い話をしてくれるよね、希ちゃん」
「そうかしら……?」
「うん、聞いててとってもわくわくするし、面白いんだ……そうだ!」
「びっくりしたわね……何よ?」
「希ちゃん、お話書いてみない?」
「は?」
 
 頭がフリーズした。
 
「何いってんのあんた!?」
「希ちゃんお話上手だし、言葉もたくさん知ってて頭もいいんだもん。だから、そんな希ちゃんが書いたお話は絶対面白いだろうなーって」
「無理無理無理無理! 話すのと文章を書くのは違うでしょ!?」
「絶対いけるって!」
「嫌よ!?」
「大丈夫だよ!」
「もう……その根拠はどこから来るのよ……」
「だって、希ちゃんは詩織の一番の親友だもん」
「……親友、ね」
「うん。だから、希ちゃんなら絶対面白いお話しが書けるよ」
「……分かった、書いてみるわ。ただし、面白くなくても馬鹿にしないでよ?」
 
 この一言がきっかけで、私は物語を初めて書いた。拙いながらも、詩織のお願いで必死に書いた物語はあの子に非常に喜ばれたし、好評だった。詩織が私の書いた話を読んで、登場人物に感情移入して笑って、泣いて、怒って。そして、こう言ってくれた。
 
「とっても面白かったよ!」
 
 その一言のおかげで、私は次も書いてみようかな、と思い物語を書くようになった。
 最初は詩織が読むだけだったが、詩織に勧められてネット上の投稿サイトに投稿するようになり、学校では作文コンクールに参加し提出し大賞に選ばれた。
 
「すごいね希ちゃん!」
「たまたま運が良かっただけよ。次回出したとしてもこうはいかないと思うわ」
「それでも大賞に選ばれたんでしょ? もっと自信持っていいと思うよ、希ちゃんは」
「そうかしら……?」
「うん。希ちゃんには、文章を書く才能があるんだよ!」
「才能、かぁ……」 
 
 そう言ってくれたから、私は自分の文章に自信を持つようになり、小説を書くようになった。投稿サイトに載せていた小説も評価は乏しいけど、更新すると一定数の人が目を通してくれている事も書く事へとモチベーションとなり、より一層私は話を書く事に夢中になった。
 
 そうして季節が過ぎ、時間が立ち私は中学生2年生となった春。いつものように病室へ行った。病室にはいつものように詩織がいたし、いつものように挨拶してくれた。しかし、その日はどこか、様子が違った。
 
「それで、私はやめとけって言ったんだけど……」
「……」
「……詩織?」
「うん、どうしたの?」
「いや、どうしたのって、それはこっちの台詞よ。なんか、上の空じゃない」
「そうかな? ごめんね、ちゃんと聞くからもう一回話してもらってもいい?」
「全く……ちゃんと聞いときなさいよ?」
「うん、ごめんね、希ちゃん」
「……別にいいわよ」
 
 しおらしく、元気がない。いつもの詩織らしくない姿に違和感を感じつつも私は話を続け、いつものように家へと帰った。
 
 この時、もっとしっかりと問い詰めていれば、何かが変わったんだろうか。
 
 1週間後、私は再び詩織の病室に訪れた。しかし、そこに詩織の姿はなかった。それだけじゃない。詩織が読んでいた本や、着替えの服などの私物などもなかった。部屋を間違えたかと確認しても、確かに部屋番号は合っている。どういうことなのかと立ち尽くしていると、看護師さんがやってきて、話しかけてくれて、初めて私は知った。
 
 
 
 詩織の病気が治らないもので、運良くても10数年のうちに死んでしまうものだった事。
 
 
 
 私が来る時以外は殆ど寝ていて、食事もままならないくらい衰弱してきていた事。
 
 
 
 詩織が私が帰った後、看護師さんに楽しそうに私と話した事を言って、そして死にたくないと泣いていた事。
 
 
 
 そして、つい3日前。
 
 
 
 様態が急変して、詩織が死んでしまった事を。
 
 
 
 頭がどうにかなりそうだった。私は、詩織の事を分かったつもりで、全然わかっていなかった。あの子の一番の親友だったのに、あの子の事を何も分かっていなかった。私は、詩織の事を……
 
