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フレージングの基礎理論 その2 「リズムの文法」

リズムの文法を考えることは可能なのか

文法

普通は「文法」と言うと、文章あるいは文字列を生み出すような仕組みを言います。

いくつかの素材と、生成のルールがあって、それらのみを使って生み出されうるような文章や文字列の全体を、その文法に対応する「言語」と言います。

このような言語観はまず数学の分野で「形式言語 formal language」という名の下で発展し、コンピューター・プログラミング言語などに繋がって行きます。それを自然言語の文法研究に応用したのがチョムスキーです。

ここで言うそれぞれの「言語」に属する文章あるいは文字列の全ては、それに対応する文法が決まれば自ずと決定されます。例えばaという文字を1つ右端に付け加えるだけの文法しか持たない言語の文章は、a, aa, aaa, aaaa, ….というふうに決まります。

そのような言語に属する文章はどれでもその文法によって生み出されたものですから、各々の文章はその生成のルールによって分析することによって、元の素材にまで還元できるはずです。

音楽で考えると、メロディーを生成するルールが分かれば、生成過程を逆にたどることによって、ぞれぞれのメロディーをより根源的な構造に還元できる、ということになります。

もしそのようなことが可能ならば、大変に魅力的な理論となるでしょう。


音楽の文法は過度に厳密であってはならない

しかしこのような文法は厳密すぎて、音楽のフレーズの問題には当てはまりません。

というのも、音楽のフレーズというのは複数の解釈が可能であったり、あるいは誤った解釈ですら可能なものだからです。

また、人間が作ったのではないものでなくても音楽に聞こえることがあります。

そして多くの人は、音楽を理解できても、必ずしも音楽を作るわけではありません。

ですから、音楽を生み出す能力に焦点を当てるよりむしろ、音楽として解釈する能力に焦点を当てる方が、フレージングの理論にはふさわしいのです。

つまり「人間はどうやって対象を音楽として解釈するのか」、これがフレージング理論の根本的な問題となります。


頭の中の「雛形 (スキーマ)」が文法的性質を持っている

私が考えているのは、人間が音楽を理解するために用いる頭の中の「雛形」つまりスキーマが、文法的に生成されるようなものなのではないか、ということです。人間の頭の中には文法に従った音楽の「形」についてのイメージが先にあって、現実の音楽をその中のどの形に一致するか判断することによって人は音楽を理解しているのではないでしょうか。

スキーマが文法的性質を持っていれば、人間は様々なパターンのスキーマをバラバラに用意しておく必要はありません。ですから人間が無限のパターンを記憶しているなどというスキーマ論の矛盾を回避することができます。

音楽は人間に理解できるように作られる。だから作曲家はできるだけ人間のスキーマに合致しやすいような形を使います。よって理解が容易なものほど、人間のスキーマそのものに近い構造を持っていると推測することができます。

リズムに関しては上記のような考え方が特に有効なのではないか、と私は思っています。それはリズムは図形に近い性質を持つからです。しかも図形といっても、数直線のような一次元の構造の重なりであり、角度のような変数を扱う必要はありません。あるいは音楽リズムは一次元図形である、と言ってもいいかもしれません。


時間区分の文法

時間の区分

音楽を構成する主要な要素には時間的要素と音程的要素があります。

時間的要素は言わば「形」です。コーヒーカップやお皿をイメージしてみて下さい。その時、カップやお皿に描かれている模様や絵柄が音程的要素であると言えるでしょう。

ここからは主として、形の要素、つまり時間的な要素について考えて行きたいと思います。

以下の議論は、音楽を認識する人間の頭の中にある雛形(スキーマ)についての議論であることを忘れないようにしてください。人間を抜きにして、音の時間的配置自体にこのような性質が備わっているわけではありません。


等時性(1:1の認識)

さて、次の譜例のように一定の間隔で鳴る音があるとしましょう。

このような外部の刺激が「一定の間隔である」と我々が分かるのは、我々が頭の中に一定の間隔であるものを測るための雛形を持っているためです。その雛形と外部の刺激がぴったり一致する時に、その刺激が一定の間隔であると分かるというわけ。

そのような雛形を、哲学や認知心理学ではスキーマと呼びます。人工知能や言語学ではフレームと呼ばれる場合もあります。

そのような雛形は、上の譜例のように8つの刺激に対応する形である必要はありません。下の譜例のようなものを連ねて行けば同じ形を得ることができます。

このような操作ができるためには、人間はある長さが、その隣のものの長さと同じ長さであることを感じ取れる能力があることが必要です。手拍子を一定の間隔で打つことができるのは我々にそのような能力が備わっているからです。

(この時、譜例の▲印は刺激の始まりの点を示していることに注目して下さい。普通、刺激の時間的な位置は、その刺激が始まったと感じられる位置となります。)

つまり人間に1:1の比率を認識する能力があれば、そこから一定間隔のパルス列を認識する雛形を生み出すことができると考えられます。

このような一定間隔のパルスは、リズムの最も単純な形態であると考えることができます。


下位分割(入れ子関係)

このようなパルス列は、もちろんパルスによって区切られた時間単位の列でもあります。

それぞれの時間単位が、小さな時間単位によって分割されると考えたらどうでしょう?

