ベートーヴェン、ピアノソナタ第8番『悲愴』のフレーズ構造、その0(基本構造編)
その1ではまず悲愴ソナタの譜例を使ってフレーズ構造の基本パターンを説明します。
↓のページにも基本的なことをまとめてありますので参考にして下さい。
フレーズの基本構造の概説
標準形
まず基本になるのは私が「標準形」と呼ぶ形です。これは要するに小節にピッタリ一致するようなフレーズ構造です。
ただし、2小節で1つの大きな小節と考えたり、逆に小節の半分を1つの小節と同じように考える、といったことが必要となります。
次の例は第1楽章の最初の2小節です。それぞれの小節は2つの拍節的な単位からできている2拍子です。拍子記号のCは一般には4/4拍子と言われていますが、4拍子というのは結局は2拍子の一種ですからここでは区別する必要はありません。
2つの小節を1つの大きな小節をなすものと理解するということは、この2小節が結びついて1つの構造を作っていると感じることです。そしてその時の結びつく力は、2つの小節にまたがるひとつながりのメロディーの骨格を作っている力と同一であると考えることができるのです。
上の例で、小節の後半が矢印の終わりを過ぎても続いているのは、女性終止と呼ばれる構造です。そしてこの女性終止を構成する2つの音は、実は小さい標準形になっています。1つの小節を2分割して、さらに2分割すれば4拍子になるわけですから、この2つの音もまた、拍節構造に一致しているわけです。
次の動画の2楽章の冒頭も標準形です。要するに標準形というのはごく普通の分かりやすい形で、ほとんどのピアノ曲の冒頭のメロディーは標準形で作られています。
そしてこれから考えていく色々な形は、標準形の変形として理解することができますし、標準形を土台として維持しています。ですから簡単に言うと、フレーズを分析するというのは、どこに標準形ができているのかを判定することなんです。
赤い矢印の間や前後にある音は、標準形の「装飾」として少しずつ理解していくことになります。
裏を取る形(ウラ)
では次の例を見て下さい。これはさっきの例のすぐ後、第5、6小節です。
冒頭のメロディーよりも色々と変化していることが分かると思います。ここで注目してほしいのは、例の中で青い矢印で「ウラ」と書いたところです。
これは、小節の後半から始まって、次の小節の最初までの位置に現れるフレーズ構造で、私はこの形を「裏を取る形(ウラ)」と呼んでいます。この例では、小節の後半よりもっと細かく、半小節の後半になっています。
ここで重要なことは、赤い矢印も青い矢印も、似たようなものに見えつつも、小節との位置関係の違いによって、異なった性質・性格を持つようになる、ということです。
フレージングでは単に音のつながりを考えるだけでなく、そのつながったグループが小節や高次の小節から見てどの位置にあるのか、ということを考えなければならないのです。
裏を取る形の別の例も挙げて置きます。次の動画では4小節で大きな高次小節が形成されています。また青い矢印で裏を取る形を示してあります。第29小節の頭から、第31小節の頭までに形成されています。そして同時に、第27小節の頭から、第29小節の頭へと、高次の標準形もぼんやりと存在していることが感じられると思います。
裏を取る形で重要なのは、その末尾が次の小節の先頭に入って終わるということです。
そこを強拍としてアピールする必要があまりない場合は、強拍の位置にあるのも関わらずグループの末尾として弱く演奏されることも多いです。
また次の小節が先頭から標準形を出す場合には、裏を取る形の末尾が隠れてしまうことがあります。こうなるとポピュラー音楽のドラムスで使われるフィルの形と全く同じになります。
標準形と裏を取る形を図で示すと次のようになります。
斜拍子形
裏を取る形は、後続する方向へのズレでした。ということは、先行側へのズレた形というものが考えられることになるでしょう。それを「ナナメにズレた拍子」ということで斜拍子と名付けることにしましょう。
しかし悲愴ソナタには斜拍子の例が少ないので、ピアノソナタ第4番作品7のロンドから例を挙げて説明します。次の動画は斜拍子を用いたフレーズの典型的なものです。
このように、小節の「枠」に対して、メロディーの枠が半分、先行側にずれています。
単純に斜拍子を考えると下の図のような関係になります。
しかし実際には、次の図のように1つ小さいレベルの斜拍子が2つ連続した形を斜拍子形フレーズと考えた方がいいでしょう。
潜在的に存続している標準形が、斜拍子の2つのグループを結びつけています。この形は結果として、標準形の枠を1/4先行側にずらした位置から始まることになります。
アナクルーシス(アウフタクト・弱起)について
上の図で、標準形が斜拍子の枠の後半に重なって出てしまうとどうなるでしょうか?標準形の直前に斜拍子の前半がくっついた形になります。これが実はアナクルーシスの構造の説明になっています。
次の例では3つ目の小節が標準形になったので、直前の斜拍子がアナクルーシスになっています。
斜拍子形フレーズについては↓のページでさらにいろいろな例を紹介していきます。
裏を取る斜拍子形(ウラシャ)
先程、斜拍子形フレーズを標準形との関係で説明しました。
では、標準形に対する斜拍子形に当たるものを、裏を取る形で考えてみたらどうでしょうか?
それは次の図のようになります。これはさっきの斜拍子形の全体を、裏を取る位置に置いたと言ってもいいですし、裏を取る形に斜拍子を付けた、と言っても同じことになります。これを「裏を取る斜拍子形」と呼ぶことができますが、長いので「ウラシャ」と呼ぶことにします。
ウラシャは標準形の枠を1/4後続側にずらした位置から始まることになります。
ベートーヴェンはウラシャの使用頻度が極めて高い作曲家です。
次に悲愴ソナタの第1楽章からいくつかの例を挙げます。とにかく何個も聴いてウラシャってどんな形なのか、ということを耳で覚えてしまいましょう。
第1楽章で提示部に戻る直前にベートーヴェンは様々なウラシャを連続させています。
上の例のすぐ後が、下の例です。いろいろなウラシャを連続的に使っていることが分かると思います。
第173小節後半からの右手は、ウラシャの1つの枠を1つながりの音符で満たしたもので、これは遅れるタイプのシンコペーションになります。
第2主題が始まる直前でもウラシャを連続的に使っています。
ウラシャの他の例は↓のページでも紹介しています。
カテゴリー:音楽理論
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