 涙が溢れ出し、吐き気に襲われその場に座り込んで、口を押さえた。嗚咽が漏れ出し、胸が苦しくてしょうがなかった。看護師さんはそっと私の背中を擦ってくれた。
 
 後日、詩織のお父さんと会った。病院ではなかなか時間が合わず、詩織のお父さんと会うのはこれが初めてだった。詩織からお父さんの事は聞いていた。自分を産んですぐ亡くなってしまったお母さん。そんなお母さんの為にも私を大切にしよう、私を立派に育て上げようって、自分の事を男手一つで育ててくれている、とてもかっこよくて優しいお父さんだって。
 
「君が、希ちゃんだね? 詩織に仲良くしてくれて、ありがとう。いつも詩織から君の話は聞いてね。頭が良くて、話上手で、お話を書くのも上手な、大好きな親友だって、いつも言っていたよ」
「……私は、親友失格です。詩織の事を分かったつもりでいて、何も知っていなかった。詩織の病気の事も、何も……」
「……詩織がね、亡くなる前に話してたんだ」
「……」
「希ちゃんは私が病気って知ったら、きっと気を使ってあまり無理をさせないようにって思ってあまりお話をしてくれなくなっちゃうし、会いに来てくれなくなるかもしれない。希ちゃんは優しいから、自分が会わないほうが私を無理させないで済むからって考えちゃう、そういう優しい人だから、って」
「……」
「だから、自分の死に目にも立ち会わせたくなかったんだろうね。詩織の書き残した遺書の中に、自分が死んでも希ちゃんには言わないでくれって書いてあったよ。あの子も、不器用なものだ。かえって君を深く傷つけてしまうかもしれないのに、その方が君が傷つかないで済むと思ってそんな事を書くんだから」
「……」
「……そして、それをわかった上で何もせず詩織の言う通りにする私も、馬鹿だな」
「……」
 
 何も、言えなかった。
 
「……これは、詩織が君宛に書いた、君への手紙だ。自分が亡くなった後に、君に渡してくれと言われてな。ここに置いていくよ。辛かったら、無理して読まなくてもいい。詩織は、君に辛い思いをして欲しかった訳ではなかったからな」
「……ありがとう、ございます」
「……こちらこそ、詩織と仲良くしてくれて、本当にありがとう」
 
 そう言って、お父さんは帰っていった。一通の手紙を残して。
 
 暫くの間、私は学校にも行けず、食事もまともに取らないで、部屋に引き篭もっていた。両親は何があったかを知っていて、私に無理に干渉せずにそっとしておいてくれていた。
 
 
 
 このまま死んでしまえば、また詩織と再開できるのかな。
 
 
 
 そんな事を思った時、ふとお父さんが置いていった詩織の手紙が目に映った。
 徐に手を伸ばし、封を切る。中に入っていた紙には、昔見た時と変わらない、詩織の字で文章が書かれていた。
 
