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MOORE第3話 チャンスは誰にでもある 【#創作大賞2024 #漫画原作部門】

小さい頃からぬいぐるみになんて興味なかった。お絵描きにも興味なかったし、お花もふわふわしたドレスも好きじゃなかった。みんな他の女の子たちの好きなもの。わたしは他の子たちとはちがう「なにか」を見つけたかった。

だからTVで初めてアイルが走るのを観た時、わたしの背中に衝撃が走った。

その日はおやすみだったのに、パパはお出かけしようなんて言わなかった。テーブルの上にいろんな料理やお菓子を並べて、ソファに座ってじっとTVを観ていた。
「何がそんなに面白いの?」
TVの中ではたくさんの人がクルマの周りを動き回っていた。
「観てごらん、ミア」
パパはわたしを抱っこしてソファに座らせた、もうすぐムーアがスタートするからって。
男のひとたちに混じったたった一人の女のひと。
「ねぇ、この女のひともでるの?」
「うん、この赤いマシンが女のひとのマシンだよ」



「…きれい」

後から思えば、なにかをきれいだと思ったのはあの時が初めてだった。
花でも人形でもドレスでもない何かを。

「ミア、始まるよ。ここにいるのがさっきのアイルのマシンだ」

ひこうきが飛んで青いくもを吐くと、マシンが動き出した。わたしの目はその赤いクルマに釘づけだった。

「わぁ…」

アイルの走りは流麗で、それでいて誰よりもアグレッシブだった。背筋がぞくぞくとした。アイル、そこはどんな世界なの?あなたには何が見えるの?

「アイルみたいになりたい」

パパはきっと私が本気だと思っていなかったから軽い気持ちで答えた。

「ミアならなれるよ」

 
MOORE GATE(ムーアゲート)の記者会見の場。ミアが壇上でマイクを持って話している。

「私のように何も持たないひとりの少女でもMOOREに出る夢を叶えることができた…。その夢を切り開くきっかけを与えてくれたのが、このアマチュア向けのレースMOORE GATE」

場内から大きな拍手が上がる。

ミアの招待で会場の片隅から記者会見の模様を興奮した面持ちで見学するカイルとジル。二人の後ろで複雑そうな顔をしたジャンが立っている。

拍手が止むのを待ってから、ミアの隣に立っている上等なスーツに身を包んだ銀髪の紳士が話し出す。

「近年、プロのドライバーやナビゲーターはレーシングスクールを修了しプロとしてのライセンスを取得するのが一般的ですが、その学費の高さ故にプロを目指すことのできない、いわば夢を追うことのできない子どたちも大勢います」

夢を追うことのできない、という言葉がカイルの耳に引っかかる。

俺たちはこのままじゃ夢を追うことなんてできないのか?
もしアイルがいてくれたなら、俺も今頃スクールに通えていたのか?
もっと違う道があったんじゃないか?
ムーアだってマシンだってもっと小さいうちから身近にあったのかもしれない。

クラスメイトの声が脳裏によみがえる。
きーみのはーはうえは死んだんだったね

アイルは死んでない。でもここにもいない。

俺は、今の俺にしかないもので戦うんだ。
カイルは後ろに立つジャンとジルに目をやる。
俺と、俺の家族と。

カイルは、ジルの肩に腕を回す。

「…その不均衡を是正するために我々FIM(MOOREのオーガナイザー)が始めたスカウトレース、それがMOORE GATE、通称MGです。
レース経験のない未成年者や子どもたちでも選抜を通過すればFIMの主催するスペシャルコースに参加し、そのコースで一定以上の実力を認められた者はMGに参加することができます。
あるいは18才以上で運転免許を持つ者であれば、予選会さえ通過することができれば老若男女問わず誰でも参加することができる。ストリートや草レースで経験を積んだドライバーやナビゲーターの実力を我々は軽視することなく平等に迎え入れたいと思っています」

一際大きな拍手が上がる。

「このMGで良いパフォーマンスを発揮ことができればスポンサーを獲得しスクールへ通いながらプロを目指すこともできるし、上位入賞し実力を認められれば協会の判断でライセンスを発行する可能性もあります」

カイルがジルの肩に腕を回す。
「なんだよ」
「ジル、これなら本当に俺たちでもMOOREを目指せるんじゃないか?」
カイルがひそひそとジルに話しかける。
「…カイル、会長の言うこの『選抜』がどれくらいの倍率だか知ってるのか?」
カイルが首を振る。
「1万に1人だぞ。ミアだって何万人の中から選ばれたんだから」
「…え、でもやってみないとわからないだろ?」
あくまでも呑気で前向きなカイル。現実的なジルは信じられないという顔でカイルを見る。
「大丈夫、俺たちふたり一緒ならなんとかなるって。才能あるだろ、俺たち?」
と言ってにかっと笑う。
才能もあるも何も、ジルは本で読んだのとジャンが作業しているのをみているだけで、実際はマシンはおろかクルマにだって触ったことない。
カイルだって、超人的な運動神経があるのは確かだけど、自転車にしか乗ったことがない。

