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砂漠、薔薇、硝子、楽園、 (14)

feat.松尾友雪 》》》詳細 序文

》》》13.
「ニキ。起きて。そこで寝ちゃ駄目だ。溺れてしまうよ」

>14.イヅル_

「プラネタリウム」に入ったイヅルは仁綺をベッドマットの奥のほうへ下ろすと、丸天井を見上げる仁綺の右隣に、自分も仰向けに寝転がった。

ふたりはしばらく無言で、それぞれ腹のうえで指を組んで、天井一面に書かれた数式を眺めていた。

「…君の、お父さんの話は、もう少し遅いタイミングでもよかったかもしれないよ」
「聞いていたの?」
「『聞こえ』ただけだ。『聞い』てはいない」
「……」
仁綺は天窓を見上げたまま、組んだ指で少しのあいだ、ゆったりと、まばらなリズムを取って、それから、イヅルに答えた。
「スグルは、面白いけど、気難しいよね。私は時々、相手をするのが億劫だと思うことがある」

イヅルは、優しげに微笑んだ。
「暗闇のなかを躊躇いなく歩くのは、難しい。彼の慎重さはすなわち、彼の勇敢さではないかな」

仁綺は、困惑顔でため息をついた。
「暗くて困っているなら、まず灯りをつければいい。スグルは、気難しい」

呟いたきり、また天井を眺めて黙っている仁綺のほうへ、イヅルは体を倒し、仁綺のTシャツの中へ右手を入れて、腰から脇腹、肩甲骨まで、仁綺のなだらかな曲線を、辿るように、ゆっくりと撫でた。

「どうだろうね…彼の場合、暗さに対して明るさがあること自体を、知らないんじゃないかな? 『一般人』というのは概ね、あんなものだ。触角で確かめ合うような、びくびくしたコミュ二ケーションしか、できやしない。彼らの耳が特定の周波数にだけ敏感なのも、目からの信号を彼らが自ら切り落として、編集してから見るのも、君には必要なものが、彼らには不必要だからだ。退化は進化の一種でもある。君の心配しているような不便は、彼らにはない」
「……」
仁綺は横目にイヅルを見た。イヅルは、淡白な口調で話を続けた。
「触角の鋭敏さにしても、食糧を獲得するために行列を作ったり、一人では作れない巨大な巣を作ったりするために必要な能力には違いない。触角について僕が問題を感じるとすれば、それは彼らが触角に頼っている点にではなくて、本人たちがその本能の精巧さを、文化的な繊細さだと思っている点にだな」
「イヅル」

咎める顔つきをした仁綺を見て、イヅルは腕を潜り込ませていた仁綺のTシャツの首から手を出し、仁綺の顎をなぞった。

「…批判しているわけじゃない。ニキ。君は、自然に親しい。君にとって、スグルは愛おしくも不可解な存在だろうと、僕は推測している」

仁綺は寝転んだまま、Tシャツを脱いで脇へ放った。そして、イヅルのほうへ寄りかかり、スウェット越しに体の凹凸をまさぐって、硬く起き上がって来たイヅルを確かめながら、ほのかに、首を傾げた。

「んー…認めると、スグルを神秘的だと感じることは、あるかもしれない」
仁綺は答えて、今度はその手でスウェットの上からイヅルの胸の突起を探し当てて、弄った。

体を委ねながら、イヅルは素っ気ない調子で、話を続けた。
「ほらね。気を抜いて遊んでばかりいると、強烈なしっぺ返しを食らう」
「そう? せいぜい、拗ねるくらいかなと、思ってるけど」

仁綺の手を、イヅルはもう一度、下へ誘った。仁綺は、熱くなっているそこを、スウェットの上から爪の背で梳くようになぞり、ときおり、段差になっているところを、やんわりと、辿った。

「君にとって不可解で神秘的な拗ねかたを、するかもよ…? 君が…切り絵を作り終えて、新しい紙を引っ張り出すたびに、いまのところ彼は、胸を撫で下ろすだけだけど…認めたがらないだけで、別れの一枚が来るかもしれないことには、彼も気付いてはいる。君が思わせぶりな、煮えきらない態度で心配させ続けると…そのうちに耐えきれなくなって、切り絵が完成しないように、君の手首を切り落としてしまうかも」
イヅルは仁綺を引き寄せ、自分の上へ腹這いに乗せた。仁綺の下着に手を差し入れて、後ろから脚の付け根を両方の親指で撫でながら、ゆっくりと広げると、仁綺の入口が開く、濡れた音がした。

