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MOORE第2話 いつか…じゃない【#創作大賞2024 #漫画原作部門】

俺たちはどうしてこうなってしまったのだろう。

その夜は雨が降っていた。
滝のように降る雨。
屋根を打つ雨の音がうるさすぎて、もうすぐ4歳になるジルは真夜中を過ぎても寝つけないでいたから仕方なく絵本を読んでいた。雨は止むこともなく、勢いを増すばかりだった。だからドアを叩く音が聞こえてきた時だって扉を開ける気になんてならなかった。

何年も会っていなかったのに、何ひとつ変わっていなかった。
周囲の人を惹きつけるひたむきな眼差しも、ステアリングを握るには細すぎる腕も。

「ひさしぶり」

そう言ってアイルは俺に笑いかけた。あの頃と同じ、屈託のない笑顔。

「ここじゃ濡れるから中に入れよ」と言ったが、アイルは首を振った。
「あの人に悪いからここでいいよ」
「どうしたんだよ、こんな遅くに突然」
「悪い、でもどうしてもジャン以外に頼める奴がいなくて」

アイルのその細い腕には何かが抱かれていた。それは生きもののようで、雨に濡れないよう包まれたブランケットの下でもぞもぞと動いた。アイルがそっとブランケットをよけると、中ではジルと同じくらいの歳の子供が眠っていた。

「どうしたんだ?このガキ?」
「ん…ちょっとね…」とアイルははぐらかした。
「ちょっとね、じゃないだろ……お前の子か?」

アイルはその質問には答えなかった。
お前が?結婚したのか?誰と?いつの間に?
疑問は次から次へと押し寄せるが、やっとのことでそれを飲み込んだ。

「ジャンの足元にいる子は?」
いつの間にかジルがベッドを抜け出して、俺の後ろからアイルのことを興味深げに見ていた。
アイルは子供を抱いたまましゃがむと、ジルに話しかけた。
「名前はなんていうの?」
「……ジル」
突然話しかけられて恥ずかしそうにジルが言った。
「なんさい?」
ジルはおずおずと指で3という数字を作った。
「そっか、カイルと一緒だね」
アイルは微笑んでジルの頭を撫でた。
「ジル、カイルの友だちになってあげてね」
ジルの頭に雨水が滴り、ジルは犬のように頭をぷるぷると振った。

アイルは立ち上がると再び俺と向き合った。

「ジャン、約束してほしいの。
もしも私に何かあった時にはこの子を、私の代わりにカイルを育てるって」

「もしもって何だよ…」

アイルはカイルの額にキスをすると、俺の腕に無理やりカイルを抱かせた。

「それから、いつかカイルにこう伝えて欲しいの。
『血が家族を作るんじゃない。絆が家族を作るんだ』って」

「それってどういう意味だよ…」

嫌な予感がした。何かが起こるような。

「ジャン、あんたはいつもいい奴だね」

そう言うと、アイルは俺の頬にキスをした。

「ジャンがいつまでも私のパートナーでいてくれたらよかったのに」

アイルはそう言って笑うと、俺の目を覗き込んだ。
アイルの瞳はどこまでも深く、楽しげなのに同時に憂いにも満ちていた。

俺だって、いかなる時もお前がパートナーだったら良かったのにと思っていたよ。


目を閉じ、再び開けると、アイルの瞳が俺のことを覗き込んでいる。
「ジャン、大丈夫か?」
「アイ…カイルか」
「ガレージで寝てると風邪引くぞ、親父」
そんなつもりはなかったのに、ガレージの隅に置いたソファでうたた寝をしていたらしい。
「ジャン、ミアとヴィッキーナがポーチェに来てるって連絡くれたから、ジルと旧市街に行って来てもいい?」
「あぁ、でも夕飯までには帰ってこいよ」

カイルとジルがガレージを飛び出していく。

あの夜家から走り去っていったアイルと、
ガレージを飛び出していったカイルの姿とがオーバーラップする。

あの後まもなくMOOREが開催され、
その最中にアイルが事故に遭って行方不明となった。
現在となっては、彼女はその事故で死んだというのが通説だ。

アイル、お前そのまま消えやがって、どこに行ったんだよ……
もし生きているなら帰って来いよ……


- MOOREのスタートから半年後。

ミアとヴィッキーナに会うため旧市街へと向かって走るカイルとジル。抜群の運動神経に加えて半年前から始めたトレーニングのおかげで超人的なスピードで走っていくカイル。

「ジル、さっさとしろよ!」
ジルも同じトレーニングで鍛えてきたはずなのに、全然ついていけない。
「お前みたいに走れるかよ!」

カイルはジルの方を振り返りながら走っていたので、目の前に立っていた人に気がつかずに突っ込んでしまう。
「ん?」
柔らかい感触。前に向き直ると、そにいたのは…。

「ミア!!」

ミアが余裕たっぷりの表情で腰を手に当てて立っている。背は変わらないけど、さらに大きくなった胸。少し長くなった金髪をポニーテイルにして、膝丈のフレアワンピースを着ている。以前よりも女性らしく見える姿にジルは少し赤くなる。

