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Dancing Zombiez/加持祈祷-1 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

■序

今から四年程前の事である。
バンドマンなら誰もが知る、都内でも老舗の部類に入る渋谷のライブハウス「クラブ・ミルキーホテル(仮名)」にて、とある凄惨な事件が起こった。

その夜は翌日より始まる予定だったサーキットイベントのプレイベントが行われていた。今でも伝説と言われるそこそこ有名なベテランのバンドや当時有望株だった新人バンド、ネット発の元ボカロPのミュージシャンまで多種多様のバンドマンが大勢集まっていた。
渋谷の路地裏の坂の途中にある、決して大きくはない会場には五組二十人弱のバンドマン、観客として来ていたその友人達十五名程、それとスタッフ数名が集い、終演後のフロアとバーカウンターをそのまま使って打ち上げに興じていた。DJブースから流れるのは、腹の底に響くベース音。いかにも渋谷のアンダーグラウンドといった雰囲気のハコの中を、突如悲劇が襲った。


翌朝、ビルの管理人が様子を見に行くとそこには、昨夜まで元気に酒盛りをしていたはずのバンドマン達の死屍累々の山が出来上がっていた。

彼等はどうやらお互いに殴り合ったようで、自らの拳を赤く染めながらそこら中に転がっていたという。管理人は慌てて救急車を呼んだが時既に遅し、まるで脳味噌のネジが外れたかのような力で殴り合ったらしい彼等の頭蓋や内臓は抉り削られ、殆どが即死状態だった。


――――ただ、ひとりを除いては。



******************

バンドメンバーは家族のようなもの、兄弟みたいなもん。よく百戦錬磨のベテランバンドマン程口にしたがる言い回しで、流石におれみたいなピヨピヨのひよっこにはまだわからんが、確かに親と一緒にいる時間よりも長い間、同じ空間で同じような事をして過ごしている気はする。
長い事一緒にいると、相手の機嫌なんかもなんとなくわかってしまう。特におれ達HAUSNAILSは遡る事六年ぐらい、高校時代から続く腐れ縁的な関係だから、そりゃあ表情の小さな変化だけでも「こいつ今日ちょっとアレやな」なんて思う日もあるもんだ。

動画サイトにアップしたMVのコメント欄でも「ギタリストの顔面がうるさい」などと言われがちな程元気で陽気がウリの八重樫藤丸は、その日ちょっと元気がなかった。

二〇一九年、八月某日。おれ達はとあるライブイベントに出演していた。渋谷や下北沢辺りに直営店を構える、とあるファッションブランドのデザイナーが主催を務めているそのイベントには、ゴリゴリのラウドロック系バンドからトランスサイバーミュージックで踊り狂う攻めたアイドルグループまで幅の広すぎるミュージシャンが一堂に会していた。ファッションブランドと言ってもそんな豪勢な、世界的なハイブランドではなくて、国内のセレクトショップで主に流通しているいわゆるインディペンデントブランドっていうようなやつだった。
主催のヨコヤマさんは元バンドマンで、うちらが所属しているインディーズレーベル「偏光レコード」の社長でありロックバンド「ザ・キャットテイル」のボーカルでもあるジル猫実と親交が深く、例年は彼等がトリを務め、お客や参加ミュージシャンがひしめくフロアにジル社長がダイブするのが通例だった。しかしその日は社長達にとって初出演となった結構デカめのフェスと日程が被ってしまい、ヨコヤマさんのご厚意でキャットテイルはデカめのフェスに出演、代打としておれ達の出演が決まったのだった。

