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陽だまりの粒 (外伝)

1986年5月4日(日)チェルノブイリ原子力発電所大爆発による拡散された放射能が世界中を覆い、東京サミット開催により東京に全国中から警察官と機動隊を動員した戒厳令が敷かれた雨の日の朝。

雪野和彦が隣の部屋のデカい声の音で目を覚まし枕元に置いてある目覚まし時計を確認したら、午前9時を回っていた。
「あ〜ダリーな~やっぱ行くの止めようかな」和彦が昨晩寝たのは午前3時過ぎで、それまで4月に同期入社した職場の同僚2人とファミコンで遊んでいた。

和彦が入社したのは、横浜にある大手の自動機械製造企業で、そこの会社では地方出身者は、全員が会社で丸ごと借り切った民間のアパートを寮として利用している。
1LDKバストイレ付きで家賃は無料。
電気、水道、ガス代は使った分の給与引きで、難点を出すと隣との壁が薄く、隣の音が筒抜けに聞こえて来る事と、電話が無いのと、食事だけは自炊しなければならない。

男の一人暮らしの自炊は、面倒臭がって外食専門になりがちだが、和彦は、初任給と上京の際に親から生活費として貰ったお金を足して、ファミコンとファミコンのソフトを買ってものだから、自主制作盤のレコード代を残す為に、どうしても自炊するしかなかった。

今日は原宿のホコ天で無料のLIVEがある。
本日の出演バンドは、現在も活動を続けているニューロティカ!や数年後にメジャーでレコードをリリースするグレート・リッチーズがいるが、その他にもPUNK、非PUNK中々面白いメンツが揃っている。

そもそも和彦が都会に就職したのも、好きなバントのLIVEが見れる、リアルタイムでレコードが買えるといった他の人から見ればどうでもいいような理由なのだが、本人はいたって真面目にそれを考えており、それが生きがいなのだから、それを一方的に否定するのも今思うに酷な気がする。

和彦は、歯みがきと洗顔を済ませると、昨夜用意しておいた、録音用のラジカセと予備の乾電池が入ったスポーツバックを手にして、部屋を出た。ゴールデン・ウィーク期間中で寮の住民がほぼ帰省して誰も居ないのは知っていたが、朝からデカいよがり声を上げまくっている和彦の隣の部屋に住民が二人残っているのをどうしようかと迷い、迷った挙句に知らない振りして、勝手に出掛かけると帰宅した時に俺の部屋がぶち壊されているかも知れないと思い、一応声を掛けてから出掛ける事にした。

若狭友昭と表札に書かれている玄関のブザーを押してみると、\ピンポーン/と部屋の中に音が鳴り、暫くすると無言で玄関のドアが、ゆっくりと開いて止まった。
和彦は「あの雪野だけ…」と最後まで言葉を喋らないうちに、和彦は左腕を両手で引っ張られて玄関の中に引きずり込まれた。

「痛いって!何すんだよ?」と和彦が文句を言うと、目の前にいたのは、友昭ではなく上下共に下着姿の美奈が立っていた。
朝から友昭と美奈がSEXしていたのは、部室の壁が薄く音が全て筒抜けだったから、聞きたくなくても丸聞こえなのでどうにもならないが、さっきまでSEXをしていた、美奈のイキナリの眩しすぎる姿に和彦は、反射的に目を逸らして下を向きながら「友昭は?」と美奈に尋ねた。

「友昭?アハハ!友昭はね、もっとSEXを頑張ろうとオロナミンCに生卵二つ入れて飲んだら、お腹痛いって今トイレに入ってる!アハハは、ねえ可笑しいでしょ!」
和彦は、別に可笑しくないやと心の中では思いながらも、愛想笑いでその場を繋ぎ、
「今から出掛けて来るので友昭にそう言っておいて」と美奈に伝えた。
長居は無用だから、和彦は直ぐに友昭の部屋を立ち去りたいのだか、美奈が「何時に帰るの」だの「晩御飯を作ってくれる?」だの中々部屋から出してくれない。
美奈に構うのも、もう時間の無駄に思えた和彦は、「今日の晩御飯は、袋のインスタントラーメン」とだけ言うと、部屋を飛び出し、走って一分もかからない所にあるバス停に走った。

和彦はバス停に着くと、雨だからなのか休日なのに誰もバスを待つ人がいなかった。
おまけに雨はさっきより若干強くなって来ている。
さした傘をクルクル回しながら、バスが来るまでの数分の間に、和彦はなんで友昭と美奈の晩御飯を毎日作っているのだろうと考えていたら、なんか可笑しいなって、ふっと思い出し笑いをしてしまった。

バスに乗ると朝の混み具合が嘘のように、ガラガラで初めて余裕で座れた。
10分程バスに揺られ、横浜駅で降り、東急東横線でウォークマンを耳の友達にして渋谷まで行き、渋谷で高校の同級生と落ち合って山手線で原宿まで行くつもりだったが、ハチ公で待ち合わせしていたら、和彦が醸し出す匂いがそうさせるのか、スカウトに来ているのか?世間的には過激派と呼ばれるセクトの人達が何人も和彦に寄って来ては何か声をかけながら離れて行き、また寄って来ては何か声を掛けて離れて行き、やがて過激派がいなくなったと思ったら今度は警察二人がやって来て「すみません、バックの中身見せてくれませんか?」と言い寄ってきた。
和彦は不本意ながら「いいですよ」とバックを開けて中を見せると、「なんだこれは!」と最初の優しげな態度とは、裏腹に急に警察官は凄み出した。
「何だと言われても、ラジカセに予備の乾電池ですよ」と和彦がいくら言っても「これは時限式の爆発装置だろ~」と取り合ってくれない。
「今日知り合いのLIVEの日なので、録音する為のラジカセで爆弾なんかじゃないです、嘘だと思うなら音出しますよ!」
「音を出せば必ず爆発する!何処が狙いだ?皇居か?迎賓館か?君がいくら否定してもこれは爆弾だ!口答えするなら、公務執行妨害で逮捕するゾ」
「ふざけんなよ!何でラジカセ一つで逮捕されなきゃいけないんですか!」和彦が熱くなり、路上を行き交う人の視線が全部コッチに注がれた時に、和彦の友人、晃司と賢治が待ち合わせ場所に駆けつけて和彦を羽交い締めにして、警察官から引き離し、二人でなんとか警察官を説得させて、和彦はやっと警察官から解放された。

山手線の中で「ゆきちゃん今度は何やったんだよ!」「このクラッシャーが!」「ゆきちゃん一人で学校の伝統をひっくり返したんだよな!」「ヤバい欠席のブランクが」と和彦は散々弄られ、苦笑いしながら「あの警察官ラジカセの再生ボタンを押すと遠隔操作で爆弾が破裂すると信じてたぞ」
「えっホントにアハハはは」と卒業してから、何ヶ月も経っていない暫くぶりの再開を楽しんだ。

原宿駅で電車を降り、三人で代々木方向に歩いていると、一台のパトカーが通り過ぎて「午後一時より、この道路は歩行者天国のため車の通行は出来なくなります。路肩に停めている車の運転手さん、速やかに移動して下さい。 午後一時よりこの道路は…」

#小説 #ラノベ #ポエム #コラム #バント #80年代 #青春

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