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小浜「よっぱらいサバ」の養殖を受け継いだ、ゼロからの挑戦 〜後編〜

福井県小浜市の田烏(たがらす)という人口2500人に満たない小さな漁村で「小浜よっぱらいサバ」の養殖事業を受け継いだ横山拓也さん。

2019年に「田烏水産株式会社」を立ち上げ、養殖だけでなく、自ら田烏の魅力やよっぱらいサバの美味しさをYouTubeで発信するなど、活動の幅を広げています。

前編では養殖の現場を見せていただきましたが、後編では「よっぱらいサバ」との出会いや事業を受け継ぐことになった経緯、田烏での暮らしについてお聞きします。

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横山拓也さん/田烏水産株式会社 代表取締役
兵庫県尼崎市出身。大学卒業後、牧師として東京の教会に赴任し、32歳で機械工学の企業に転職。バイオ系企業の立ち上げを経て徳島大学大学院博士課程(後期)で研究中、「よっぱらいサバ」に出会い小浜市へ。2017年田烏に移住し、2019年田烏水産株式会社を設立。

牧師、起業、そして大学院へ

ーー横山さんはもともとは兵庫県尼崎市出身なんですね。

そうです。でも父親の仕事の関係で小さい頃から大分や山口、福岡、愛知などいろんな場所で暮らしてきました。


ーー経歴を伺うと、牧師をされていたとのことですが……?

高校2年生の時に友人に誘われて教会に通うようになり、クリスチャンになりました。大学で神学を学び23歳の時に牧師になって東京の教会に赴任したのですが、家庭の事情で東京を離れようと思ったんです。親戚が尼崎市で精密機械の会社を経営をしていたので、32歳の時にその会社に入社しました。


ーーずいぶんと畑違いな分野に飛び込んだんですね。

最初は数年だけ働くつもりだったんです(笑)。会社のなかでは顕微鏡の事業を担当していましたが、営業で大学に通っているうちに顕微鏡よりも研究室で調べている微生物の方に興味を持ってしまって。ついには一緒に研究をしていた仲間たちとバイオ系の会社を立ち上げました。

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▲牧師は一生の生業なので、正式には現在休業中だそう

ーー牧師からバイオ系の会社を立ち上げるとはまた予想外の展開ですね。

興味のあるものにのめり込むタイプなんでしょうね(笑)。でも研究一筋だった仲間たちに比べると、次第に力不足を痛感するようになって。ちゃんと学位を取って、研究者として一人前にならなければと、2014年に会社を離れ、徳島大学大学院で生物工学を研究することにしました。小浜市に初めて訪れたのはそれから2年後のことですね。

ほぼゼロの状態からスタートした「よっぱらいサバ」

ーー小浜市に来たきっかけは?

当時僕は酵母の研究をしていたのですが、「小浜で酒粕を与えるサバを養殖したいから、アドバイスしてくれないか」と相談されたんです。酒粕も酵母の働きが関係するので面白そうだなと思い、2016年12月に小浜を訪れました。

すでに「よっぱらいサバ」というネーミングや「小浜と京都が昔『鯖街道』で結ばれていた歴史から、京都の酒蔵でつくられた酒粕で小浜のサバを育てる」という構想は生まれていたのですが、具体的にどんな餌を与えるかはこれからの段階。ほぼゼロからのスタートだったので、これはやりがいがありそうだと思いました。


ーーそこから本格的に関わっていくんですね。「よっぱらいサバ」の養殖はどうやって軌道にのせて行ったんですか?

まずは酒粕をサバに与えるところから始めました。酒粕自体は栄養分が豊富ですが、慣れないものを食べて消化ができないとサバに負担がかかってしまう。少し与えては「死ななくてよかった」とホッとする繰り返しでした。酒粕の種類や量をサンプリングしながら試行錯誤し、求めているサバの味に育てることができるようになったんです。

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餌だけでなく「養殖」そのものについても田烏で学んでいるうちに、「ここで腰を据えて働いたら面白いだろうな」と思い、2017年に田烏に移住しました。


ーー養殖の事業を受け継ぐことになったのはどうして?