それは完全に、拍子と同じ構造になります。

大きな時間単位にも小さな時間単位にも、それぞれ1:1の認識が働いています。つまり異なった大きさの1:1の認識が同時に存在していることになります。

ただし、次の譜例のようにそれぞれの分割の単位は違っていても構いません。これでもそれぞれの構造は拍子と同じです。このような場合が自然にありうるのですから、複数のパルス列が平行的に存在していると言うよりも、大きいパルスの中に小さいパルス列が入れ子になっている、と考えた方が良さそうです。

ただし我々は一般的には、分割の単位が変化しない場合だけを拍子と呼んでいます。変化が起こっても、それは3連符などと考えて一時的な例外とみなします。


分割の仕組み

簡単に分割と言ってしまいましたが、分割の仕組みについて考えて置くべきことがあります。

4分音符の連続を2分割するならば、8分音符は4分音符と一致する地点と、4分音符の間のちょうど半分の地点に位置するはずです。

でも、4分音符のちょうど半分の地点がどこなのか、どうやって知ることができるのでしょうか?

数学でどうやって線分の中央を探したかを覚えていますか。線の端からコンパスを使って2つの同じ大きさの円を描き、円が交わった2点を結んだ直線と線分の交点が線分の中央となるのでした。これ以上に簡単な方法はありません。

時間の中点を探すのも、これと同程度の手間がかかります。このような回りくどいことを頭の中で繰り返しているとは思えません。つまり、4分音符の分割は、等分によって行われるのではないと考えられるのです。

ではどうやっているのか。

おそらく人間には、比較的単純な比率については、厳密ではないにしろ、それを判定する能力が備わっているということなのではないでしょうか。

つまり人間は、ある時間の長さに対して、その半分の長さや1/3の長さを大雑把に把握することができる、と考えざるを得ないということです。

半分や1/3の比率は、実際音楽の歴史を考えれば、人間にとって認識しやすい比率であったことがよく分かります。そしてこれらを組み合わせれば、1/4や1/6の比率を短い手数で得ることができます。これに対して1/5や1/7は人間にとって認識が困難な比率であると考えられるでしょう。

よって、4分音符は2等分されるのではなく、大体1/2程度の単位で連続する別のパルス列を入れ子にしているということになります。

拍節構造において等分という考えを捨てることには別の利点もあります。等しくない分割を拍子の一種に加えることができるようになるからです。


不等分拍子

3拍子を2+1に分割することは普通は拍子の1種とはなりませんが、小節1つ分の長さに対して2/3の比率を持つ長さの音符を考えれば、拍子に準ずる構造を持つと考えることができます。

それ以外に、付点リズム(3+1)や、3+3+2のリズムについても、拍子に準ずる構造として理解することが可能になります。3+3+2にリズムについては次の記事も参照してみてください。

ただし、1+2や2+3+3のように短い音価を先に出すような分割はシンコペーションの仕組みを考えなければ作れない。


音符を使うとこうした関係を考えなくても済んでしまう

ここまで考えてきて改めて思うことは、音符のシステムというものは実によくできている、ということです。

次の譜例のように、ただ音符を並べるだけで、それらが同じ長さを繰り返す基本的なリズムを持っていることがすでに示されています。8分音符を使えば、それが4分音符と1/2という基本的な関係にあることがすでに前提とされています。

しかし一方で、音符を使うことによって人は、音がそのような規則的な配置をしていることが実は自然なことではない、音を適当に並べても本来はそういうリズミカルな関係にはならない、ということを忘れているのではないでしょうか?


変換規則

音符の分割を変換規則と見なせば、形式文法の生成文法とだいたい同じものになります。ただし変換規則は比率だけ示せば十分ですので、次の2つの規則だけで、一般的な拍子の構造は全て得ることができることになります。

  • 1 → 1/2 + 1/2

  • 1 → 1/3 + 1/3 + 1/3

これにさらに準拍子の分割などを追加すれば、分割によって得られるあらゆる構造が得られることになります。


今後の展望

今回述べた内容まででは、小節の範囲に一致するグループとか、1拍に一致するグループ、などといった拍節的な単位に一致するグループしか考えられません。

上記の変換規則に、「アウフタクト(弱起)を追加する変換」といった規則を矛盾なく追加することができれば、フレーズの文法的な理論が得られることになるはずです。

次回はフレーズと拍節の関係について考察します。

カテゴリー:音楽理論

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