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茅瀬という人(の、素描)

【あわせて読みたい:これは短篇『大人の領分①茅瀬』の付録です。なにやら複雑な事情を感じさせるこの人に、さまざまな角度から光をあてるこころみ。ピンで働くことが多い職種なので所属感が薄いけど一応会社員です、大人2名様のお子様みたいな恋、後天性江戸っ子の自称親友・凛子さん、茅瀬は誰にとっても特別な人です、大人な茅瀬の、こどもの国。ほか】

  茅瀬はおひとりさまアラフォーのホワイトカラー。役職付きではないですが、実態としてはピンで張ってて、自分で持ってきた仕事を会社の人間のパワーで遂行する形式で仕事してますので、プロジェクト単位ではリーダーとかマネジャーとかオーナーとか局長になることも。働き方改革の波を受けて周囲の目線の手前、早く帰ったり有給取ったり、あんまり働けませんが、常に頭の中が複数のプロジェクトで忙しく、いつも、やや夢想的に見えます。手入れの行き届いた美しいストレートロングをバレッタでふんわりアップしているのが通常スタイル、メイクはあっさりオレンジブラウン系。ビジネスパーソンとしては、キリリと仕立てた、フェミニンなニュアンスのあるパンツスーツが大変に格好良く、アウトプットの質と効率が異常に高いのが特徴的な人です。安全余裕率感もかなりあり、仕事で人を不安にさせること、ほとんどないです。おお、大人。

  そんな人が、こんなキラキラした、こだわりのない、子どもみたいな恋愛、しちゃうんですね。可愛いらしいというか、純粋というか、根っこのところが可愛らしくて純粋なまま大人になったんだろうな。喉も使えるし三段締めもできますが、全然そういう感じ、しないです。実は智史は初夜にびっくりして、そのギャップにすっかり、ハマっちゃったという大人な面も、あったり、なかったり…ま、なくはないね、おぉぉ…、くらいのテンションの上昇は、ありますよね、たぶん。でも智史は特に言いません。他の男の話は聞きたいけど、やっぱり、聞きたくないし、茅瀬も男自慢するタイプじゃないからきっと、言いたくないんだろうなって考えてます。時々、茅瀬の困った顔を見たくなって、意地悪な質問したりも、するんですけどね。何本入ったか知れないけど、茅瀬は流れ流れて自分を一番いいって言ってる、っていう、オスとしての優越感みたいなものも、あったり、なかったり、あったりしますかね。

  茅瀬は結構、智史の様子を見る限り、どっぷり好かれるタイプに見えますが、これは茅瀬の恋愛傾向からすると、珍しいほう。ゆきずりってことはありませんが、踏み込むのも踏み込まれるのも好きでない茅瀬。いつの頃からか、自分を好きになる人しか好きにならなくなり、やがて恋愛をするにも、既にお相手のある相手としか恋に落ちなくなりました。年齢が進むにつれ、独身男性は社会的な側面で重いか軽いかどっちかで、茅瀬にはちょっと、楽しめなかったんですね。そこにじんわりと染み透るような仕方で登場したのが、星のように手が届かず、隕石級に重い人、智史、ということになります。