『希ちゃんへ。
 
 これを読んでいるとき、私はもうこの世にいないでしょう。っていうのは、ちょっとありきたりかな。でも、私が生きている間にこれを見せようとは思わないから、書かせてもらったよ。
 改めて、希ちゃんへ。初めてあったのは、確か7歳の頃だよね。二人とも体が弱くて、病院にずっといたよね。最初に話しかけたのは私だったよね。希ちゃんが一人でソファに俯いて座ってたから、心配で声をかけたんだ。そしたら、希ちゃんは私にあなたみたいな何も心配のない、悩みなんて一つもなさそうな子が私に話しかけないで、って言ってどっか行っちゃったよね。びっくりしたよ。初対面で、初めてあった人にあんなふうに罵倒されたのは初めてだったもん。本当はその時点でもう二度と声なんてかけてやるもんか、って思ってたんだけどさ。あの頃の希ちゃんは儚くて、今にも消えてしまいそうで、それでもどこか寂しそうだったんだ。そんな希ちゃんを見て、この子は私と同じなんだ、って思って、私は話しかけるのを諦めなかったんだ。
 私もね、最初は希ちゃんと同じで、自分なんて生きていてもどうしようもない、生まれなければよかった、って思っていたんだ。だけどね、お父さんがくれた本が私に生きる希望をくれた。世界はどこまでも広がっているんだってことを気付かせてくれた。生きる楽しさを教えてくれたんだ。だから、私と同じような希ちゃんにも、その楽しさを、希望を知ってもらいたくて、私は希ちゃんに話しかけたんだ。
 最初は私が一方的に話しているだけだったのに、希ちゃんが相槌をしてくれるようになって、気付いたら希ちゃんが話しかけてくれてきたよね。今までそっけなかった希ちゃんが自分から話しかけてきてくれた時、とっても嬉しかった。そんな希ちゃんも本を読んで、本に嵌って、それまで消えていまいそうだったのに、キラキラと目を輝かせて本の話をしてくれるようになったよね。多分、あの瞬間私達は親友になったんだと思う。
 それから時間が立って、希ちゃんは病気も良くなって、学校に行くようになって、中学生になっちゃった。私は病院にずっといて、希ちゃんがちょっと羨ましくもあったけど、希ちゃんが私が読みたかった本を買ってきてくれて、学校の話をしてくれていたから寂しくはなかったし、希ちゃんのおかげで私も学校に行っているような気分になれたんだ。
 だから、私は思ったの。希ちゃんがお話を書いたら、とっても素敵なものが出来上がるんじゃないかって。お話上手で、話を聞いているだけで私も同じ学校にいて、同じ体験をしているように感じさせてくれたんだもん。だから、希ちゃんならとっても面白くて、素敵な作品が書けるんじゃないかなって思ったんだ。希ちゃんは恥ずかしがりながらもちゃんと書いてくれて、予想通りとても素敵なお話を持ってきてくれた。私は確信したよ。希ちゃんには、小説家さんの才能があるって。
 希ちゃんが書く文章には、力がある。読んだ人をわくわくさせる、夢を見せることができる、きらきらした力があるって。だから私はたくさんの人に希ちゃんの作品を見てほしくて、投稿サイトに載せるようにおすすめしたし、コンクールに応募してみるのをおすすめした。そしたら、大賞作品に選ばれているんだもん。希ちゃんは凄いと思っていたけど、大賞受賞はちょっとびっくりしちゃった。
 本当はもっと、ずっと希ちゃんの書くお話を読んでいたかったけど、先に私にお迎えがきちゃった。希ちゃんが書いたおはなしが本になって、もっとたくさんの人に読まれているのを見たかったな。希ちゃんなら、むかしのわたしたちみたいな子に、世界のきらきらを教えられると思うんだ。だから、のぞみちゃんには小説家になって欲しいな、とは思う。けど、希ちゃんのじんせ いだから、希ちゃんが書きたくないと思った時は、むりせ ず書かないでいいし、希ちゃんがやりたいなって思った事を頑張って欲しい。のぞみちゃんはびょうきでたくさん苦労したんだもん。その分幸せになるしかくがあるよ。
 だから、くじけないで、がんばってね。 わたし の、ぶんま  で生きて、しあわせに な ってね。のぞみちゃんなら、きっと、たいじょう ぶだから。だって、わたしの、しおりの、一番の、だいしんゆうなん  だから
 幸せにね、のぞみちゃん。
 
                  しおりより。』
 
 
 
「……っばか……ばかしおり……」
 
 
 泣き疲れて、声も枯れて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……っ!」
 
 飛び起きて、時計を確認する。時刻は深夜の3時。2時間ばかししか寝ないですんだ。
 
「やってやるわよ、詩織……」
 
 パソコンを起動し、ワードを立ち上げキーボードを叩く。
 
 私が書くのは、決して自分のためじゃない。私に才能はないのかもしれない。いくつもの小説大賞に応募したが、一次審査を通ったのなんて数えるほどもない。通ったとしても2次審査で落ちるのが殆どだった。私に物書きとしての才能はないのだろう。
 
 それでも構わない。
 
 私は誰かに認められたいから書いているんじゃない。誰かに褒めてほしいから書いているんじゃない。私は、私自身の為に、詩織との約束を守る為に書いているんだ。詩織の望んた、幸せを掴むために書いているんだ。誰かに強制されたわけでもない、私自身が進みたいと思った道を進む為に。
 
「詩織が私をみたら何ていうかな」
 
 きっと、小説家に拘っている私を見て怒るだろうな。
 
 でもね、詩織。
 
 私はね、あんたが私が小説家になって欲しいって言ったから書いている訳じゃないんだよ。私が小説家になって、私やあんたのような子供に、夢を魅せたいから書くんだ。
 
 私の書いた本を読んで、才能なんてなくてもいい、自分は不幸なだけじゃない。自分は可能性に満ちていて、世界は自分が思うよりずっと、ずっと広く遠くまで広がっているんだってことに気付いて欲しいから。
 
 それが、私にとっての幸せの形だから。

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