日日こふく

本が好きです。心の遊(すさ)びに綴っていきます。

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最近の記事

自分だけの音風景

3年前の秋の気持ちよく晴れた平日の昼間、個人美術館をあとにして、お目当ての洋菓子店に向かい、閑静な住宅街をひとりで歩いていました。 誰もいない路地に、自分の足音が大きく響いています。 風がそよりともしない日で、それぞれの家の庭木の葉がぴたりと固定されています。 歩き慣れないその路をしばらく歩くうちに、急に胸騒ぎがして、足を止めました。 静かすぎたのです。 自分の足音が消えると、もうなにも音がない。 耳の奥の奥深くまで静寂がはいり込んで、真空になったかのようです。 不安になって

    • 馬が駈ける島

      北海道の東に位置する根室半島。 そこを走るJR花咲線の駅に 「落石」 や 「昆布盛」 がある。 太平洋に面したその地区の漁港から 沖合を眺めると、 眼前に、薄く平らに伸びた島が見える。 その小さな島が、ユルリ島。 人の立入が禁じられた 馬が自由に駈ける島。 そんな島があることをこの本で知りました。     『エピタフ      幻の島、ユルリの光跡』 著者・写真 岡田 敦 インプレス 第33回木村伊兵衛賞を受賞さ

      • ハナバチとの蜜月

        花から蜜と花粉を集めて幼虫を育てる ハナバチ類。 日本では400種ほどが確認されています。  『ハナバチがつくった美味しい食卓』   ソーア・ハンソン 著   黒沢 令子 訳   白揚社 ミツバチの巣の働きバチが ごっそり姿を消してしまう 「蜂群崩壊症候群」 ( CCD:Colony Collapse Disorder) は、 前回の本『昆虫絶滅』でも とりあげられていました。 元気な働きバチが花粉を集めに 出かけていったきり戻ってこず、 巣のなかには蜂蜜と、幼虫と

        • 心躍る羽音

          自然科学の本や特集記事のなかで、このごろよく目にするキーワードが2つあります。 ひとつは 「人新世」。 地質の時代区分において、人間の活動が地球環境に影響を与えはじめてからの地質時代を 「人新世」として新たに設けようと提案されたもの。 ですが、ちょうど先月、否決されました。 時期尚早だと判断されたようです。 もうひとつは 「バイオマス (生物量) の減少」 で、とくに激減しているのが今回のテーマ、昆虫です。    『昆虫絶滅』 オリヴァー・ミルマン

        自分だけの音風景

          夜の闇を生きるもの

              『暗闇の効用』      著者 ヨハン・エクレフ      訳者 永盛鷹司      出版社 太田出版 著者のヨハン・エクレフ (1973~) は、スウェーデンの作家で、コウモリの研究者です。 ※この記事の内容は、日本の動向が気になって読んだ環境省の『光害対策ガイドライン』も一部参考にして書きます。 ✴︎ 人間は、夜の闇に光を灯し、昼を押し広げてきました。 いまや屋外照明のおかげで、夜間でも安全に社会生活を送ることができます。 照明は、私たちのエネルギー総使

          夜の闇を生きるもの

          24カラットの言葉

          静かに風景を眺めていたら、知らぬまに頭のなかのざわめきがすーっと消えて、視界のなかで動くもの、たとえば、流れる雲や、鳥の飛翔、風にそよぐ葉や、水面のゆらめき、きらきら跳ねる光を、ただぼんやりと目だけが追っている。 そんなとき、ふと、奥底からあがってきた泡がはじけるように、言葉が声となって出てくることがあります。 それがすばらしいアイデアなら喜ばしいのですが、残念ながらたいてい、気に入ってよく口にしていたフレーズのうちのどちらかです。 ひとつは、  弥生ついたち、はつ燕

          24カラットの言葉

          会話を科学する

          ふだん何気なく交わしている会話には、 驚きの能力が内包されていたようです。 興味をそそるデータ結果もありました。    『 会話の科学     あなたはなぜ     「え?」と言ってしまうのか』 ニック・エンフィールド 著     夏目大 訳     文藝春秋 「会話を成立させる能力こそが、 言語を真に理解する手がかりとなる」と、 会話を言語学研究の主軸においた著者による「会話」 の解析本です。 ✴︎ ✴︎ ✴︎ 人は話をしようと思

          会話を科学する

          野生に還った森

          カナダの森林生態学者スザンヌ・シマードの著書『マザーツリー』につづき、森についての本を読みました。 『樹木たちの知られざる生活  森林管理官が聴いた森の声』  ペーター・ヴォールレーベン 著  長谷川 圭 訳  早川書房 『樹木が地球を守っている』  ペーター・ヴォールレーベン 著  岡本朋子 訳  早川書房 著者のペーター・ヴォールレーベンは、大学を卒業後20年以上にわたって、行政の立場からドイツの森林管理に携わってきました。 しかし、その人間本意の営林方法に疑問を