  茅瀬と智史の出会いは社会人大学院。大手コンサルディングファームに入り損ねた経緯もあり、中小企業に飼われる鵜として、IT周りも堅い!を売りに中小企業診断士一本で食べていた茅瀬ですが、上がらなくなってきた単価に不安を覚え、少し、勉強することにしました。その社会人大学院の同期生として出会ったのが、智史。智史はどんな人かというと、ひと昔前に父親から譲り受けた、包装箱設計の小さな製作所からのスタート、今は「贈る」を基軸としたプロダクトやコンセプトを総合的に提供するデザイン会社になっている会社の、社長さんですね。授業の打ち上げまで結局、なんにもアクションを起こさずに過ごした二人。このままお互い、淡い片恋の思い出になるかと思われたまま物別れとなりましたが、ある日、智史の会社が雑誌に取り上げられたことを、智史がメッセージで伝えてきました。ちょうど、茅瀬のクライアント先のアパレルメーカーの人が、もうちょい頻繁に掲載されたらなぁ、なんて言っていたハイソな雑誌で、茅瀬も、あ、智史だ。って思ってた。ここまでくれば、きっかけなんてなんでもよく、なにはともあれ飲むことになった二人ですが、大人っぽくも子どもじみたせっかちさで、その日にイン。ベッドでハグしてお互いの想いを確かめ合ってからのインではありますが、二人とも前々から、ずっと好き合っていたので、垂直落下するみたいに、ストンと、ビタースイートな風味を感じさせるこの恋に、落ちてしまいました。本篇に詳しいですがこの二人、今もまだ垂直落下してます。はい。

  なるほどねぇ。ところで智史の詳しい話はこの付録のカウンターパートである智史の素描に譲りますが、智史は基本、愛が深くて重い。それは智史の相方である「妻」なる人に対してもそうで、だから茅瀬は、茅瀬の意識的な文脈では智史のことを理解できずに、苦々しい思いでいるけれど、無意識的には智史のそういう、形式を踏んでいるようでいて自分を投げ出すような、型を無視した自分なりの深い愛しかたがちゃんと、できる部分に、恋してたりもします。

  ここいらで私の心のアシスタントの…柏木くんに、茅瀬の年来の友人の凛子さんにインタビューに行ってもらってみましょうか。あ、実況中継ですか、柏木くんは真面目そうな、ジャケットシャツ式メガネ男子で、時計がなにげにオメガ、凛子さんはふわふわの髪を揺らしてつけまつげがめっちゃ似合ってる、ぽっちゃりめに独特なあの艶のある色気がたまらない、ブライダル系が得意なパタンナーさんです。

柏:はじめまして。アシスタントの、柏木です。
凛:はじめまして。よろしくお願いします。
柏:今日は、茅瀬さんについてお聞きしたいんですが、まず、茅瀬さんとのご関係を、教えていただけますか。
凛:中学の同級生で、就職で上京するとき、就活で少し泊めてもらってました。特に親しくなったのはそこからで、もう10年以上の付き合いになりますね。
柏:ありがとうございます。それで、茅瀬さんについてですが…。
凛:色々言われてますよ。男にだらしないし、財布は緩いし、もらったもの大事にしないし、血の色、緑じゃないのってくらい冷たいこと言うし、プライベートでは一時間くらいなら、平気で遅刻するし。私も心に余裕がないときは、会えない。
柏:年来のご友人といま、お聞きしましたが。
凛:親友だと思う。
柏:…年来の友人、という言葉の重みを感じさせる一言ですね。
凛:茅瀬はね、簡単に言うと、特別なんだよね。会ったことないでしょう、その口ぶりだと。
柏:実は、お会いしてません。
凛:だよね。会ったら3分でわかるよ。空気清浄機みたいな人なの。茅瀬といると、すごく呼吸が楽になるんだよね。
柏:はあ。
凛:だいたいの人は、茅瀬に会えてよかったって言うし、私もそう思ってる。
柏:はあ。でも、心に余裕がないと、会えないんですよね。
凛:だって不安になるでしょ。あんな風に生きてて怖くないのかな。寂しくないのかな。茅瀬といるとね、茅瀬は私に何にも求めてないんだってわかって、それが怖いの。
柏:不思議なかたなんですね。
凛:私ね、去年かな、失恋してすっごい、落ち込んでて、茅瀬に電話かけたのね。振られちゃったのって笑ったら、私、笑ったつもりで泣いちゃってさ。茅瀬、どうしたと思う?
柏:すみません、想像つきません。
凛:たぶん一万円くらいするんじゃないかな、深夜だったのに、どこで買ったんだか、おっきな花束を持って現れてさ。仕方ないからバケツに活けて。茅瀬はソファで寝て、翌朝起きたでしょ、茅瀬はまだ、寝てて。で、朝日を浴びてさ、私の目の前でさ、蕾だったアネモネが、ふわぁっと開いたんだよね。見たことある?花が開く瞬間。
柏:ありません。
凛:私さ、正直、そのあたりのこと、悲しすぎてあんまり覚えてないの。でも、あの瞬間のことだけは、忘れられないんだ。茅瀬の寝顔もね。私、驚いて茅瀬に話しかけようとしたのね。でも、茅瀬はあの妖精みたいな透き通った感じでさ、アネモネみたいに朝日を浴びてすやすや寝てて。私、茅瀬のこと、起こさなかった。茅瀬はね、そんな人。
柏:はあ。
凛:ちょ、上司呼んできな。君、インタビュー向いてないと思う。
柏:えっと…あ、はい。呼んできます。

