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陽だまりの粒 外伝④

1990年4月8日(日)
エルパーク仙台141スタジオ

日曜日の午後、ショッピングで混雑する141ファッションビルの一階にあるエレベーターを6階まで上がると目指す場所に到着する。
6階に到着してエレベーターの外に出るとそこには開場を待つ人達が多数集まっていた。

イギリスを代表する、間違いなく旬なバンドがやって来るのでコテコテのPUNKファッションに身を包んだ気合いの入った人が多数いるのかと思っていたら、意外なことに地元の人たちは、上着にパーカーを着用した悪く言うとこざっぱり人が多かった。
女子高生が四人で会場前を歩いていると否応なく男の視線がチクリチクリと突き刺さる。
仲間と談笑していても正直にチラッチラッと視線はこっちを追っている。
四人はなるべく集団から離れた場所の床に座って回りを観察してみた。

パーカー軍団が多数を占めるが、革ジャンにビスを打ちまくった人が五人集った場所もある。
キャッツアイのサングラスをかけた高校生だろうと思われる華奢な女の人は、ビスを大量に打った重そうな革ジャンの背中にDOOMとペイントしている。
この女の人はさっきから同じようにキャッツアイのサングラスをかけた彼氏らしき男の人と談笑しているのだが、その男の人の革ジャンの背中にはDISCHARGEとペイントされている。
革ジャンにビスを打った人のグループには、もうこれ以上は汚しようのない一度も洗濯していないであろうと思われる、いかにもここに座っていてもその強烈な臭いが漂ってきそうなボロボロな服とボロボロなズボンを身にまとった人もいる、四人は自分の達の着ている服をそれぞれが眺めて自分達が場違いな場所にいるような錯覚を覚えた。

「スゲーなー」と里香が呟いた。
他の三人は初めて見るパンクと言うカウンターカルチャーに圧倒されて何も言えなかった。
四人は下を向いて沈黙したまま、早くライブが始まってくれると良いのにと思っていた。

会場の片隅でトラブルが起こったようだ。
酔っぱらった自衛官が二人で順繰りに、そこに集まった人々に絡み始めたのだ。
四人はさすがに女子高生の女の子には絡んで来る筈はないだろうと思っていたのだが、現実はそう甘くなかった。
見上げるような大柄な体格の上下迷彩服を着用した男二人は四人が座っている所にやって来て、ろれつが回らない泥酔状態の状態で訳がわからない因縁をつけ始めて絡んできたのだ。
四人はパンクのライブに来るのも初めてだが、大人の男で大柄な体格の酔っぱらいに絡まれるのも初めてである。
このような時にどう立ち回れば良いのか?学校も親もテレビも社会もそんなことは絶対に教えてくれない。
回りで見ている人は誰れ一人助けに来る気配もなく、それどころか「気の毒に」「ご愁傷さま」と言った表情で女子高生四人が困り果てる姿を冷笑して楽しんでいるのだ。

困り果てた四人の元に「こっちにおいで」と革ジャンにキャッツアイの女の人とその仲間の男の人四人と山形から来た二人の男の人が四人の所にやって来て、口論の末に酔っぱらいから逃がしてくれた。
「地元の人?」キャッツアイをかけた女の人が聞いてきた。
「一関から来た」と答えたら、「この人達岩手県人だって」と女の人が仲間の人に伝えた。
「お~!!」と言った声が上がりどうやらこの人達も岩手県の人らしい、まずこの人達と一緒にいればトラブルから逃げられる事は確からしいがこの人達がヤバい人でないと100%保証出来るわけでもない。
そんなことを四人が考えていたら、女の人が「面倒なのが来たから1回トイレに行こう」と四人を誘った。
四人がキャッツアイをかけた人が見ている方向を見ると、革ジャンにビスを打った金髪で坊主頭のゴリラ顔でいかにも喧嘩早そうな二人組が回りに睨みを利かせながらこっちにやって来た。
「あの二人組の一人は、今日一緒にいる大原ってすげぇ汚ねぇカッコウした奴の兄貴で、ボクシング上がりで体育会系のそれも右寄りのスキンズで考え方もパンクとは違う暴力的で凄い怖い人だから関わらない方がいいよ」と歩きながら女の人は教えてくれた。