「よっぱらいサバ」の事業は2018年まで小浜市が行っていましたが、その後民間の会社に引き継がれる予定でした。しかし、サバの養殖は難しいのでなかなか引き継ぐ事業者が現れない。それなら僕たちでやってみようと田烏の漁業者の仲間たちとともに2019年「田烏水産」という会社を立ち上げたんです。

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▲現在、4人の仲間と働く横山さん

ーー知らない土地での起業は大変ではなかったですか?

イチから始める場合なら大変だったかもしれません。でも、僕の場合はすでに田烏に通い、地元の方との関係ができていたし、事業を引き継ぐ形だったので、いけすなどの設備は新たに必要なものはありませんでした。漁業権は小浜市の漁協組合が持っている権利を借りていて、漁船も地元の漁業者のものを使わせてもらっています。

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ーー逆に大変だったことは?

今もそうですが、「よっぱらいサバ」を安定して養殖することと、認知度を広げていくことですね。当初は「よっぱらいサバ」のことを知っている人はまずいなかったので、小浜市と連携しながら全国を訪れてPRしていました。

最近ではTVや雑誌で取り上げられたり、「田烏水産サバラジオ」というYouTubeチャンネルでも発信したりしているので、少しずつ知っていただける機会が増えたように感じています。特に京料理の名店などから高い評価をいただいていますが、まだまだこれから。もっとたくさんの方に「よっぱらいサバ」を届けたいなと思っています。

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地元の人の気持ちに寄り添う姿勢

ーー今度は田烏での暮らしについてお聞きしたいのですが、実際に来てみるまで、小浜市や田烏にどんなイメージを持っていましたか?

小浜市といえば「オバマ大統領」のイメージくらいしかなかったです(笑)。田舎なんだろうな…とは思っていましたが、田烏からトンネルを抜けて車で20分ほどで大きなスーパーもありますし、生活に不便を感じることはありませんでしたね。

田烏は入り組んだリアス式海岸のなかにあるので、トンネルができる前はほぼ孤立したまちだったそうです。そういう歴史があるせいか、田烏の人は意識して外からの人を迎え入れようとする姿勢があるのかもしれません。人も穏やかですし、いわゆる「閉鎖的な田舎」ではなかったですね。

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▲「言葉は関西弁とイントネーションがほぼ同じなので馴染みやすかったです」と横山さん


ーーご近所にもすんなり馴染めました?

そうですね。住む前に「こことここの人には挨拶に言っておいた方がいいよ」と地元の人に教えてもらったので、これからお世話になる方にちゃんと顔を知ってもらえたのもよかったと思います。


ーー最初の挨拶って重要なんですね。

僕は「サバの養殖って面白そう」という好奇心だけで田烏にやってきましたが、地方に行けば行くほど、外から来る人に敏感になると思うんです。地域にちゃんと溶け込もうとするなら、外から来た人が地元の人たちの気持ちに寄り添うことが大事じゃないかな。今までの価値観にとらわれず、住む場所によって柔軟に変えていける方であれば、どこに移住しても大丈夫な気がします。


ーーたしかに。郷に入りては郷に従えですね。

今では地元の人はほぼ顔見知りですし、何か変わったことがあっても近所の人が教えてくれるので安心です。ほんと、居心地がいいんですよね〜。


ーー最後に横山さんのこれから目指していることを教えてください。

そうですね、「よっぱらいサバ」の数も増やしたいし、YouTubeやそれ以外の発信も始めたい。まだまだこの場所でやりたいことはたくさんありますね。

僕、日本地図をつくった伊能忠敬が好きなんですよ。彼は結婚して婿養子先の家業を全うし、52歳の時に日本地図をつくり始めたそうなんです。僕も今52歳(取材当時)なので、彼の生き様って勇気をもらえるんですよね。人生100年時代ですし、志があれば何歳からでも叶えられる。そんな気持ちで何にでも挑戦していきたいですね。

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【取材先】
田烏水産株式会社
福井県小浜市田烏63-3
http://www.tagarasu.com/
Youtube▶︎「田烏水産サバラジオ」で検索


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