          野生に還った森

          記憶に残るひと 『散歩』

          久しぶりに小説を読みました。    『閉ざされた扉     ホセ・ドノソ全短編』     寺尾隆吉 訳      水声社 名作と呼ばれる小説が、心にいつまでも残るのは、物語の面白さや技巧によるところはもちろん大きいけれど、それよりもむしろ、読んでいたときの気持ちを憶えているからだと、どこかで読んだことがあります。 心に受けた衝撃、読んでいるあいだに感じたことを憶えているから、作品が永遠の輝きをもつのだと。 これには心当たりがあって、妙に納得しました。 あのとき感じた感覚

          記憶に残るひと 『散歩』

          森をつなぐマザーツリー

          両親が庭に植えたヤナギの木。 その巨大な根が地下室の土台を割り、 犬小屋を傾かせ、 舗装した歩道を押し上げた。 そのパワーを目の当たりにした少女には、 木の根に対する強い関心が生まれた。 やがて彼女は森林生態学の研究者になり、 「マザーツリー・プロジェクト」 を立ち上げる。  『マザーツリー   森に隠された 「知性」 をめぐる冒険』 スザンヌ・シマード 著 三木直子 訳 ダイヤモンド社 今回の本は、 30年以上に渡って森の研究

          森をつなぐマザーツリー

          歴史をつむぐ撚り糸

          マケドニアの英雄 アレクサンドロス大王のインド遠征、 名将ハンニバル率いる カルタゴ軍のローマ包囲、 モンゴル軍のヨーロッパ征服および、 レバント、東南アジアへの進撃、 などなど、 これらを断念させた大きな要因となるもの。 それが今回読んだ本のテーマです。   『蚊が歴史をつくった    世界史で暗躍する人類最大の敵』    ティモシー・ワインガード 著    大津祥子 訳    青土社 人類誕生以来、 ハマダラカが媒介するマラリア原虫と ヤブカが媒介する黄熱ウイルスは

          歴史をつむぐ撚り糸

          ロバと歩く

          まだ見ぬ高原や砂漠を心の中に思い浮かべると、何もかも放り投げて、そこへ飛んでいきたくなる。 そう語る旅人が 心のよりどころにしたのは、 スタインベックの著書『チャーリーとの旅』 60歳目前で、愛犬のチャーリーとともに アメリカ一周の旅に出た 作家スタインベック。 彼曰く、 「結局のところ、風来坊はずうっと風来坊なのだ。おそらく不治の病だろう」 なぜ、性懲りもなく旅に出るのか。 その返答に窮した旅人は、 作家の言うように病気なのだと思うことで、心を軽くした。 選んだ旅の

          ロバと歩く

          進むべき道へ 

          旅にでて、宿泊先からどこかへ出かける。 もしも、そのときひとりで、地図も持たずGPS機能も使えなかったら、まずしっかりとまわりを見て、今いる場所を確認しておく。 行きたい場所までの正しいルートを保つには、方角がわかるコンパスや距離を測るものも必要で、道すがらわかりやすいランドマークがあれば、なお心強いもの。 どうやらこれは、ほかの動物たちも同じみたいです。 『動物たちのナビゲーションの謎を解く  なぜ迷わすに道を見つけられるのか』  デイビッド・ハリー著 熊谷玲美 訳

          進むべき道へ 

          邂逅 『海蛇と珊瑚』

          なぜだかわからないけれど、本屋さんで自然と手にとってしまう本、というのがあります。 タイトルが気に入って、ということもありますが、著者のことも内容もわからず、背表紙がならぶ棚からさっと抜きだしている。 その本自体が放つなにかがそうさせるのか、それとも、いま自分にとって必要なものに吸い寄せられるのか、いずれにせよ、なにか不思議な力がはたらいていると思います。 薮内亮輔さんの歌集『海蛇と珊瑚』(角川書店)も、そうして出会った1冊です。 現代歌人の歌集は、これまで俵万智さんを

          邂逅 『海蛇と珊瑚』

          思い返せば 「窓辺の灯」

          文学のことばが読みたい。 無性にそう思うときがあります。 たとえば、なにかを理解しようとして、長い長い説明文だったり実用書だったりの、温度の低い味気ない文章ばかりをひたすら読みつづけたときなどは、それはもう恋しくてたまらなくなります。 単なる言葉を超えたことばに浸りたい。 そういうとき、頼りになるひとりが、 トルーマン・カポーティ(1924-1984)です。 カポーティの、センシティブな心のはたらきと確かな感性とで織りなす物語は、ことばの端々にさりげない詩情が込められ

          思い返せば 「窓辺の灯」

          凛として 「火曜日のシエスタ」

          雨が降って、気分までじけっとしたときは、 凛とした女性の物語が読みたくなります。 世のなかに強いひとはたくさんいると思いますが、グチも文句も泣き言も、言いわけさえも口にせず、すべて肚におさめて覚悟を決めた女性ほど、強い者はいないと思っています。 その境地にいくのは、なかなかむずかしそうですが、そういう女性の姿は、いっそ涼しげで、すがすがしいものがあります。 そのような女性が出てくる物語といえば、ひとつに、ガブリエル・ガルシア=マルケスの 「火曜日のシエスタ」が挙げられます

          凛として 「火曜日のシエスタ」