「久しぶり!」

そう言ってミアを抱きしめるカイルと突然のハグに慌てるミア。ヴィッキーナがやんわりとカイルをミアから引き剥がす。

「コンディションはどう?」

再会の挨拶を終えてからジルがミアとヴィッキーナに尋ねる。


- 半年前のMOORE。

スタートグリッドでマシンに乗り込んで空を見つめるミア。
飛行機の機体から赤い煙が吐き出されるのが目に入った。
「いくよ、ヴィッキーナ」
ヴィッキーナは無言で頷いた。

アイル、あなたに追いつくんだから。
そう思いながらミアは大きく息を吸い込んだ。

煙が白から…青へ。

ギアを1速に入れ、ミアはアクセルを思い切り踏みこんだ。

MOOREではスタートから旧市街の門を抜けるまではニュートラルゾーンに設定され、追い越しは禁止されている。オープニングパレードとして、また万が一事故が起きた際の建物の損壊を防ぐためでもある。

旧市街の中ほどでミアが異変に気がついた。

『…え、ここってニュートラルゾーンでしょ!?』

ミアの前後を走るマシンの挙動がおかしい。
わざとタイミングをずらしたブレーキング、まるでミアを隊列から弾き出そうとするかのように。わからない程度に執拗に妨害工作が続いていた。

「あいつ…」

スタート直前、ミアに話しかけてきた小柄で狐に似たベテランドライバーがいた。ミアが握手に応えると、ぼそっとつぶやいた。
「お嬢ちゃんみたいなドライバーはいいよな、体ひとつ売れば実力がなくても晴れ舞台に立てるんだから」
「え…」
それまでの血が滲むような努力を何ひとつ知らない人間にどうしてこんなこと言われなくちゃいけないの?
「私…してない、そんなこと」
「はぁ?んなわけないだろ、こんなおっぱいだけの小娘が世界最高峰のレースに出るなんてよ」
会話を聞きつけた筋肉隆々の別のドライバーがそう言って笑った。
「お嬢ちゃんみたいな資格のないガキは俺たちが叩き潰してやる」
ベテランドライバーはミアに向かって中指を立てると、そのまま自分のマシンへ向かった。

「レースが始まってからやるならまだしもニュートラルゾーンで仕掛けてくるなんて」
ミアのステアリングを握る手に力がこもった。旧市街さえ抜けてしまえばこっちのものなのに…。
その時、ヴィッキーナが叫んだ。

「ミア、前後だけじゃない!左もだ!」

隊列で並走していた大型のマシンがミアたちの方に向かって幅寄せしてきた。

「しまった…!」

とミアが思った時にはタイヤ同士が接触していた。
あらぬ方向からかかった力でミアたちのマシンはコントロールを失い隊列から弾き飛ばされた。

回転するマシン、目の前に迫ってくる壁。観客の悲鳴と歓声。

その瞬間、ミアの目にすべてがスローモーションに映った。
マーシャルの振る旗、何事もなかったかのように先へと進んでいく後続のマシン、立ち上る白煙、シャシーが壁に衝突して潰れていく様、サスペンションが折れて外れるタイヤ、崩れ落ち頭上から降ってくる壁のレンガ、実況の叫ぶ声。全てが信じられないくらい緩やかで鮮明だった。

次の瞬間、想像を絶する衝撃と痛みが全身に走り、ミアの意識はブラックアウトしていった…。


「うーん、まだまだ調子みながらね」とミアが腕を見せる。そこには生々しい傷跡が残っている。
「次シーズンにフルで復帰できるかわからないけれど、もうテストドライブは参加しているの」
「テストどんな感じ!?」
「それがね、1回目は久々すぎて大変だったんだから!」
ミアたちのテスト走行の話題で盛り上がる4人。

話がひと段落したところで、カイルはミアとヴィッキーナに尋ねる。
「…でさ、今回はなんでポーチェまで来たの?」
ミアとヴィッキーナが所属するチームの拠点はポーチェから離れた街にある。

「明日ここで記者会見があって来たの」とミアが答える。

「実はまだオフレコなんだけど…」

そう言ってミアはヴィッキーナに合図をする。
ヴィッキーナがおもむろに取り出したポスターは…。

「MOORE GATE!!」

ジルとカイルが興奮気味にポスターにかぶりつく。

「MOORE GATE(ムーアゲート)、
通称MGは文字通りMOOREの登竜門となるアマチュア向けのレース。
今年のMGはここポーチェを舞台に始まるの。そして私は今回ゲストドライバーとして招待されたわけ」

「すっげーな、ミア」

カイルが憧れの目でミアを見る。
ミアはあんなクラッシュがあったのにもう次へと向かっていろんなことにチャレンジしている。なのに俺たちはまだ何も始められてない…。
カイルが拳をきつく握りしめる。

「何言ってるの、カイル」

ミアは不思議そうな顔でカイルとジルを見る。

「MOOREを目指すなら、君たちもこのレースに出るのよ」


#創作大賞2024 #漫画原作部門 #少年マンガ #冒険 #レース #アクション #冒険ファンタジー


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