トイレに着いたらその女の人は面倒クサイと言わんばかりにキャッツアイを外した。
キャッツアイの下の素顔は、革ジャンをまとった外見とは全然違う優しそうな顔をした女の子の顔があった。
「私この顔だから舐められると思ってサングラスしているの」と優しそうな笑顔でニッコリと笑った。
どこかで緊張していた四人の間にホッとした空気が流れて、お互いの自己紹介を交わした。
泉と言う女の子は「私の方が年下だけど失礼な事は言ってないよね?」と四人に聞いて確認すると、「全然大丈夫」と里香がそう答えて自分達はバンドをやってる事を泉に伝えた。
「盛岡のライブに出たかったら紹介してあげるよ」と泉にそう言われた四人はお互いの顔を合わせると是非よろしくお願いいたしますと泉に頭を下げた。
泉はそう緊張しなくても良いからと笑顔で答え、泉自身もドランカーズと言うバンドのマネジャーをやっている事を四人に伝えた。
こうやってトイレで時間を潰した女子高生達は、エレベーターで下まで降りるとお菓子とジュースを買うとまた6階に上がって行った。

「まだ開演しないの?」泉がキャッツアイを掛けた男に話かけると、さっき知り合った山形から来た二人組が買ったばかりのレコードをネタにして盛り上がっている。
キャッツアイの男は「まだじゃないの?俺何だか帰りたくなってきた」と言って背伸びをして大きなアクビをした。
「あの人泉ちゃんの彼氏?」智美が泉の耳元でこっそりと聞いてきた。
泉は「あれが?」とキャッツアイの男に指を差すと少し間をおいてから腹を抱えていきなり笑いだした。
四人は何がなんだかわからないでキョトンとしていると、「兄貴だよ」と言ってまた笑って
「兄ちゃんサングラス取って」と兄に指示した。
「嫌だ」と言いながらキャッツアイを外した泉の兄も見てくれとは違く童顔で優しそうな顔をしていた。
「あっ !」それまでここに来てから一切口を開いていない咲が初めて声を出した。
「咲どうした?」里香が不思議そうな顔で咲を見たが「何でもない」と咲は里香の問いにそう答えた。

咲は何処かであったような気がする泉の兄を見つめていたら、人違いでなければ一年生の春の遠足で厳美渓に行った時に咲めがけて投げられた中身が入ったペットボトルが背中に当たったあの時の人だと確信した。
何で覚えているのだろう咲は自分でもよくわからなかったが、ずーと前から会いたかった人に再開出来たような気がして妙に心が嬉しかった。
咲が泉の兄を見つめていたら、向こうも視線を感じたらしく咲の方に視線を合わせた。
一度は直ぐに視線を外した泉の兄だったが、何かに気づいたらしくもう一度咲の方を見るとあれ?っと不思議そうな顔をした。

なかなか開場しないライブに集まった客はまあパンクのライブなんだからこんなもんだろう。
といつかは始まるさと開場を待った。
途中今日のメインのバンドで二人のボーカルが六缶パックのビールを片手に開演を待つ客の前に姿を現して
岩手、山形連合の所で立ち止まり何か話しかけてきたが、通訳不在で全員が緊張してしまい何を言われているのかわからなかったが、好意的に全員が握手をしてもらい記念に一緒に写真に写って貰った。
咲は泉の兄の隣にチャッカリ入って満面の笑みで写真に写った。
体臭が凄いのか香水の臭いが凄いのか、今まで日本人では出会ったことのない独特の香りがした。
会場全体が握手会と記念撮影会になりアットホームな雰囲気の中に包まれる中、
メインバンドの二人のボーカルが控え室に引っ込んで行った後に

地元の客の一人が野獣のようなボーカルの真似をした。

**450 million animals are mardered in britain ever yere to be shoved down your throst and shout out of your arse **

murder!!!!!!!!!!!

murderの部分は会場全体で叫んだ!

「何て歌っているの?」里香が誰に聞く訳でない言葉が勝手に口を出てしまったら
「英国で毎年4億5千万もの動物たちが殺戮されている、貴様の喉から押し込まれ、尻からひり出される 」
と泉の兄が答えてくれた。
それを見ていた咲は泉の兄は意外と頭がいいのかな?とほぼ初対面でも妙に気になって仕方がなかった。

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咲が和彦と二人きりになったのは、この日の4バンド目の事だった。
一曲目のイントロのギターの音が鳴り響くと、泉は和彦と視線を合わせると里香、智美、美彩を引き連れて
濁流のようなノリの中に喜んで飛び込んで行った。
「一緒に行かないの?」和彦は咲に訪ねたが「ここで見ている」と小さな声で答えた。
しばらくすると「前で暴れないの?」今度は逆に咲が泉の兄に聞いてきた「暴れたくても帰りの体力を考えるとまずいよ」と和彦はそう笑顔で答えると「俺ら何処かであったよね?」と咲に聞いた。
「厳美渓で会った」咲がそう答えると泉の兄は「何かずーっと昔から知ってるような気がするんだよ、厳美渓の時も帰ってからあの高校生泣いてなければいいなと思ってたよ」
咲が真っ赤な顔で照れてうつむいた。
「名前教えてくれる」ライブの爆音の中で和彦が咲に聞いてきた。
「私の名前は花畑 咲! そっちの名前は?」
「えっ俺の名前? 雪野 和彦! 聞こえた?」
「うん聞こえた和彦君だね」
「何時からパンクを聴いてるの?」咲が和彦に聞いてきた。
ライブを体感し身体を揺らしながら和彦は答えた「高校1年生の秋からだから7年前それがどうかした?」
「ベテランだね! 私にもパンクを教えてくれる?」
「もちろん喜んで教えるよ!」
二人はステージを眺めながら話を続けた。
ステージの上からは人が降るように途切れないダイブの嵐が続いた。
「何かスゴいね!」咲が和彦を見ながら目を輝かせて言った。
泉が調子に乗って続けてダイブするのが見えたが、頭からフロアに落ちたみたいだ。
「アイツ」和彦が泉を救出に濁流の中に入って行った。