当時結成二年目のピヨピヨのバンドがトリを務めるのは流石に心許ないので、おれ達は殆どオープニングアクトのような扱いで早々に出番を終えていた。それなのに何故公演が全て終わるまで待っていたかと言うと、この時会場となっていた下北沢のとあるライブハウス――――実在のライブハウスの名前を出してしまうと、この世知辛い世の中じゃあ少々都合が悪い。ここは仮に「下北沢クラブ・ビー」としておこう――――では、終演後そのままフロアと併設されたバーカウンターを占領して打ち上げを行うのが常だったからだ。
クラブ・ビーのカウンターは酒が上手い。長年ビールが苦手なのがコンプレックスだったおれがビール嫌いを克服するきっかけとなったのは、何を隠そうここの名物であるクラフトビールだ。海外のコーラのような甘い香りがオコチャマ口のおれのようなヤツや甘い物好きの女のコにも人気で、メンバーもここでライブをする度毎回カウンターのビールを楽しみにしていた。

その日もおれはカウンターで、やたらピチピチサイズのTシャツを纏い胸を強調したスタッフのオネーサンから目のやり場に困りながら褐色の酒を受け取り、フロアの半ばにある柵に寄りかかって辺りをぼんやり眺めていた。さっきまで舞台の上でカッコつけていたヤローや女子達が酒やソフトドリンクを酌み交わしながら薄暗い照明の中談笑している。赤や紫、青の照明に包まれたイカニモ胡散臭くて下品な空間には、とはいえ決していやらしい雰囲気はなく、文化系のサークルの大分出来上がった飲み会のようなまったりとした時間が流れていた。
クラブ・ビーのフロアの真ん中には太い柱がある。下北沢のやや奥地の、高架下のすぐ傍にある雑居ビルの地下二階という構造上仕方がないとはいえ、柱の裏に隠れてしまうと完全に舞台の上が観られなくなる事から、渋谷のクラブクアトロと並び“都内二大邪魔柱”なんてめちゃ邪悪な神様みたいな渾名で知られていた。この辺のバンドマンの間でまことしやかに囁かれる噂によると、あの柱の内部には目当ての演者が柱のせいで見えなかったバンギャの怨念と、夢破れたバンドマン達の怨念が蓄積されて呪いの藁人形の比じゃないレベルの負のパワーが充満しているのだとか。何やねんそれ、阿呆か。

おれの位置からはその邪魔柱によって舞台の上を見る事は叶わないのだが、ドゥンドゥンとしたBGMと舞台の周辺に集まって身体を揺らしながら談笑している一団がいる事から、どうやら今は舞台の上にセッティングされたDJブースで、スタッフか出演者の誰かが皿を回しているところらしい。勿論言っておくが正月の演芸番組でよく見かけるあの曲芸ではなく、DJプレイの事だ。この手の音楽はなんちゃらラスベガスと九野ちゃんに薦められたビリーアイリッシュぐらいしか聴かないおれはちょっと気負いを感じながら舞台から視線を逸らし、ふと柵の突端に目をやった。
フッちゃんだ。
八重樫藤丸は白地に黄色いプルメリア柄のアロハシャツと短パンのド派手なセットアップ姿とは裏腹に、随分と思い詰めたような表情をしている、ように見えた。柵に寄り掛かった手にはスマホとビールの入った使い捨てカップ。右足を少し曲げてモデル立ちする姿はやたらとサマになっているが、さっきまでカメラマンを鈍器で殺す勢いで舞台の上を前後左右しながらアメリカのカートゥーンみたいな顔でギターを弾き倒していたヤツと同一人物とは到底思えぬその憂いっぷりに、おれは若干面食らった。
気にはなるが突然声かけるのも野暮な気がして、少しずつ近づいてみる。ヤツはおれの気配に気づかないらしく、ひたすらスマホの画面を覗き込んでいた。口にくわえた電子タバコは微動だにしない。
スマホの画面の中には、さっき終演後に出演者全員で撮った集合写真が映っている。主催のヨコヤマさんが光の速さで送ってくれたその写真の右下には、トリでの演奏を終えたばかりで汗みどろの有名バンドのメンバーとは比べ物にならない程身支度の整ったおれ達が控えめに写り込んでいた。水色のフレッドペリーのポロシャツとカーキ色の短パンに、就活が心配になる程の派手なピンク髪で“令和ハート”をキメているのが九野ちゃん。その右隣ではキヨスミが、黒地にピンク色の熊の模様の入った開襟シャツと黒スキニーを身に着けて九野ちゃんに肩を寄せるようにしてあざとく笑っている。そのまた隣にいる、東京事変の二〇一〇年ウルトラCツアーのツアーTの上に金魚柄の黒い半袖シャツを羽織っている不愛想なのがおれ。フッちゃんはおれの反対側に並び、顔の横で暢気にダブルピースしている。いかにも愉快な対バンの記念写真だ。しかしさっきまでダブルピースしてやがったギタリストは、なんだか今はちょっと憂鬱そうだ。いざ声をかけてやろうかと言う段階で、酒の追加を取りに行っていたリズム隊が戻ってきておれとフッちゃんの間に挟まった。