現実見ろよと言いたくなる言葉をジルは飲み込む。
それを言ってしまったら、その言葉が全てを運命づけてしまうような気がしたから。

ジルは昨日ミアと交わした会話を思い出す。


「MOOREを目指すなら、君たちもこのレースに出るのよ」

「えぇ!?」

「でもどうやって!?」

「簡単よ。ジルなら『選抜』は知っているでしょ?」
ジルは頷く。

「選抜で行われるのは体力テスト、ドライビングテスト、総合的な筆記テストと工学に関する筆記テスト、整備の実技、グループワーク、面談、あとは健康診断くらいかな」
「結構あるな…」とカイルが腕を組む。
「あくまでも選抜の時点ではドライバー、ナビゲーターに分けて試験を行うわけじゃないからね。たまにいるのよ、ドライバー志望していてもナビゲーターに適性のある人とか、その逆とか。もちろん試験官は子どもたちがテストで高得点を出すことを期待しているのではなくて、素質と適正を見たいんの。と言っても何かひとつ光るもの、試験官の目に留まるような素質がないといけないけど」

そんな俺たちが本当にMGを目指せるのか?

気がつけば記者会見も終盤に差し掛かっている。
「MGで勝てば、4年後のMOOREだって夢じゃない」
ミアがこの言葉で締めくくると、場内は大きな拍手に包まれる。

質疑応答を終えると、ミアが銀髪の紳士を連れてカイルとジルのもとにやって来る。

「カイル、ジル、こちらがFIMのヒル会長よ」

銀髪の紳士がにこやかにカイルとジルに手を差し出すと、後ろに立っていたジャンに気がつく。

「…ジャン?遠目だと全然わからなかった。ミアが合わせたい人がいるって、お前の子供たちか」

「何?ジルのお父さんって会長と知り合いなの?」

ミアが知らなかったとばかりに双方を見る。

「知り合いも何もジャンってあの…」

と会長が言いかけたところを、ジャンが大慌てで会長の口を塞ぐ。

「…俺のことガキ共に知られたくないんだよ」

ジャンが会長に耳打ちする。会長は事情を察するとにこやかに言う。

「ジャンって昔あのFIMのマスコット、ファルコーン君の着ぐるみの中に入っていたんだよー」

「…マジか!?」ジャンのことを見直すカイル。

「…そうそう、俺みたいなガタイだと中に入るのが大変でねー」
と適当に相槌を打つジャン。

(なんでよりによって着ぐるみなんだよ)
(すまない、そこにいたのが目に入ったから)
小声で会話する二人。

「それよりお前ら、ちゃんと会長に挨拶しろよ」
ジャンに言われてきちんと背を正すジルとカイル

「ジル・ヴィル、12才です!」

「カイル・ジェンセン、12才です」

「…ジェンセン?」

会長の表情が変わる。

「ジルは俺の息子で、カイルはアイルの息子なんだよ」

ジャンが会長に向かって説明する。

「…そうか、アイルに息子さんがいたなんて知らなかったよ」

会長がカイルとジルに向き直る。

「君たちもMOOREは好きかい?」

「好き!…っていうより俺たちいつかMOOREに出るんだ。俺がドライバーで、こいつがナビゲーター」

会長の目に、ある子供たちの姿が思い出される。

「…いつかMOOREに出るの。私がドライバーでこの子がナビゲーター」
「は?俺がドライバーって言っただろ、アイル」

「昔の君たちにそっくりだな」と会長はジャンに向かって言って微笑む。

会長はカイルとジルに向き直って尋ねる。

「じゃあ君たちも選抜に参加してみるかい?」

「いいの、おっさん?」

「カイル、会長に対して失礼でしょ」
ミアがカイルをたしなめる。

「おっさんか」と言って会長は笑う。

「もし君が将来的にMOOREに出るためにチームに所属したりスポンサーを獲得したいと思うならどんなに実力があってもそれじゃダメだよ。君たちは優秀なドライバーとナビゲーターであり、優秀な営業とプレゼンテーターでもあるんだ。だからこれからは言葉遣いにも気をつけるんだ」

「すみませんでした、会長!」

その言葉を聞いて会長は吹き出す。カイルとジルはきょとんとする。

「なーんて、ちょっと会長っぽいこと言ってみたかったんだよね♪ 」

そこに生真面目そうなアシスタントの美青年が現れる。

「会長、あちらでスポンサーがお待ちです」

青年は容赦なく会長の背中をぐいぐいと押していく。

「またな、ジャン。君たちも選抜で会うのを楽しみにしているねー」
 

自宅に戻ると、リビングではカイルとジルがMGと選抜について作戦会議を始める。リビングのTVでは、今日の記者会見の模様が流れている。

ジャンがリビングにやって来るとカイルが走り寄っていく。
「ジャン、聞いてよ俺たちの作戦!」
カイルの言葉にも取り合わず、いつになく真剣な顔のジャン。その様子に気圧されるジル。
「…どうしたの、親父?」
ジャンはカイルとジルに向かってきっぱりと言う。

「お前らには絶対レースをやらせないからな」


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