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稚拙でも良し


Noteを書くことから遠ざかること、1年弱・・・笑

人間には、使わないネットワークはどんどん失うし、使うネットワークは強化されるという神経の可塑性があるので、書かない時期が長く続くと、まあ書けなくなります。

全く書こうとしてなかったわけでもなく、100文字くらいの作りかけの文章は何個かあります。笑

頭にふっと思い浮かんで、何か書けそうだ、と思っていざnoteに手をつけてみると、あれ、書けない?みたいな感覚に陥っていました。

頭の中で思い描いているのと、実際に出してみるのとではえらい違いがあることを痛感です。

現代を生きていると、本当に情報が多くて、いろんな人の発信があって、それをみるだけでなんだか理解した気になりがちになってしまっている自分がおります。控えめに言ってヤバめです。

情報をシャワーのように浴びることは大事かもしれませんが、浴びてばっかではなーんにも、自分の身にはならないような気がしてなりません。

そんな、情報をたくさん得る前に(と同時に)、稚拙でも良いから、その作りかけの文章を仕上げてみよという感じですよ、本当に・・・

受動的な日々を続けると、いつの間にか自分の考えとか思い描いていることっていうのが頭の中でぼんやりあったとしても、言葉に限らず、何かしらの表現を出そうとすると全然出てこなくなってしまうなぁとひしひし感じます。

頭の中でなんとなく思っていることがあるから、自分には考えがあるとか思っていたりしてましたが、とても勘違い。

しかも、そうした日々を続けると、自分の頭の中ではすごいすごいと思いたくなったりします(実際には不安とかが強い)

就活を題材にした小説の「何者」でも、
「頭の中にあるうちは、いつだって何だって傑作なんだよ」

というセリフがとても有名ですが、ちょっと頭が痛くなるような、きつい言葉に感じる方もいたのではないでしょうか?自分もピクッとしましたもん。笑

だから、

稚拙でも良いから、出してみること

これは、とっても大切だなぁとかんじます。

頭の中ですごいすごいと思っていたことでも、出してみると
「あらま、何ともまあ稚拙だわ」

って隣のおばあさんに言われるかもしれません。笑

でも、自分の頭の中だけを賞賛するよりも、たとえアウトプットが稚拙でも頭や身体からひねりだした方が心はとてもスッキリします。

そんな、自分の渾身の稚拙なアウトプットをどうか嫌いにならず、次の質の高いアウトプットにつなげる糧にできれば、アウトプット的な行動が何だか楽しいな〜となりそうです。

もちろん、人に見せる必要はないと思います。

まとめると~
このポーズをみなさん一度鏡の前で全力を振り絞って20秒間とってみてください。

喜納穂高選手
賞金100万を獲っている身体
カッコ良い

疲れましたか?
やってみると、意外と大変ですね笑
ここから、あなたの筋肉創作活動が始まるかもしれませんヨ。

私の背中
程遠すぎる

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