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私が知らない母親を、Facebookは知っていた。

この一月、私は実の母親と再会した。
その時の話は次のnoteを読んでもらえたら嬉しい。

それ以降、特別母親とは連絡を取っていない。もともと、新年と誕生日くらいしか連絡は取らないだろうとは思っていたからそんなものだとは思っていた。だから、特別思い出すことなんて何もなかった。

そんな中、六月から始まった企画メシに合わせて作成したFacebookのアカウントで「知り合いかも」に母親の名前があった。赤の他人かと思ったけれども、違うことはどこかでわかっていた。

Facebookで知人が出てくる機能があるのは知っていたし、姉とか高校の時の友達とか出てきたからまぁそんなもんだろうなとは思っていたけれども、まさか母親が出てくるとは思わなかった。

アカウントをタップすると数年前に変更したというアイコンが出てきた。紛れもない母の顔だった。スクロールしていくと母親の出身校が出てきた。高校、大学、大学院…いや待って、お母さんって大学院行ってたの?ここで初めて知った事実だった。さらに言えば、私は母親の専攻も知らなければ、どこの大学かも知らなかった。

私は開いた口が塞がらないまま、目で情報を追った。幸いにも、学歴以外母親の情報はなかった。どこかで安心している私がいた。安心しながらも、ひとつどうせなら知りたいと思ったのは彼女の年齢だった。

私は母親の年齢を知らなかった。それはつまり、母親が私を産んだ時一体何歳だったのかも知らないということだった。
Facebookのアカウントには誕生日の情報はなかったものの、高校の卒業年から年齢はわかった。思っていたよりも母は若いときに私を産んでいた。そんな事実、私は約四半世紀もこの世に生きていて知らなかった。

親に興味がなかったわけじゃない。そういうわけではないけれども、知りはじめたら、そうしたら興味が止まらなくなる気がしたから調べたこともなければ本人に聞こうとしたこともなかった。そんなことを、Facebookは知っていた。子供の私も知らないことをFacebookは知っていた。それをわざわざ教えてきたFacebookを私はありがた迷惑だなとも思ったし、悔しくも思った。なんで私より、私のお母さんのことを知ってるの。

私が、この先母親と会う回数はどれくらいあるだろう。Facebookより母親のことを知らなかった私。そして、それをどこか悔しいと思った私。それはつまり、もっと母親を知りたいと思ったということなんだと思う。何が好きで、何を学んできて、どんな仕事をしてきて、今はどこに住んでいて、何を普段しているのか。ただただ、知りたいと思った。

最後に会ったあの日の後、「また機会を作って会えたら嬉しいです。」と連絡をくれた母親は何を考えていたのだろう。彼女のことを知らない私にはそこにある真意はわからない。けれど、知りたいと思った今の私と、母親が同じ気持ちだったらいいなと思う。

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