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極地



いまいちばん気になる場所の、
いい本にめぐりあえました。


   『南極アトラス
    最新の地図とデータで見る
    過去・現在・未来』
          著者 ピーター・フレットウェル
          日本語版監修者 渡邉研太郎
          訳者 古村奈々
          柊風舎


1枚の絵が1000の言葉に匹敵するならば、
1枚の地図はひとつの物語を語りつくせる


英国南極調査所 (BAS) 在籍の科学者で地図制作を行ってきた著者が、唯一無二の場所 「南極」 をさまざまな角度から可視化して、そこで何が起きていて、世界の環境にどう影響するかを教えてくれます。





この本は、地理、氷、陸、大気、海、野生生物、人間、探検、未来、と9つの章に分かれています。
アーネスト・シャクルトンの『エンデュアランス号漂流記』 (中公文庫) はすきな本のひとつで、そのエンデュアランス号が2022年に107年の時を経て、ウェッデル海の水深3000mの海底に良好な状態で発見されたということで、探検についても書こうと考えていましたが、この本のなかでもっとも興味をひかれたのは、南極ならではのメカニズムでした。

もしも地球の心臓部と呼べる場所が表層にあるとしたら、それはまちがいなく南極だと思いましたので、今回は、地球の循環と豊かな生態系を育む特別な場所としての南極を、その特徴とともに書いていきます。

裏表紙より




南極大陸は、南極横断山脈で二分したひがし南極と西にし南極、そして北に大きく突きだした南極半島からなり、南極半島は、地質学的には南アメリカのアンデス山脈に続いています。


南極大陸の面積は約1400万キロメートルで、オーストラリアの1.8倍。そこに厚さ平均2キロメートルの氷床ひょうしょうがあるので、南極大陸には2800万立法キロメートルの氷が存在することになります。
重さにして、2けい6000兆トンもあり、その重みで氷の下にある地殻は1キロメートル近く押し下げられています。


東南極と西南極のあいだは海岸線が大きく湾入していて、その大陸のくびれにあるロス海とウェッデル海にはそれぞれ、スペインの国土とほぼ同じ大きさのロス棚氷と、それよりすこし小さいスウェーデンほどの大きさのフィルヒナー・ロンネ棚氷が広がっています。


大陸を覆うようにある氷床と、海に浮いている棚氷は、どちらも陸上で雪が圧縮されてできた氷です。
氷はたえず動き、大陸中心部では年に数ミリ程度ずつゆっくりと、何百、何千キロメートル先の海岸に到達するまで、変形と圧縮を繰り返しながら斜面をすべり降りていきます。
沿岸までおりてきた氷床は、底部が地面から離れて浮きはじめ、棚氷になります。


棚氷が融けただけでは海面は上昇しないそうですが、棚氷は、内陸から流れてくる氷河や氷流を陸地に押しとどめるコルク栓のような役割を果たしているので、なくなると大量の氷や水が海に放出されて、結果、海面を押し上げます。


南極の特徴は、極寒、乾燥、暴風、荒波で、どれももちろん 「超」がつくクラスのものです。


南極大陸の上空には、「極渦きょくうず」 と呼ばれる時計回りに動く強い大気の還流があって、中心部の寒気が下におりてきます。
太陽の熱がない南極の暗い冬には冷気を妨げるものもなく、上からおりてきた寒気団は川のように斜面をくだりながら勢いをつけ、海岸近くの急な傾斜によってさらに加速し、海面に着くころにはとんでもない速さになっています。
東南極の沿岸は平均風速が時速80キロメートルを超え、真冬には最大クラス5のハリケーンを上まわる時速300キロメートル近くにまで達します。


冬の寒さはいちじるしく、内陸の高度の高い氷床に位置するロシアのヴォストーク観測基地では、−89.9℃を記録したこともあります (−40℃を過ぎると人間の皮膚は瞬時に凍るそうです)。
冷たい空気は水蒸気をあまり保持できないため大気も乾燥していて、大気中に残るわずかな水蒸気も強い風に吹き飛ばされてしまいます。