しばらくして戻って来た雪野兄弟だが「お前調子に乗りすぎ」和彦は山形から来たパンク二人組に助けられた泉に文句を言った。
「兄ちゃんいつ結婚したの?」頭を打った泉がわざとなのか、頭を打って変になったのか妙な事をいい始めた。
「だって咲ちゃんは兄ちゃんの子供を生むよ」咲が顔を真っ赤にしてうつむき、
和彦が泉にいい加減にしろと言ってホントに困った奴だな!と怒っている間に4バンド目のライブが終わりフロアで乗っていた人が後ろに戻って来た。

「あっちー!」里香がTシャツの首もとを手でバタバタさせながら泉の所にやって来て
「泉ちゃん大丈夫?」と声をかけた。
智美も泉がダイブした時に頭から落ちたのを目撃している。
「ダイブした後の記憶がない!」と泉は笑いながらそう言ったが、
「さっき言った事を覚えている?」と咲に突っ込まれると「咲ちゃんに言った事は、ホントの事だからね! 私には未来が見えたの」宣言したが、回りはバカバカしいとばかりにハイハイと泉を相手にしなかった。

大原が「新曲やりましたよね?」と和彦に尋ねた。
「二曲もやった!凄いカッコ良かった」和彦は興奮ぎみに答えながら女子高生の方を向いて
「全部カセットに録音しているから欲しかったらダビングしてあげるよ」言ったら四人は顔を見合わせると「欲しいのでダビングお願いいたします」と頭を下げた。
咲はさっき和彦と話した事がカセットに入ってなければいいなと、ちょっと思った。

主催者が始まる前に「FUCK OFF」と怒鳴った後に、最後のバントが始まると、客のノリは最高潮に達しフロアの中は蒸し風呂のように暑かった。途中泥酔した山形の自衛隊二人が乗らない客を「座ってんじゃねえ!乗れよこのバカ野郎」と怒鳴ったが、演奏が始まると濁流の中でその二人目掛けてのドロップキックやジャンピング二ーパットの集中攻撃が始まった。
和彦と咲は二人並んでライブを見てると、泉は勿論里香や智美オマケに美彩まで自衛官にどさくさ紛れのジャンピング二ーパットをやっている。
そんな彼女達の姿を腹を抱えて笑いながら眺めても咲は隣に立つ和彦の方がずっと気になって仕方なかった。
手をぎゅっと握って貰えたら私は凄く幸せなんだろうなとか、腕を組んで欲しいなとライブとは別の妄想を少し思い浮かべながらも、咲は生まれて初めててのパンクのライブを思いっ切り楽しみライブが終わる頃には
二人は普通に話が出来るようになっていた。
「このバンドのレコード持ってる?」咲は和彦に聞いた。
「全部持ってる!!近くに住んでいたら普段から一緒に遊べるのに…いや変な意味でなくてね…真意が伝わらないなあ…もし咲ちゃんが気を悪くしたら謝るよ」
「謝らなくていいよ!こうやって話をしてるのが幸せだから、ねぇもしよかったら手を繋いでくれる?」
「エッ俺でいいの?」
「うん」

二人がこうしている間に、
汗だくになった泉、里香、智美、美彩が戻って来て一関の女子高生三人は驚いた。
それは男の人と絶対に話しが出来ない筈のあの咲が男の人と普通に笑顔で話をしていたからだった。

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「じゃあな今度は盛岡で会おう」それぞれがまた会うことを信じて別れた。
一番最後までエレベーターに乗らなかった咲と和彦がエレベーターに乗り込むと、
付き合っているわけでもないのに何だか別れるのが悲しかった。
「また会えるから」和彦がそう言うと咲が無言で頷いた。
エレベーターを降りると、「二人共遅せぇよ」と一斉に声が上がると同時に咲の姉が心配そうな顔をして咲を待っていてくれた。
そして咲は姉に今日知り合った和彦を紹介した。

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