「やっぱメジャーデビューすんのかな、水島空白」
おれの左隣を陣取ったキヨスミは、ハイボールのカップの縁に刺さっていたレモンをひと口しゃぶった後につまんなそうに言った。ヤツの肩越しに、フッちゃんと談笑する屈託のない九野ちゃんの笑顔が見える。アイツに任しときゃ大丈夫そうや。ちょっとだけ安心したおれはキヨスミの問い――と言うか世間話に応じる事にした。
「水島空白ってアイツか」
場所をやや移動した事によって見えるようになった舞台上を指し示す。DJブースの前で見事なスクラッチを披露している、黒髪ボブカットに紫のインナーカラーを入れたアニメキャラのような美少女。あれが水島空白だ。

水島空白は、いわゆる「期待の新星」だとか、「若き天才」だとかと音楽誌の表紙を賑わすシンガーのひとりだ。弱冠十七歳の現役高校生でありながらトラックメイキングから動画編集、アートワークの製作までひとりでこなし、類稀なリリックセンスに彩られたラップでストリーミングサービスや動画サイトで高評価を鬼のように叩き出している、らしい。正確には美少女か、はたまた美少年かどうかもわからず、色々と謎めいた方向で売っているようだ。
そのキャラ設の通り、見た目も随分と洒落ている。ワンピースのようなデカい黒のTシャツに揃いの膝丈の短パン、儀式で使うような雰囲気の五芒星の描かれたマスクで顔を半分以上隠し、真っ赤なヒールブーツをアー写なんかでも常に履いていた。
今日の公演ではまだライブ活動を初めて一年経ってないってのに、トリのひとつ前と言う驚異的なポジションを掻っ攫っていった。電飾を仕込んで虹色に光るマイクを握り、軽快なステップを踏みながらライムも踏む姿は完全に新時代、という感じで、正直危機感しか覚えない。

ひととおり楽しんだのか舞台から飛び降りると、一瞬にしてイベンターやレコードレーベルのやり手そうなおじさん達に囲まれてしまった水島空白を見やりながら、おれは嫉妬交じりに続けた。「よー知らんけど。なんかこう、好かんねんおれ、『Ti〇T〇kでバカ売れ☆ 青春の一ページを彩るBGM☆』みたいなやつ」
「珍しく気が合うねェ」キヨスミは胸のポケットから小さめのスキットルのような形のサムシングを取り出し、口にくわえて煙を吐いた。紛らわしい形のVape使ってんなや。
「俺も最近の水島空白はあんま好かんのよ、元々中三とかでボカロPやっててさ、ニコ動で曲投稿したりボカロ曲のラップリメイクとかやってたの。十代の焦燥感が音から滲み出してるよーなさぁ、音楽理論もよくわかってない感じの、ハチャメチャに暗くてハチャメチャに狂った音楽やってたんだけど」
止まんなくなったぞオタク語り。まあおれもオタク仲間に違いないのだが。バンドマン皆兄弟か。
「それが良かったのヨ逆に!!! ま、イマドキChillでスタイリッシュなローファイヒップホップじゃなきゃウケないのもわかっちゃいるけどね」
キヨスミお前結構デキあがってんな???

