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『張山光希は頭が悪い』第10話:遅れつつも届く

第1話(末尾に全28話分のリンクあり)
(文字数:約6600文字)


第10話 遅れつつも届く

 光希が持ってきた御詠歌の全国大会の動画が、昼休みの教室の中に作られた、四、五人ずつのグループごとに回し観られている。
 今日は雨だから外に出られないからって、なんでか光希まで俺の教室に弁当を食べに来た。女子たちが持って来てくれた教壇用のパイプ椅子を、俺の席に置いて横並びで。
「すげぇ……。小石川こんな事できたんだ……」
 って俺が誉められてる時よりも、
「ってか声すごくない? 人ってこんな声出せんの?」
 って光希が誉められてる時の方が、俺は嬉しい。顔には出さないけど。
「ボクの声だよー」
「ってそれが信じらんねぇんだって」
「普段先輩だなんて思えないくらいアホっぽい声してんのに」
 俺はカチンときたんだけど、光希がえへえへ笑ってるから、ほうれん草のおひたし(ゴマだれ)の苦味と一緒に飲み込んだ。
「声マネ、とかのレベルじゃないよなぁ。どっから出してんの? ってかどっかから降りて来てんじゃねぇの?」
「カッコいいとか思ってなさそうなとこがカッコいいよなぁ」
 周りの三、四人に覗かれつつ、スマホをメインで操作してた奴が言ってきた。
「あぁ分かる分かる。小石川なんのかの言って自分イケメンだろって思ってるところが鼻につくって言うか」
「ざっくり俺の本体にだけわりと深い傷入れてんじゃねぇよ」
「いや」
 と操作してた奴は画面に目を落としたままだ。
「イケメンが自分イケメンって思うのは、それで普通だと思うんだけど、なんかこれ、町工場の職人が今日イチの完成品、ただ置いときましたって感じするんだよな。これより良い品は出来ませんよ。また明日新しい機械でも導入すれば別ですけど、みたいな」
 ふふふふ、って光希は嬉しそうに、卵焼き食ってる。確かに光希のお父さんの卵焼き、美味いけど。

「そもそも御詠歌って何?」
「一体どこで出会うのそんなもんに」
 女子に比べると男子の訊き方は愛想も無く直球だ。
「地元の秋祭りで毎年、聞かされるんだよ」
 おかげで何の気兼ねも要らず直球で返し切れる感じがするけど。
「ふもとじゃ『鬼神楽おにかぐら』って言うんだよー」
 そのフレーズはちょっとだけ俺のノドには引っかかる。
「山の上から鬼が下りて来てねー。ふもとまでの寺を巡って行くんだー。最後にボクの家の近くの、お寺まで来て、お寺が御詠歌聞かせたら、鬼は帰って行くんだよー」
「鬼を退治する歌ってこと?」
 訊かれて光希は純粋に目を丸くした。
「んー……? 言葉では、そう聞かされているんだけどー……」
 最後のカットキウイを口に入れて、噛んで飲み込むまでの間を、質問した男子側はなんでか大人しく待ち続けてしまっている。
「ふもとに住んでるボクたちは、そんな感じで見ていないよね。『鬼に食べられちゃいけないから』って、言い方はそんな感じだけど、家族みんなでお寺に行くし、子供はみんなで守る事になってるし」
 光希が弁当箱を片付け出すのを、俺は隣から何とはなしに眺めていた。
「鬼は確かにやって来て、目の前で暴れ出すんだけど、ボクたちを、傷つけたいとかじゃなくって、暴れ出さずにいられないんだ。一年中自分の山を傷つけられて、ボクたちの、毎日の悪い言葉とか、態度とか見せられ続けて苦しんできたから。だから、暴れてる間はみんな『ごめんなさい』って思ってる」
 巾着袋に仕舞い込んで紐を締めて、机の上の俺の巾着袋(色違い)と並べて置いてくる。
「御詠歌も多分『ありがとう』って意味で歌ってるんだよ。『わざわざお寺に来てくれて』だったり『一年中この山を見守ってくれて』とか」
「それって鬼っていうより神様っぽい感じがするけど、神様に御詠歌って歌っていいの?」
「え?」
 って目を丸くしたまま首を傾けている。
「いや。俺のうち、じいちゃんの代まで林業やってたんだけど、山で働いて山の神様祀ってる間は、絶対に御詠歌だけは歌っちゃダメだって。祟られるから南無阿弥陀仏とかだって唱えちゃダメなんだって」
「しっかり祀ってあるからじゃない?」
 あっさり返されて訊いた側の方が面食らっていた。
「ボクたちが住んでる山では、隠されてるから。住んでる場所も分からないし、そう簡単に入って行って踏み荒らしちゃいけないって言われてるから、はっきり『神様』って呼べないんだ。だから『鬼』になってボクたちの前に、姿を見せに来てくれる」
 隣で聞きながら俺は、どうして自分の実家で暮らしている間の感覚より、光希が話している内容の方に頷いているんだろうと思ったりした。
「山によって態度が違うの困るなぁ」
「神様なんだしそういうの、統一してくれよ」
「え。だってこの国って神様が、たくさんいるもん」
 しゃべり方は光希っぽいけど、やろうと思えば結構漢字使ってしゃべれるんだな、と改めて思ったりもした。
「神様によって、性別とか性格とか違ったりするし、住んでる人たちとの相性もあるから、気をつけなきゃいけない事もそりゃ、土地によって変わるよね」