南極海を特徴づける世界最大の海流、南極周極流 (ACC) は、メキシコ湾流の4倍以上の強さがあり、海面を吹く風、太陽の熱、融氷水や降雪などの真水が合わさって、川のような流れを海洋に出現させています。
南極海の外洋には、十数個の島々が大陸周りにほぼ円を描いて並んでいますが、南緯55〜62度の海域は海流をさえぎる陸地もなく、たえずやむことのないハリケーン級の風が吹き荒れ、波は山ひとつ分の高さになって海流は速さを増し、水を回しつづけます。


地球には幸い、余分な二酸化炭素と熱を吸収してくれる 「シンク」 と呼ばれる場所があって、南極海はいまのところ世界最大のシンクです。
つねに強風が吹き荒れる気象条件が、二酸化炭素を溶かして深海に蓄えるのを助けていて、産業革命以来、人類が大気中に放出した余分な二酸化炭素の最大43%、温室効果で生じた熱の75%を南極海が吸収したと推測されています。


夏が終わりに近づき気温が下がるにつれて、南極大陸沿岸の海は凍りはじめ、冬が終わるころには、陸地とほぼ同じ大きさの海氷かいひょうが形成されています。
海水の氷にはほとんど塩分が含まれておらず、余った塩分が海に残ります。
海の表層が凍結と再凍結をくり返すうちに、すぐ下の層の水は塩分濃度がどんどん上昇して、密度の高い塩水となって下に沈みつづけ、海底に広がる深海底にまで到達します。
水深何千メートルという深海は海の表層との相互作用はまず起こらないものですが、南極海は冬に結氷することで、深海にたえず新しい水が供給されているのです。
すでにあった深海の水は北へと押しだされます。いっぽう海面近くでは、水温の高い海水が北から流れ込み、この新しい水もやがて密度の高い塩水となって沈むという循環が、終わることなく続いていきます。
深海底の水の動きはゆっくりで、ときには何世紀もかけてようやく表層に戻ってくるのです。
世界中の深海と、地球全体の気候に大きな影響を与えるこの海水の入れ替わりは、「熱塩ねつえん循環」 と呼ばれます。


冷たい南極海の極端な天候は人間をなかなか寄せ付けませんが、風と波が海に与えるエネルギーは、生命を生みだします。
海面近くの水が攪拌されて活性化し、風が引きおこす強い流れが深い場所にある栄養塩を上へと湧きあがらせる。その栄養塩によって植物プランクトンである藻類の光合成が促進されて大量に増殖し、夏の南極海が緑色に染まります。
この栄養たっぷりの有機物のスープが、食物連鎖の礎として海のあらゆる生命を支えているのです。
南極の冷たい海水が北の暖かい海水とぶつかり混ざりあう「極前線きょくぜんせん」 のあたりは、スコシア海や南極半島、亜南極諸島があり、氷河の融け水や島々からの流入水も入ってくるおかげで、ひときわ豊かな生態系をつくりだしています。植物プランクトンの形も種類も多彩です。


その植物プランクトンを食べるオキアミは、南極海の生態系でもっとも重要で不可欠な生きものです。
南極海にいるオキアミは推定3億5000万トンで、1種類の生物量としては世界最大。
莫大な数のアホウドリや、ペンギン、アザラシ、クジラといった生き物を支え、南極海の豊かな生態系を維持しています。



本書には、氷床の下にある湖や川の地図、ペンギンの種類別生息地の地図、アザラシたちの長い旅路をしめす地図など、見ているだけでわくわくするものや、それとは別に、過去絶滅寸前になるまで徹底的に追い込んだクジラの真っ赤に染まった種類別捕獲地図も掲載されています。
そして、2100年の南極の気温変化予測も。
これから先の大気の二酸化炭素 (およびその他の温室効果ガス) の排出量により、低排出・中排出・高排出の3通りのシナリオを用いて予測されていますが、3つのちがいは歴然としていました。

今回書いたものを含めて、本書の各項目の末尾にはすべて、温暖化による懸念がしるされています。最悪のシナリオ通りに進めば、海洋全体を駆動する循環システムや豊かな生態系は維持できず、誰も望んでいない未来が待っているかもしれません。

結果はどうであれ、炭素排出を減らすか増やすかで未来がこれほど変わってくることが衝撃だ。変化が不可避とはいえ、次世紀の世界がどう変わるかは私たち次第なのである。

第4章27 「未来は私たちの手に」より


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。

こう暑いと、
水の中の生きものに会いたくなりますね。



あなたとあなたの大切なひとの心が
からりと晴れわたりますように

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