デキあがったキヨスミとの雑談もひと段落つき、他の出演者やライブを観に来ていた仲の良いバンドマンとメンバーそれぞれが勝手に喋りに行った頃、少しの間姿を消していた水島空白がカウンターの方から戻ってきた。丸い盆の上に幾つもの小瓶を載せた水島は、赤いヒールを鳴らして低い舞台の前に立つ。
「みなさんちょっと注目―!!! これ、配っていっすか!?」
思いの外軽薄そうなその口調で示された盆の上の小瓶を、若き天才は「兄貴のともだちがやってる店で新しく取り扱うようになった外国の酒」だと説明した。看板メニューのひとつにしたいから、少しでも多くのひとに試してもらって感想を聞いてきてくれと兄貴に言われたらしい。その鈴の鳴るようなハイトーンを男のそれなのか、はたまた女のコなのかと脳内で分析しているうちに、その場に集まっていたバンドマンや観客に片っ端から酒の瓶を配りまくっていた水島がこちらに近づいてきた。器用にも盆に並べた瓶を微動だにさせず大股で近づいてくると、瓶のアタマを摘まんでおれに差し出す。
「はいオニーサン、さっきカッコよかったです」
おべっかどーも。おれは営業スマイルを浮かべ、十センチぐらい下にある人懐っこい真ん丸の目玉に応じた。まったく、近くで見ても完璧なアニメフィギュアのような姿をしていて人間味がない。CV蒼井翔太か?
目だけでにっこりと微笑んだヤツは、そのままおれにもう少しだけ近づいて、パーカのポケットからなにやら取り出した。ヤツはそれをおれの目の前に突きつけ、呆気に取られている間に手のひらと酒の瓶の隙間に捩り込んできたのだった。完全にキョドるおれを尻目に小首を傾げたヤツは、「みんなにもあげてるので! お酒と一緒にやるとめちゃイイですよ」とだけ言って左足を引き、やたら上品な所作で左手を胸に当てぺこりとお辞儀をした。ヤツが身につけているものの中で唯一高そうな、赤い革のブーツの踵がカツンと硬い音を鳴らす。王子かよ。
小柄な王子が去った後で、手渡された謎の物体を改めて確認してみる。透き通った紫色の小さな小瓶には可愛らしくデフォルメされたドクロが描かれたラベルが貼っており、蓋を開けると甘ったるいイチジクの匂いがした。少し口に含んでみる。なんだか懐かしい気分になる味だ。
酒を口に含んだまま、一緒に手渡されたものを確認する。見た目はピンク色と水色のメタリックな包み紙に包まれた、なんだか飴玉のような物体だったが、おれはその中身をひと目見るや否や、思わずGパンのポケットの中に突っ込んでしまった。


そいつは、ぱっと見ラムネのようなものだった。小さな錠剤の姿をしていて、包み紙と同系色の、薄ピンク色と水色をしている。しかしおれはそいつが何なのかなんとなくだが知っていた。多分、おれ達の世代の大半は知っているんじゃなかろうか。
おれ達が子供だった頃、若者の間でいわゆるドラッグが流行った。MDMAだとかスピードだとか気楽でシャレオツな名前で呼ばれ、クラブやインターネットで気軽に手に入れられる嗜好品のようになってしまっていたらしい。それを防ぐ目的から、小学生や中学生のうちに、校内のレクリエーションや道徳の授業なんかで必ず薬物による身体への影響や薬物の種類について勉強する時間が設けられていたのだった。名前や隠語なんかは勿論の事、資料として本物の薬物の姿を映した写真も見せられた。眠たげな空気の小学校の体育館の匂いと一緒に蘇るソイツは、丁度お菓子のラムネのような形をしていた。