 神様の定義なんかを話している間に、女子グループも動画を回し見終えて盛り上がっていて、
「全国大会って、毎年やってるの?」
「来年とか観に行きたーい」
 って言ってきたけど、
「やめといたら?」
 と返した瞬間に向けられていた全員の表情がシラケた。
「だからあんたってどうしてそう……」
 カナツカが呆れ顔になってくるけど、
「そんなに楽しいものじゃないからさ。会場は高齢者ばっかりだし」
 実際に行ってみたら女子たちの、興味を引くような面白い場所みたいに思えない。
「え。ボクはすっごく楽しかったよ」
「そりゃ光希だから。て、おい」
 俺の言葉は無視して俺の椅子に両脚を乗り越えて、女子たちに向かって行く。
「障害物か俺は」
「あのね。あのね。何が楽しいってね。すごいんだよ御詠歌って、音が決まってないんだよ」
 両手を握って全力でワクワク感出しながらしゃべっているけど、
「え?」
 まず一番ワケ分かんない話から行くか、って呆れながら俺は頬杖をついた。
「ドレミファソラシド、みたいに、誰が唱えても同じ音、にならないの。自分のいつもの話し声、から、どれだけ高いか低いかと、あと声につける飾りだけが、決まってんの」
 案の定男子たちも女子たちも、みんな理屈なんか掴めずポカンとしている。
「だからね。えっと、正しい、とか、間違い、とかが無いんだよ。自分のノドとか、息の吸い方なんかに、一番合った声を探していくんだ。その辺はさ、薫、舞だって一緒だよね?」
「え。あ。うん」
 ってこっちにそのボール投げんのかよ、って思いながら頬杖外して、身を起こしながら考えた。
「舞も『型』が決まってるだけだから」
「型?」
「そう。見せたい感情とか、役柄に合わせて、関節の向きと角度が、決まってるだけ。だから、人によって異なる腕や脚の長さに対応できる、っていうか……」
 言いながらこれじゃダメだなって、もうちょっと分かりやすい言い方はないか考えて、
「どんな体型の人でも、舞えるんだよ。一応は、細身が理想的だけど、修羅、ってつまり武士は筋肉あった方が決まるし、貴族なんかは太ってた方が貫禄が出るし、翁なんて、年取ってからの方が絶対に合う型もある」
 へえ、とか、ああ、とか、ポカンとしたなりに反応が返ってきてホッとした。
「だから、うん、正しい、とか、間違い、じゃないよな。上手か下手かはあるけど、別に偉くない。下手なら上手を目指してきゃ良いんだし、上手はただその時の自分と、その場の型が合っただけだ。誉められていい気になってたら、次は、同じように舞ったつもりでも、下手に成り下がってる事なんか普通にある。だから、逆に言うとただ自分しか気にしなくて良いんだよ」
 あ、てなんか掴めたような声がチラホラとは上がった。
「自分の今の身体と、出来る動きだけに集中して、どれだけ型に合わせられるかだ。他人の声に目なんかは、本当のところ大して当てにならない。そういう意味で言うなら確かに、うん、俺も楽しくてやってるかな」
 男子も女子も基本的にはポカンとしたまま、顔を見合わせて、
「ごめん……。さっぱり分からないんだけど……」
 と言ってきたから、
「うん。だろうな」
 って俺は気にせず流そうとしたんだけど、
「なんか面白そう」
 って、返ってきて逆に気になった。面白い、みたいに感じてもらえるものなんだ。言葉で説明したって無理だって、ずっと諦めてたのに。
「カナカナも御詠歌部入ったんだよね。どこで知ったの?」
「え。エンデが好きみたいだから」
 カナツカの一言に教室の一角が、ヒートアップした。
「何それっ! 何それ私知らないんだけどいつ言ってた?」
「え。ファンクラブの会報だよ」
「ウソ。私だってすみっこまで細かく観たけど、そんなの覚えてないって」
「インタビュー記事のおまけ動画で、エンデがインタビュー受けてる映像の端っこに、多分事前アンケートが映り込んでたから、拡大して見たの……」
 女子の中でもエンデ好きグループは「うわー!」「それ見逃したー」「悔しい帰ってから確認するー」とか、はしゃぎまくっていたけど、
「怖」
 って男子の大半はただその一言だけ呟いていた。

