長編小説「きみがくれた」下ｰ㉘
「発車ベル」
発車のベルが鳴り響く。
晴れ渡る青、真っ赤に染まるハナミズキ。
今年も同じ季節にこの街を出て行く。
車窓から乾いた風が吹き込んで、見慣れた景色がゆっくりと流れ始める。
抜けるように青い空は高く高く澄み渡っている。
カチッ――――ジ―――――……
“来たよー”
古い木造の大きな家
草木が茂る中庭
縁側から聴こえる軽い足音
“見てよこれ”
幼い君の懐かしい声
“おそろいだよ”
手の平にあったのは銀色が二つ
小指と同じくらいの大きさの万華鏡
“霧島ー！！”
“虹ーー！！”
雨上がりの屋上
雲一つない真っ青な空の端から端へかかる巨大な７色
“早く！”
“霧島早く来て！！”
差し出された手の平
逆光の中で輝く薄茶色の瞳
温かい指の感触
“ラベンダーだよね”
“ぼくこの匂い好きだよ”
長い廊下の突き当り
放課後のチャイム
“一緒に帰ろう！”
この街に帰ればいつも君がいた
“お帰り霧島”
真夏の縁側
雨の匂い
君がいる街へ
“お帰り霧島”
古いアパート
冷たくきしむ床
湿った木の匂い
“お帰り霧島！”
君が待つ街へ
“哀しみを乗り越えなくていい”
“ただ歓びまでもその哀しみで干乾びてしまわないように”
大雪の日の帰り道
“大丈夫だよ”
“きっと助かるよ”
凍える指先
震える鼓動
“温めてあげよう”
心細い君の強い声
“大丈夫だよ”
思い出すのはいくつもの笑顔
小さな君の懐かしい声
“すごいね”
“きれいだね”
吹き抜ける風
開けた空
“ぼくらの秘密基地にしよう”
何もない草原が
“こんなにすてきな場所は他にないよ”
何もない、何でもない野原に色が付いた
もらったものはかけがえのないものばかり
“空が近いね！”
“空が大きいね！”
“陽当たり抜群で気持ちいいね！”
一人ぼっちになるだけの場所
音もない誰もいない場所
“月見山”
“ここは僕らの月見山だ”
なにもない、なんでもないその場所に
名前が付いた
一人きりで登っていた山が
二人で登る山になった
“山の中にこんな広い場所があるなんて”
一人でいるだけの場所が
二人の特別な場所になった
ジジッ…ジ――――――……ガガッ‥ガガガッ…ズズッズ―――――
“待って”
“ちょっと待って”
ザザザザッジ――――…ッジジッ
思い出すのはいくつもの笑顔
大好きな君の
何よりも
誰よりも大切な
“霧島！”
“一緒に帰ろう！！”
それはきっと始めから
“霧島はうちの子になって欲しいんです”
もうずっと昔から
“大丈夫だよ”
“僕の家で一緒に暮らそう”
もうずっと、
君は僕の
“ラベンダーだよね”
あの日からずっと
君は
君は僕のヒーローだった
“あ”
“待って”
片耳から聴こえる幼い声
“わかった、じゃあサビだけ一緒に歌おう”
瞳を閉じればいつもすぐそこに
“まだだよ”
“僕がいいって言ったら始めてね”
耳を澄ませばいつもすぐ側に
いくよ、さん、はい！
これからも、ずっと
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