仁綺は楽しげに喉を鳴らした。

「手首を? それはそれでスリリングだね。生活に張りが出そう」
「僕は確実に萎えるよ。君に愛撫してもらえないなんて」
仁綺はイヅルの下唇を食むように、キスをした。イヅルの指を受け入れて、仁綺は緩慢に、身をよじった。
「スグルは、私を傷つけないよ。スグルが求めているのはスリルではなくて、ロマンスだもの」
「ロマンス?」
「スグルは、私がシンデレラで、自分が魔法使いだと思ってる」
「ふうん? 僕は? 王子様? お遊戯会か…では、僕の椅子と、君のドレスと、スグルには、魔法の杖を用意しなくてはね」

イヅルは仁綺の頭にティアラを載せる手真似をしてから、仁綺を抱えた姿勢で、くるりと反転し、仁綺の上にいったん膝立ちになって、スウェットを上下とも脱いだ。

「下着は?」
手を伸ばしながら、仁綺が尋ねると、イヅルはそれを見下ろしながら、仁綺に訊ね返した。
「見当たらなかったから、履かなかった。どうして?」
「スグルは、私が下着をつけているかどうかを確かめるの。つけていないと、魔法使いを気取って、可愛い、女の子の下着を持ってきてくれる。スグルが何にも知らないみたいで、私は不安になる。本当はイヅルが魔法使いで、スグルがシンデレラなのに」

愛撫を始めた仁綺の、手から腕へ、腕の内側の、仁綺が弱いところへと、指を這わせながら、イヅルは難しげな表情をみせた。
「話の雲行きが、怪しくなってきたね…。お遊戯会ならまだしも、寓話による関係の理解は、僕の好むところではないな。曖昧なくせに、いかにももっともらしく、現実に対する認識を歪める。それに…僕は、魔法使いにしては現実主義的に過ぎるし、君は君で王子様にしては、性根も底意地も悪い」

仁綺は、濡れ始めたイヅルの先端を摘んで、涙を零すように絞り出したイヅルの滴を、親指で優しく伸ばしながら、明るい声音で答えた。
「たまには、自分らしくないことに挑戦してみるのも、楽しい。私は、王子様を気取ってみてもいいかなと、思いはじめてるよ」

イヅルは仁綺を抱え起こし、正面に座らせて、下着を抜き取った。

仁綺は後ろ手をついて、開いた脚をイヅルの脚に掛け、イヅルに触れたり、離れたりした。
「『触角でコミュニケーション』してる」
仁綺の言葉に、笑みをこぼし、イヅルは自分も後ろ手をついて仁綺に触れたり、離れたりした。
「なるほど。びくびくしているね」

ふたりは微笑んだまま、見つめ合った。

ベッドマットの下に手を滑らせて、イヅルはコンドームを取り出した。
「君が王子様を気取ってお触れを出したりしたら、相当な人数が踵を切り落として、靴に足を詰め込むだろうね。『血の海』なんていうのは、それこそお伽話の中だけにあればいい表現だ。あまり、ぞっとしないな」
仁綺はイヅルを待つあいだ、微笑も、後ろ手で脚を開いた姿勢も崩さずに、髪と同じ鹿毛色の、濡れたように濃いまつ毛を湛えた黒い瞳で、イヅルを見つめていた。
「『やってみる』ことはいつも、私をどきどきさせる。思い通りに行っても、思い通りに行かなくても、とても、気分が高揚する。不思議と…みんな、…私に悪意がないのを見て、私が善良だと勘違いする。スグルも、そう」
仁綺は天窓を見上げた。夕陽が陰り、部屋の明かりのほうが、強かった。

「仕方ない。僕たちは、黙っていたほうが愛される」
「本能のようなもの?」
「本能だろうね。見方によっては、天賦の才かもしれない」 
イヅルは仁綺を、自分の上に座らせて、自分は後ろに倒れた。仁綺はまつ毛を、歓びに潤んだ瞳で烟らせながら、イヅルを導き入れ、肘を立てたイヅルと手を繋いで、支えにした。

「ニキ。僕は、君から世界を守るために、君を探した。そして、君に会った。僕は、君を世界から、守る決意をした。…ねえ、ニキ。僕に『決意』があるなんて」

「それは、恋の話?」
「きっとね」

「素敵な恋の話?」
「そうだね。素敵な恋の話だ」

仁綺は迎え入れたイヅルの形を確かめるような入念さで、イヅルを締めあげ、息をついてふと緩めると、寂しげに、目を伏せた。

「必ず守る、という言葉は、たくさん聞いてきたよ。守りたいという言葉も…守れないという言葉も。私はどの言葉も、同じくらい好きだったし、同じくらい、悲しかった」

イヅルは仁綺に微笑みかけ、仁綺に合わせてじわじわと、腰を前後させた。

「決意と約束は違う。僕は君とは、なんの約束もしていない」

仁綺は、ただ、イヅルに微笑み返した。

明け方、仁綺が気絶したように眠りに落ちるまで、イヅルは仁綺と共に、夜を過ごした。





>次回予告_15.スグル

「君だって思うだろ、『業界』人の苦労に、上限なんてない」

》》》》op / ed




今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。