  呼ばなくていいですよ!凛子さん、ありがとうございました。まだまだ聞きたいエピソードがたくさんありますが、紙幅の都合がありまして。はい。ありがとうございます。

  うむぅ。柏木くんは年上の女性が苦手なんでしょうか。人当たりのいい素直な好青年だと思ったんで採用したのですが、いまいちジェネレーションギャップがあるかもしれない。これからアシスタント業をするなかで、少しずつ大人になってもらいましょうね。

  ええと、はい、茅瀬は人脈商売が向いてて、それをずっとしてる人なので、外面は割といいのですが、人間が複雑で、あんまり、深い交際になる人はいないです。というより、相手には、深い交際になるんだよね。ありのままの自分でいられるとか、本当の自分を見つけたとか、茅瀬といると皆さんよく、おっしゃいますね。茅瀬はけれど、本当にただ、そこにいるだけなんですね。深いという意識はないし、別に、プライベートでは相手の情報をがっつりつかむタイプじゃない。でも、一緒にいると、誰より近くに感じられるんですね。なんっ、にも自分のことを知らないはずなのに、全てを打ち明けて、受け入れられたあとに接しているような、気持ちになる。不思議で、特別な感じは、外見にも出ていて、凛子さんが言うみたいに、茅瀬にはちょっと妖精みたいなところがあって、はたからみるとたしかに、あんまり生きてる感じがしません。

  生きてない感じ?

  茅瀬は、そうですね、生きてるというより、「いる」という感じに近い人です。そして、大抵の人の前から、いつのまにか、いなくなります。その人の心の奥深くに、自分はこんなに深いところまで茅瀬を迎え入れたことがあるのだという、その感覚だけを、残して。


  大人な茅瀬の、こどもの国。鎌倉にぶらりと観光に行って、乗ってみた人力車。気に入った曲を通勤中、一週間くらいはリピートでかけ続ける習慣。週末に通ってた水彩画教室。の、老先生とのデートで散歩をした時に拾った、どんぐり。出張もあるし深夜まで働く日もあるしで基本忙しいから飼えないんだけど、近所の動物園のふれあい広場で触るヒヨコやハツカネヅミの、あったかくて柔らかい、優しさに満たされるような、一緒に生きてる感じ。コーヒーとチョコレート、紅茶とプリンアラモード、緑茶と最中。知らないことを知るときの、わくわくして新しいことをしているという高揚感。温泉で誰もいない時に、ゆらゆら、体を浮かべて、水から顔を出す自分の膝や胸が感じる、揺らいだ水面の肌ざわりに、うっとりすること。セックス中に繋がったままくすぐり合って、涙目で笑いながら、キスする瞬間。智史のことを考える時に感じる、ぞくぞくするような、満たされてるような、全然足りてないような、そんなふうに足りてない気がして切ないのがなぜか楽しい、そわそわして、キラキラした、恋しい気持ち。

以上です。


本篇は、こちら:

智史は、ここにいます:


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。