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【小説】『フツーに仲良く暮らせていたらどうする?』-元旦4/6

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(6回中4回目:約2700文字)


 良く研ぎ抜かれたナイフの、冴えた刃を一柱の身に、確かに突き立てたはずがすり抜けられ、驚いたところをその贄は背中から突き倒され取り押さえられている。
「なっ……何だこのっ……、ガキッ!」
 贄の中では数少ない、男子の内の一人だ。
「私で良かったですぅ。驚きましたよぉ」
 すり抜けた勢いに乗って幻神は、空中に舞い上がり翻ってみせた。
「ナイフくらいで我々は死にませんけどね」
「それでもねぇ。姿が損なわれるって、イヤなものじゃないですかぁ」
「姿が無い君がそこを察してくれるとは」
「さすが神だな」
 神々の大半がのんきにくっちゃべっている間、うつぶせにされたその彼は、背中側から手際良く縛り上げられ、
「せっかくみぃんなほどいてあげたのにぃ」
 と季神はその様子に溜め息をついた。
「狩神は……、どいつだ!」
 今彼の背中に乗り、奪い取ったナイフの研がれ具合に、ナイフケースの革細工を眺めては「わあ」と感嘆の声を上げている神がまさにそれなのだが、それを聞かせてやって良いものか、神々は対応に困っている。何せ神なので口を開いたら最後ウソだけは出て来ないので。
「お前らも! 全員同罪だ! 一人残らず殺してやりたいが、狩神だけは俺が殺る!」
「なるほど。それで幻神が、思い描いていた狩神の姿に見えたのか」
 仕方なく宵神が、彼の正面にひざまずいて言った。
「しかし狩神は貴方達、狩をする人々を守護する神だが……」
「ああ! 守ってやるって図々しく、生け贄を求めてな!」
 神々の目線に仕草を見て、彼は正面の宵神よりも、少し離れた所に立つ暁神に焦点を合わせる。
「それも……、33年に一度若い娘を差し出せって、意味が分からない! 今度は俺の妹だ。3月生まれだったから!」
 それを聞いて季神と戦神が、一瞬顔を見合わせた。
「冗談じゃない妹を……、あんな、化け物に喰わせるとか考え切れるか! 儀式が始まる前の晩に、閉じ込められてた妹と入れ替わってやったよ! 女じゃねぇのかチクショウって、ヤツの吠え面だけでも拝ませやがれ!」
「うわぁ。それ妹さんに、フォローが必要だよねぇボク……」
 背中に乗ったままガックリと、頭を落とした狩神の声を聞いても彼は、神と言うより使いか何かだと思っていた様子だが、
「そのためにも元旦に呼び集めている」
「うん。そうだよねぇ。今ここに集められちゃった贄は変えられないけどぉ、残された人達に、悔やまれても悲しまれちゃっても困るからぁ」
 改めてどうにか振り向いて、肩越しの目の端に見やった狩神は、ふわふわした白ウサギの着ぐるみを着て、ツヤツヤしたほっぺも丸っこい、男の子の姿をしている。
「はぁぁ? ふっざけんなおい! てめぇが狩神?」
 見た目が小柄なので抜け出せそうに思えてもがいているが、狩神からさほど力を入れられる様子も無いのに、押さえ付けられて動けずにいる。
「『狩神は獣の姿』だって、教えてあげてたじゃない。狩られる側の生き物に敬意を払うに決まってるじゃない」
「村でっ……、聞かされてたのはイノシシとかシカとか、クマだとかっ……!」
「ああ。みんなおっきな獲物仕留めた時だけ、自分達の手柄に思いたがるからねぇ。良くないよってそれも話しといてあーげよっ」
 ウサギのしっぽに耳が、ピクピク動いてもいて妙に可愛い。
「失礼」
 と戦神が彼の正面の、宵神の隣に立った。
「ならば貴殿は3月生まれではなさそうだ。何月になる」
 しかしひざまずいては来ず頭の上から降ってくる声に、彼はイラ立った顔を上げたが、見る間に赤くなって肩を落とした。
「あ。助かった」
 と狩神が押さえる手を放しても暴れ出さない。痺れたように細かく全身を震わせている。
 ヒトに聞かせたなら驚く者と納得する者とが半々だが、戦神は普段女性の姿をしている。大粒の宝石を飾った金細工も豪奢な鎧を身に着けていてなお、凛々しい御尊顔からその彼は目を離し切れていない。
「8月生まれのようだな。我が贄となるのはどうだ。不満か」
「いえっ……! 不満……、なんか無いです! むしろ、ならせて下さい!」
「君の妹もそんな感じになるはずだったんだよ? まぁいいけどさ。連れて来られたって残された君なだめるの、苦労してたから」
 仮留めだったようで縛っていた縄を、狩神は難無く引きほどいた。
「だけど、あの3歳くらいだった子ボクの贄で大丈夫かなぁ」
「あの……」
 生まれ月を訊かれたまま放置されていた、目が見えなかった娘が、おずおずと手を挙げて言い出した。
「私……、3月生まれ、です……」
「えっ、本当? うわぁ嬉しい。君かわいいぃ」
 狩神から大きく両手を振られて、赤くなった顔を贄達の中では隠してしまったが。
「やっぱりボク女の子大好き♪」
「かわいいフリしてこのドエロ畜生が」
「ん? 何か言った? って言うより君が今それ言える立場かなぁ?」
 背中に乗ったまま立ち上がらないのは、彼が落ち着くまでの配慮でもある。
「元幼児は申し訳無いが、貴殿の伴侶にしてもらえないか」
 戦神からの頼みに、美神も頷いた。
「ああ。構わない。大体いつもこの流れだ」
「10月生まれの者以外には、貴殿が間違い無く慕われる」
「ああ。そこだけは自信がある」
「大体話がまとまってくれたようだ」
 祭壇の前、贄達の目の先に、ちょうど背格好も似通った二柱が並び立った。
「ご足労を掛けるが貴方達には、生まれ月の順に横並びでいてもらいたい。順番さえ正確なら、姿勢は好きなように」
 目が覚めるように鮮やかなオレンジ色の服を着て、虹色に輝くショートヘアーもサラサラの、朗らかな笑顔を見せながら語り出す一柱と、
 限り無く黒に近いブルーグレイの服を着て、亜麻色の波打つような長い髪を下ろし、口を閉ざした雰囲気も厳めしい一柱。
 光り輝くように美しい、とヒトの世で讃え称されているのは美神だが、この二柱は真実に、身に着けている品々の色合い等はともかく、内側から光っているように見える。
「始まりを司る暁神様と、終わりを司る宵神様ですね」
 ドレスの娘が贄達の並びに加わりながら口にした。
「その通り。貴方は、詳しいようだ」
 狩神から解放された彼も加わり、元幼児は並び順を他の者から教えてもらえた。美神が進み出て目の前に立ったので、その子は機嫌良さそうにしている。隣に並んだドレスの娘はあからさまに嫌な顔をしたが。
「ありがとう。それでは、始めよう」
 虹色のショートヘアーの神が語り出し、その隣で亜麻色の神が頷いた。

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