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新しい職場に来て、戸惑っていることがある。 それは、同時にとても嬉しいことでもある。 一体なんのことかと言うと、わたしの新しい上司は、人のことをとにかく褒めるのだ。 とにかく、息を吐くように、人を褒める。 (と言ったら、なんだか人たらしのように聞こえるけれど、たぶん無意識にやっているのだ。すごい。) その内容は大小様々で、小さいことで言うと、 「メールの返信が早いね」「目標の立て方がいいね」 など。 わたしが一番驚いたのは、データを加工してまとめた資料を提出した
恋だけじゃない。でも、恋に振り回されないわけがない。そんな恋愛短編オムニバス 【episodeハルヒ〈3〉成形】 『シェ・アオヤマ』への納品を終えて店に戻ったのは、十時をまわった頃だった。そのまま母屋の二階にある自室に戻り、服を着替えて化粧をなおす。 聞き慣れた車のエンジン音がかすかに耳に入り、窓を開けてそっと外の様子をうかがった。 店の前には『豆蔵』のワンボックスカーが停まっていて、ドアベルの音と、ナオ君の声が聞こえた。時計はちょうど十時半、今日の『豆蔵』はそれ
恋だけじゃない。でも、恋に振り回されないわけがない。そんな恋愛短編オムニバス →【episodeハルヒ〈1〉ベンチタイム】 【episodeハルヒ〈2〉一次発酵】 「ハルヒちゃん、ナオ君まだ来てないよね」 叔父さんは私の肩越しにガラス戸の向こうをうかがった。 濃い緑の街路樹、向かいの屋根の上には深く青い空。八月も終わり近くというのに、ジリジリと照りつける真夏の日差しが通りにおちる木の影をくっきりと描いていた。 「もうすぐ十一時になるのに。ねえ、叔父さん。サンドイ
恋だけじゃない。でも、恋に振り回されないわけがない。そんな恋愛短編オムニバス 【episodeハルヒ〈1〉ベンチタイム】 ――ピピピピッ、ピピピピッ、…… 「ハルヒちゃん、悪い! 山食出して」 「はいっ」 叔父さんの声で条件反射のように体が動く。ミトンをはめながらタイマーを止め、オーブンを開けた。内部の熱気が顔を包み込んで思わず目を細める。 食パンの型を引き出し、二つまとめて掴んで台の上にストンと落とした。そのまま型を寝かせてするりと抜くと、焼きたての食パンがパ
【episodeジュン〈2〉両翼】 ユカリの隣でソファに浅く腰をかけ、オーディオから流れる歌声に耳を傾けていた。そのメロディーに喚起される悲しみと、脳裏浮かぶミツキの姿。けれど、この曲をミツキと聴いた記憶はなかった。 「これ、どこかで聴いた気がする」 僕がそう言うと、ユカリは「うちだよ」と答えて膝に置いた小さなバッグを開ける。 「大学のとき。ジュンは半分寝てたかもしれない。失恋パーティーの日に聴いたんだ」
【episodeジュン〈1〉片翼】 雲が切れ、眼下に四角く区画された田畑の緑と茶色、立ち並ぶ建物の灰色がのっぺりと広がっていた。もう海原は見えない。キラリと視界をかすめる日の光に目を伏せた。 ポケットから鏡を取り出して前髪をなおす。そして、じっと自分の顔を見つめる。 ――世の中の人がみんな近眼ならいいのに。 そうすれば、世界はもう少し生きやすい。ぼやけた視界のほうが中身が見える。それとも、僕の中身が曖昧だから世界の居心地が悪いのだろうか。 そんなことを考え
恋だけじゃない。でも、恋に振り回されないわけがない。そんな恋愛短編オムニバス 【extraミホ】 夜中、物音で目が覚めた。 三歳の娘と、その向こうでは夫が気持ち良さそうにイビキをかいている。私は豆電球の明かりを頼りに、サイドテーブルのハンドタオルを手にとった。汗で湿った娘の額を拭うと、「ううん」とぐずるように顔をしかめたけれど、すぐまた穏やかな寝息を立て始める。夫の枕をわずかに引くと、「ンがっ」と変な声を立ててイビキがおさまった。 三十半ばを過ぎた夫には、草野球