やっべえ。


品行方正・真面目そのものな硬派系バンドマンのおれは、素直にそう思った。


ゴクリ、と鳴った喉の奥で懐かしい味の酒が弾けた。小さい頃に飲まされたシロップ状の風邪薬と同じ味だ。不意に思い出した懐かしい記憶を追い出すようにして慌ててフロアから廊下に退避し、一箇所しかないトイレに隠れる。そのまま手のひらに出したラムネのようなサムシングをスマホで撮影し、メンバーのグループトーク画面に送信。高速で文字を打つ。『水島空白にこんなんもろたんやけど間違いなくやばいやつやんな』
どうやらアイツ、全員に配っとるらしいやないか。やべーヤツやろ普通に。内密のままここにいる全員に共有するのは流石に難しいが、メンバーだけでも助けてやりたかった。まだ新代田FEVERもいっぱいに出来た事ないのに、ヤク中にもなりたかないし前科者にだってなりたくない。そのままの勢いでブツを便器に流す。
すぐにフッちゃんから返信が来た。流石はリーダーである。『共有さんきゅ! 俺も今渡されそうんなって断った! みんなぜったい手ぇ付けんなよ』その号令に九野ちゃんも大好きなリゼロのレムちゃん(多分)が「承りました」とお辞儀するスタンプで応じる。少しだけ経って、一番やばそうなキヨスミからもやっと返事が来た。
『貰っても飲まなきゃだいじょぶ?』
おれは思わず天を仰いだが、リーダーの回答は『飲まなきゃ大丈ブイ』とのことだった。こええよ。

震えながらフロアへ戻る。最早ちょっと内臓がやられてきて酒はもう頂けない頃合いかもしれない。慣れない事態に遭遇したためのストレスからかどうか知らんがほんのりとした胃痛まで感じながら人波を縫い、さっきまで陣取っていた柵の辺りを目指した。しかしそこには既に見知らぬバンドマン風の男達(多分出演者の誰かの友達だろう)の姿が。おれは仕方なくその場に立ち、なんとなく出演者っぽいカッコつけた立ち方で周囲を見回した。メンバーの姿は見えない。
舞台の上のDJブースでは女性スタッフがやる気なさげにBGMをかけている。当たり障りのないダブステップに揺れる狭いフロアにぼんやりと佇んでいると、突然肩に誰かがぶつかった。思わずすみません、と言って顔を上げると、そこには色々なイベントで一緒になった事のある知り合いのバンドマンの顔があった。
顔を合わせても挨拶程度で別に大して仲が良いとかではないが、とりあえずいつも欠かさず挨拶だけはしているような仲。中途半端に暑苦しいおれ達と比べて俄然爽やかで追っかけの女子も多い、オレンジ寄りの金髪を無造作に躍らせたウルフマッシュがイカしたベーシストは、おれよりも五センチは上にある目線をこちらにちらりとくれたかと思うと、K-POPアイドルみたいな真っ白の顔を綻ばせて親し気にニコリと笑った。
軽薄そうでイカニモ女子にモテそうな――丁度キヨスミと同じようなタイプだ――ソイツにしては、らしくねえ笑い方だな。直感的にそう思ったが、親しくもないおれはヤツの機嫌や気分を察してやれるだけのサンプルを生憎持ち合わせていなかった。とりあえずその、気味が悪い程懐っこい笑みに報いるべく笑顔を返してから、ふと気がつく。


――――今、アイツの目、光ってなかったか?

しかも、赤色に。


思わず二度見するも時既に遅し。ヤツはおれに笑顔をくれたポーズのまま静止画のように硬直し、瞳からレーザービームのような赤い光彩を放ちながら突然大きく口を開け、牙を剥いたのだった。

それはそれは、顎が外れてんじゃねえかと心配になる程大きな口だった。そこから飛び出すホモサピエンスのそれとは到底思えぬデカさの鋭く尖った歯を見て、おれは能楽とかで使われる般若の面を思い出していた。これはやばい。明らかにおかしな事が起こっているし、このままじゃきっと殺される。内心の焦りをぐっと堪えて踵に力を入れ回れ右、おれはその場から一心不乱に逃げ出した。


続く


2018年設立、架空のインディーズレコードレーベル「偏光レコード」です。サポート頂けましたら弊社所属アーティストの活動に活用致します。一緒に明日を夢見るミュージシャンの未来をつくりましょう!