【第12回】他人事ではなく身近にある“ 性感染症”
執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医
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性感染症は身近な問題
10年以上前の話になるが、当時大学生だった私は、自分の経験を走馬灯のように振り返り、「検査を受けよう」と決意した。保健所では無料・匿名で検査が受けられる。検査を受けることは恥ずかしいことではないのに、私はわざわざ地元から少し離れた保健所に電話をして予約を取った。当日、びくびくしながら、HIV、梅毒、B型肝炎、C型肝炎、クラミジアの血液検査を受け、結果が出るまでの2週間、気が気じゃなかった。「もし感染してたらどうしよう。家族や友人に言えるかな、恋人にうつしていたらどうしよう」。保健所の個室で医師から検査結果を説明され、結果は陰性だった。性感染症は他人事ではなく、セックスするのであれば誰にでもかかわる、誰もが当事者になり得る。検査を受けて良かったのは、そんな当たり前のことを痛感できたことだった。
もちろん病院やクリニックでも検査を受けることはできるが、無料・匿名で検査が受けられる保健所の存在は重要だ。各保健所の情報が掲載されたパンフレットを保健室に置いている学校は多い。子どもたちのためにも、困ったときにすぐ情報提供できるよう、最寄りの保健所や多くの項目を検査できる保健所の情報は、インターネットで最新のものを把握しておきたい。最近は新型コロナウイルス感染症の影響で検査日程が減っているところもあるため注意が必要だ。
無自覚な差別と偏見に気づかされる
大学時代にタイにあるエイズ寺院と呼ばれるHIV に感染した人たちが暮らす施設にボランティアに行った。入口には「これはエイズで亡くなった人の骨で作りました」と注意書きのある、人間の形をしたオブジェが並んでいた。それが本当に骨でつくられているかどうかはわからないが、「なぜそんなことをしなきゃいけないんだろう?」「なぜ感染したらこんな山奥の隔離されたような施設に住まなきゃいけないんだろう?」と色々な疑問を感じながら、患者さんにマッサージをしたり、ハグをした。
「差別って良くないな」と漠然に思いながら、なんとも言えない気持ちで施設をあとにした。しかし帰国後、私はパニックに陥る。「もしかしたら感染したかもしれない!」。一緒に行った友人に「念のため検査を受けないか」と連絡すると、笑い飛ばされた。「なんで? 感染しないでしょ! HIV は感染力がすごく弱いウイルスだって、えんみちゃんが教えてくれたんだよ?」。その通りだ…。寺院での行為で感染することはありえない。私はこのとき、自分のなかに無自覚な偏見・差別があることに気づかされ、あいまいな知識があるがゆえ間違った認識を持つ危険性を自覚した。まさに穴があったら入りたいくらい恥ずかしいエピソードである。
現在はHIV の治療は進化し、早期に治療すれば「U=U(Undetectable=Untransmittable)」、 つまり「検出限界値未満=HIV に感染しない」。たとえセックスしても相手に感染させない状態にまでできるようになっている。
次々に水の色が変わるゲーム
いつも性教育講演会では「感染広がるゲーム」をする。生徒10人くらいに水の入ったコップを持ってもらい、2人組で水の交換をする。それを3〜4人と繰り返す。実は、水の交換は「セックス」、水は「精液や腟分泌液、血液など」を表している。最初に1人のコップにだけ重曹水を入れておき、「性感染症に感染している人が1人いた」という設定だ。自分が感染しているかどうかは検査を受けなければわからない。フェノールフタレインを入れると、次々に水は赤く染まり、感染の広がりを視覚的に捉えることができる。
「もし、コップにラップがしてあったら水は混ざらない。そのラップが意味するのは?」と聞くと、生徒から「コンドーム!」と声があがる。性感染症の予防法としてコンドームを使うこと、「水の交換をしない=セックスしない」こと、そして、検査を受ける重要性を楽しく学ぶことができる。
“脅し教育” にならないように性感染症を伝える
「クラミジアが不妊症の原因になる」「昔はたくさんの人が亡くなっていた梅毒の感染が最近急増している」ことは事実だが、伝えるときに最も気をつけたいのは、“脅し”にならないようにすることだ。クラミジアは症状が出にくく不妊症の一因になることもあるが、検査を受けて気づけたら基本的に内服薬で治療できること、卵管の通りを検査できること、そもそも不妊症には男女ともさまざまな原因があり、自然妊娠以外にも体外受精などで妊娠する選択肢があることを伝える。
梅毒は、コンドームでは覆えない粘膜や皮膚が接触することでも感染が生じるため完全な予防は難しいといわれている。人と人が交わる、触れ合うセックスには色々なことが起こり得るからこそ、自分はいつ誰とどんなセックスをしたいか考える必要がある。そこで大切なのは、“SAFER SEX(より安全なセックス)”という考え方だ。0か100かではなくて、より安全なセックスをするためにはどうしたらよいか。例えば、お互い定期的に検査を受けることや、コンドームで可能なものは防ぐこと、そして重要なのは検査を受けて治療につながることだ。予防、検査、治療などの受け皿を適切に整備
していくことも大切だ。
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※本記事は、へるす出版月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。
★2023年4月号 特集:これでわかる!;心臓病の子どもの看護のきほん
★2023年3月号 特集:子ども・家族と目指す;痛みの緩和
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