 その月は御詠歌部を覗きに来る一年が結構いて、林部長の言い方で聞いたり、仏教の話を混ぜられたら、ピンとこなくてやめておく人もそれなりにいたんだけど、
 結果カナツカのエンデ仲間が三人と、男子も光希の声誉めてくれてた飯田 いいだに、家が町工場だっていう中橋なかはしの二人が入って来て、
「現在十一人。ありがたいけどちょっと、捌きにくいわね」
 とキーボードを叩きながら真垣さんが呟いていた。
「すごいねぇ。今部員そんなに増えたんだぁ」
 光希のお父さんは、リビングで話を聞かされて嬉しそうにしていた。
「初代部長は晃おじさんだって聞いたけど」
「そうだよ。最初はね、晃が御詠歌の事知りたくて、先生とか経験のある先輩に教えてもらってた」
 俺も光希もローテーブルを囲んで一人掛けのソファーに座って、光希のお母さんがキッチンに入って淹れてくれるって言ったコーヒーを待っている。
「僕が入ってからなんか、ちょうどいいタイミングで部室取れちゃったから、僕が一応部長、って事になっちゃったけど二年の間に入ってきた部員は、一度全員いなくなっちゃったし」
 キッチンからお母さんが近付いて来た、と思ったら、
 ダンッ! 
 ってお盆を叩きつけるみたいにテーブルに置いて、間近でお父さんを睨み付けてから、足音も荒く踏み鳴らしてダイニングを出て行った。
 バタン! と扉が鳴ってお父さんが身をすくませる。お盆に並べてあったから被害はフチまでで食い止められたけど、それぞれのカップからもコーヒーがこぼれ出ていた。
「いまだにその時の事だけは許されていないんだ。僕が何かした覚えも無いんだけど」
「光希も去年までの部員、相当減らしたんだろ。何やったんだよ」
「んー? ボクが何かやった気もしてないんだけど」
「だからいまだに林部長そこだけは許していないんだよな」
 多分だけど親子揃って、自分が決めた事に周りを巻き込ませる能力が悪い方向に働いたな。
「そっか。今の部長林さんなんだ」
 ってお父さんはニコニコ顔でしれっと話を移してるし、被害を受けた側は許す要素もタイミングも無い。
「今年入ってきたカナツカさんと兄妹」
 光希の言葉に「え?」って、表情を変えて、その辺りの複雑だった人間関係を話している間、時々コーヒー飲みながら頷いていた。
「うん。いたよ。晃のお友達に林さんって」
 メガネ越しの目線を斜め上に上げて、思い出す感じに話してくる。
「だけど、その人は御詠歌の事毛嫌いしてて、晃には西洋音楽の方熱心に勧めてた。晃がちっとも興味持ってくれないからって、僕にまで当たってきたりして、だけど、種類が違うだけでのめり込み度合いは似てるから、この二人相性だけは合ってるよなって思ってたけど」
 途中でクスクス笑いながら、懐かしそうだけど、
「おじさんって、御詠歌そんなに熱心にやってたの?」
 俺にはそっちの方が意外に感じた。
「そうだね。楽しんで好きでやってる、のとはちょっと違うかもしれないけど、高校の頃は真剣に、向き合ってたね」
「鬼神楽で聞かされるから?」
「うん」
 コーヒーを飲みながら目を伏せて、ちょっと表情が曇った気がしたけど、
「カナツカさん、は僕は、ほんの数ヶ月しか見てなくて意外だったけど……」
 記憶が薄い人を思い出してただけかって、気を取り直して俺もコーヒーを飲んだ。
「彼女の、好みなんだろうね。見た目とかじゃなく自分の好きなものに一生懸命な人が好き、っていう。だけど、一緒に暮らしてたらそりゃ、理想通りに振る舞ってはくれない事も、起きてくるから」
 光希はカップを両手に持ったまま、じっとお父さんの顔を見ている。
「その辺あとひと押しかふた押しすれば、魔法が解けてくれて、優しい旦那さんに子供が二人、っていう現実が見えてくるのかもしれないし、もしかすると魔法に掛かったままの方が幸せなのかもしれない。そこは確かに人それぞれなんだろうね」
 魔法とか、この場では妙にメルヘンな単語だけど、確かに女子の思い込みってすごいからなって、俺もカナツカたちを思い出して頷いた。

