チューリング:パターン形成の物理
アラン・チューリングといえば計算機の産みの親ともいえる偉大な数学者ですが、暗号解読機エニグマでも有名ですね。ベネディクト・カンバーバッチが演じる映画『イミテーション・ゲーム』もおすすめです。
実はチューリングは上記の功績のほかに、もうひとつ重大な貢献を数理生物学の分野で成し遂げています。それは生物の形態形成の機構を、化学反応と拡散の二つによって説明したことです。
正確にいうと、拡散効果がないと均一な物質分布が安定(微少なノイズを加えても均一な分布にもどるということ)であるところに、拡散効果を加えると、均一な分布が不安定になり、ある特定の不均一なパターンが安定になることを示したのです。この機構をチューリング不安定性、結果として出てくるパターンをチューリングパターンと呼んだりします。拡散って分布を均一にする効果があると直感的には思えるのですが、そうではないということを彼は簡単なモデルで証明しました。彼の論文は非常に読みやすく、読者への配慮が行き届いているお手本のような明解さです。
形態形成に関するこの理論は、生物に見られる縞模様などの特徴的パターンだけでなく、動植物の生み出す不均一な分布(tiger bush、縞枯れ)や、神経細胞の発火、化学物質の振動現象(BZ反応)など多くの複雑現象を説明する数理モデルに用いられます。
実は私の研究テーマのひとつが彼の論文の内容と関係があり、文献調査を一通りしたのですが、アブストラクトとレファレンスに目を通したものだけでも数百、彼の論文を引用した研究成果が、数学、物理、化学、生物のあらゆる分野から発表されているのです。影響力の甚大さが実感できます。
ゲイだったらしい彼はそのことによって不当な評価を受けていたのですが、最近イギリス紙幣の肖像にもなり、名誉挽回をされたようです。