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【ハーブ&スパイスビール】五香粉をビール向けに自家ブレンド

こんにちは。阿部淳哉です。香りにかかわる創作活動をしたいと思っています。
本職はビール醸造家(株式会社CRAFT BEER BASEの醸造ディレクター)で、ホップにとらわれない多種多様なハーブ&スパイスを使ったビール造りをしています。

前回の投稿では、西洋の冬をイメージして造ったアニスシード香るビールを紹介しました。
今回も過去に造ったオリジナルのハーブ&スパイスビールを紹介させてください。


概要

〇ビール名
『Wu-Xiang Ale』

〇基本ハーブブレンド
・肉桂(カシア)
・八角(スターアニス)
・丁子(クローブ)
・山椒(ティムール or ネパール山椒)
・アメリカンホップ(特にCascadeやCentennialのようなシトラシーかつスパイシーな品種が好ましい)

〇インスパイアされたビアスタイルや他の要素
・五香粉
・アメリカンスタイル・アンバーエール

〇アルコール度数
6%

〇リリース年月日
・初回  2019年12月26日
・二回目 2021年4月2日
いずれもCRAFT BEER BASEにて製造・販売

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「五」~調和と一体の数~

Wu-Xiang Ale(五香エール、ウーシャンエール)は、中国のミックススパイス「五香粉(ウーシャンフェン)」をビール向けに自家ブレンドし、香りづけに使用したアンバーエールです。
(パウダースパイスではなくホールスパイスを適度に砕いて使用したので、厳密には「粉」ではありませんが)

五香粉は中華料理には欠かせないミックススパイスですね。五香粉さえあれば、どんな料理の素人でもそれなりの麻婆豆腐ができてしまう恐ろしいやつです。

五香粉には様々なブレンドがありますが、よく用いられるのは花椒(ホアジャオ)、八角(スターアニス)、丁子(クローブ)、肉桂(カシア)、茴香(フェンネル)、陳皮(オレンジピール)、などです。「五香」とは言いますが、使用するハーブやスパイスは五種類でなくともよく、もっと多くがブレンドされることもあります。

僕は五行思想に詳しいわけではありませんが、それでも古来より中国文化から多大な影響を受けてきた日本人として、数字の「五」には特別なニュアンスを感じ取れます。それは単なる「個数としての五」だけではなく、かといって「数が多い」ことでもない、いうなれば「調和」のニュアンスです。「五」から思い描くのはむしろ「一体」です。

このように「五」という数字を特別視するならば、腕のいいブレンダーが調合した五香粉からは、中身の分析などもはや意味がないと思わせるような「一体感」があるべきでしょう。

分析など意味がないと書いておいてなんですが、、、

やはり自分がハーブをブレンドした際に工夫したことについては、どうしても説明・紹介したくなってしまいます。今回であればビールに五香粉を適用して一体感を生むために工夫したポイントは何だったのか、紹介させてください。

アメリカンホップを含めた五香粉のブレンド(脱線して目指すビール造りの話)

いきなり話がそれますが、冒頭でも書いた通り、僕が提案したいのは「ホップにとらわれない多種多様なハーブ&スパイスを使ったビール造り」です。しかし、これは決してホップの効いたビールに対する「アンチテーゼ」ではありません。
ホップがビールの主な風味付けハーブとなってから約500年が経過しました。ビールは5,000年以上前から造られていたといわれますから、500年はビールの歴史にとっては短いように思えます。しかしご存知の通り、この500年間の科学や哲学の発展は目まぐるしいものであったと伝えられています。きっとビールとホップの関係についても先人たちが濃密な思考を巡らせたことでしょう。
この500年に思いをはせるに僕は、ホップ以前に造られていたという古のハーブ&スパイスビールと同様に、現代のホップの効いたビールにも多大なる尊敬を寄せずにはおれません。僕はビール醸造家として、古のビールと現代のビールの「合(ジンテーゼ)」を発展させることに貢献したいのです。

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それを踏まえたうえで、本作の五香粉ブレンドでは「ホップを含めた五種のハーブ&スパイスを使用すること」をテーマとしました。
(ここでの五は「個数としての五」も意味しています)
ビールの主原料であるホップのフレーバーを、いかにして五香粉に馴染ませて一体感を生むか。そこで着目したのはクラシックなアメリカンホップに顕著な柑橘フレーバーです。

ホップには開発された産地や時代によって様々なフレーバーの品種があります。中でも1970年台アメリカのクラフトビールムーブメント黎明期にリリースされた「Cascade」なる品種は、それまでのヨーロッパ系ホップが持つスパイシーでフローラルな香りと、当時としては革新的であった柑橘系のフレーバーが見事に調和した、今なお色あせない名作ホップです。

さて、上述の通り、五香粉には陳皮(オレンジピール)が定番として用いられます。本作の面白いところは、敢えて陳皮をブレンドせずにCascade(または近縁種のCentennial)の柑橘フレーバーで代用し、なおかつCascadeのスパイシーさを丁子や肉桂などと合わせて「ビールにおける五香粉」としての一体感を狙ったことにあります。

また、ベースのビアスタイルをアメリカン・アンバーエールのような適度に麦芽フレーバー(カラメル感や香ばしさ)の効いたものにしたことで、ホップだけではくスパイスの温かさも良く馴染むビールに仕上げました。

ネパール山椒

ホップ以外のスパイスにも、ビールとしての調和を生むものを選択しました。それがネパール山椒(ティムール)です。

先にホップ品種のことを書きましたが、もちろん山椒にも品種による風味の違いがあります。日本の山椒(いわゆる山椒、学名:Zanthoxylum piperitum)には、魚料理にも合う上品で清々しい碧さを感じる香りと痺れがあります。中国の山椒(花椒、学名:Zanthoxylum bungeanum)には、肉料理の油っこさを打ち消す力強い香りと痺れがあります。ネパール山椒(ティムール、学名:Zanthoxylum armatum DC)には、アチャール(ネパールのお漬物)の酸味に適したジューシーな香りとマイルドな痺れがあります。

ティムールのジューシーな香りはまるで缶詰のミカンを思わせます。これが醸造酒に特有のフルーティーなエステル香(日本酒でいう吟醸香)と非常に良くマッチします。痺れがマイルドなのでビールの軽快さを損なうこともありません。個人的にティムールはビール醸造に最も使いやすい山椒だと思います(もちろんどんな効果を狙うかにもよりますが)。

ティムールはあまり見かけたことがない方も多いと思いますが、現地の方が運営しているような少しディープなスパイス屋さんに行けば入手可能です。僕も東京に遊びに行った際、新大久保のスパイス屋さんを覗いてたまたま発見したのが初めての出会いでした。知っている山椒のようで全く違うオリエンタルな香り。その興味深い香りに非常に創造力が刺激され、大阪に戻る新幹線の中でWu-Xiang Aleのレシピを思いついたのでした。

やっぱり、香りは価値創作の可能性に溢れています。

最後に宣伝

今回ご紹介したWu-Xiang Ale、興味を持っていただけたでしょうか。
このビールはとにかく食事との相性が素晴らしいです。中華料理はもちろんですが、良く焼いた肉に合わせると、まるで初めから五香粉に漬け込んだ肉の味わいになります。シナモンやクローブ、スターアニスの香りは、カラメルプリンなどのスイーツと合わせてみても面白いでしょう。
前回のWinter Anise Whiteとともに、これからも繰り返し造りたいビールの一つです。造ったら主に僕が所属するCRAFT BEER BASEで販売となりますので、よかったら通販サイト醸造部のFacebookページなどチェックしてみてください。
ではここまで読んで下さりありがとうございました。

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