恋だけじゃない。でも、恋に振り回されないわけがない。そんな恋愛短編オムニバス 【episodeチカ〈2〉片思い】 タキ君の車で――正確には伯母さん名義のコンパクトカーで『レスプリ・クニヲ』に向かった。 乗り慣れない助手席のせいか、それとも敷居の高いフレンチ・レストランに向かっているせいか、見慣れたはずの山並みがいつもと違って見える。 空はくっきりとした秋晴れで、窓からはひやりと澄んだ空気が吹き込んできた。山のところどころが、くすんだ色に紅葉している。一度雨が降れば、
恋だけじゃない。でも、恋に振り回されないわけがない。そんな恋愛短編オムニバス 【episodeチカ〈1〉未練】 アラームが鳴る五分前。 いつもその時刻に目が覚めるのだから、目覚まし時計なんて必要ないと思う。それでも寝る前にはアラームをオンにしてしまう性格が、こうして目を覚まさせるのだろう。 布団をはぐろうとして、肩先に冷えた空気を感じた。カーテンの隙間からはうっすらと朝の光が差しこんでいる。 アラームをオフにして起きあがり、ジーンズとトレーナーを身につけて洗面所
ふりしきる雨の月末。 …ということでひと月の反省を。2020年の折り返しということで上半期の振り返りも兼ねまして。はい。 今年の6月は、なんだか長かった。 長すぎてくたびれたというわけでも、飽和してしまったというわけでもなく。 ただ、この生活を「充実していた」とするのも違う気がしている。 生活のどの面を切り取っても、もっとやれたことがあっただろうな、と感じる。先日書いた睡眠の話だってそうだ。 ◇ 今月の初めにはこんな目標を掲げていた。 主体的に選びとる 目の前の
さぁ、いこう、 水の世界線の中に。 さぁ、手を繋ごう、 一緒に、いこう。 海底を眺めながら、 海上もみあげてみて。 ほら、 僕たちの日常の光が反射してるよ 命と命の重なり 僕の左手には確かな温度が伝わってくる さぁ、いこう、 体と心の力をぬいて沈んでいこうか さぁ、一緒にいこう。 どうだい? 君には何が見える? 君には何が聞こえる? 日常の嫌なことなんて忘れて水底まで いこうじゃないか。 ほら、手をのばしていこう。 ここは海底 ここでは僕らはお客様だね 挨拶をしよう
早起きしような日も、 夜更かししたい日も、 特別だったらいい。 何かのためじゃなくて、 自分のために。 もうすこし起きてたい日も、 もうすこし眠ってたい日も、 もう仕方ないなぁって 身体が動いてくれるはず。
みんな〜〜〜〜!!! 聞いてください。なんと、なんと note毎日更新1年を達成しました…! 嬉しいいいいい(´;ω;`) 本当は6/30更新で丸1年だと思っていたんですけど、計算を間違えていたみたいで、29日に達成という形になりました。 正直、1年も毎日何かの発信活動を続けたことがなかったので純粋に嬉しいです。 ここまで、毎日読んでくださった方、スキを押してくださった方、応援してくださった方、本当にありがとうございます。 * さて、これから毎日更新しての感想
疲れているんだ。 何に疲れているのか、何だかいろいろグチャグチャで雪美にもわからなかった。 (まあ、全部かな…) 「フッ………」小さくため息をつき、立ち上がった。 (なんか飲もう) いつも時間はあるようでなかったから、 いざこんな風になんの目的も次の予定もない時間に浸ると、どうしたものか、と考えてしまうんだな… と、思考だけがとめどなく物を思う。 このまま死のうとすれば、 すぐ誰かに見つかることもないだろうが 死にたいという感覚が今は湧いてこなかった。 『死』の