 夏休みに入ったら、光希は今年も頂上で合宿だって、準備の段階から張り切っているのを横目に見ながら俺も、実家に向かって、
「うわーい。薫ー!」
 帰って来るなり光希は、ダイニングにいた俺のそばまで駆け込んで来た。
「たっだいまー!」
 両手を向けて来るから俺もイスを立って、つい合わせてしまうけれど、
 パチン、
 っていつの間にか俺の方が伸びて身長差が出来ていて、嬉しそうな音を鳴らすには、ちょっとタイミングが合わなかった。
「今年は早かったねー戻ってくるのー」
「そうか。見えるんだな」
「あのね。あのね。薫に話さなきゃ。えっとね」
 満面の笑顔を向けられて、俺も微笑み返してはいるけど、
「光希。帰ったらまずする事は?」
「あ。はーい」
 キッチンから光希のお父さんに言われて、入って来た時の勢いそのままで仏間に向かって行く。俺はそれを見ながら溜め息と同時に、座り直して、おりんの音がして足音が戻って来るのに合わせてまた、笑みを作った。
「あのね。あのね薫。すごいんだよ。あのね。すごいんだよ」
「まず落ち着けよ」
 ダイニングテーブルのイスを一つ引いて座らせる。光希のお父さんが淹れてくれたコーヒーを、二人分置いて自分はソファーに離れて行った。
「あのね。『来年の全国大会、出てくれませんか?』って」
「ああ」
 出そうになる溜め息を、コーヒーを飲み込む形でごまかした。
「まぁ、光希は出たいんだろ。出たらいいよ。だけど俺は……」
「ちがうんだよ。薫。そうじゃなくって……」
 光希は言葉を切って少しだけ、首を傾けてから息を吸った。
「えっと、だからね、『出場申請』じゃないんだ。『出場依頼』なんだよ。また観たいってお友達にも観せたいって人が、たっくさんいたから、時間も僕たちが決めていいんだ。パンフレットにきちんと書き込んでおくからって」
 今年は、姉が「鬼」を継ぐ年で、小石川の家族はさすがに気を使ってたけど、集落全体に、俺の存在を気にする余裕なんか無くなっていて、
「午前と、午後に一曲ずつ。おんなじ曲でもいいし二曲バラバラでもいいから、それだけお願いしますって。バスとかの都合でどっちかしか観られない人もいるから」
 御詠歌と、合わせて舞えるからそれが何だって、姉が「鬼」として完成される方が、この集落ではもっとずっと重要なんだって、言葉にされなくたって俺たち家族には、伝わってしまうから、俺のお父さんにお願いしていつもよりも早く、帰りたいって、帰らせてって、今実家に帰っているのにおかしな話だよなって思いながら、
「だったらバラバラの方が良くない?」
「そうだよね! ボクもそう思う!」
 道の駅でバニラのアイスも食べずにふもとまで、戻って来たんだって、言えないから全力で光希の話に乗っかった。

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