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砂漠、薔薇、硝子、楽園、 (2)

feat.松尾友雪 》》》詳細 序文

》》》1.
明晰夢を見たことは?

>2.スグル_

「ニキ、起きて、朝だよ。いい習慣は守られるべきだ。君みたいな人は朝日を浴びなくっちゃ」
雨咲スグルは、カーテンを一気に引き、痛いほど眩しいだろう朝日を、幣原仁綺と雨咲イヅルに浴びせた。

朝食が済んだらすぐ《仕事》に出られるよう、スグルは身支度を済ませ、ダイニングに朝食の用意を終え、それから、まだ深夜のように静かな屋根裏部屋へと、上がってきたのだった。仁綺とイヅルは裸で向かい合わせに抱き合って、憩うように眠っていて、絡んだ裸足の足元が、ブランケットから覗いていた。スグルは二人の眠る、床に置かれたベッドマットを迂回して、屋根裏部屋の出窓へたどり着き、カーテンを開けて仁王立ちになって、ふたりを見下ろした。

カーテンレールを走るカーテンの音と、いきなり襲ってきた光の洪水に驚いたらしいイヅルが、ブランケットを巻きつけて被ったせいで、朝日よりも眩しい仁綺の裸体があらわになり、スグルは目を細めた。
「ニキ。朝だよ。起きて、服を着て。朝飯もできてる」
「僕に話しかけない遊びは、まだ続いてるの?」
ブランケットの中からもごもごと話しかけてくるイヅルを、スグルは無視した。
「ニキってば」
「すごく濡れてる。セックスする夢を見ていたね?」
「ニキ、起きて。起きているだろ? 起き上がって」
仁綺は観念したふうに、イヅルに取られていたブランケットを引き寄せながら、起き上がった。
「起きるって、私だけ? イヅルは?」
鹿毛色のショートカットと、濡れそぼったように豊かな睫毛が、朝日を透かして、紅茶色に光っていた。スグルは背中に陽当たりを感じながら、腰に手を当てたまま、仁綺に答えた。
「イヅルは死んだ」
仁綺はまだ、眩しさで目を開けられない様子だった。朝日と同じ眩しさのその手を額に翳して、スグルを見上げてから、足元に丸まってブランケットを取り戻そうとしているイヅルに、寝起きの、眠たげに低まった声音で、話しかけた。
「イヅル。スグルはまだ、こう主張してる。あと、指を抜いて」
「誰とする夢?」
「スグルだと思う。イヅルはいつも夢にいない。私にはちょっと、残念」
「ニキ。やめて」
遮るスグルに、仁綺は口を尖らせた。
「でも。イヅルが、可哀想だよ」
「僕はそうは思わない。むしろ、その変な遊びをやめてくれ。少なくともやめるように、努めてくれよ」
「スグルみたいに? それはそれで、すごく馬鹿らしい。ふたりとも様子がおかしくて、私は困ってるよ。変な遊びをしてるのは、イヅル? スグル? 私は、どっちの味方をすれば良い?」

僕に決まってる。

スグルとイヅルの声がユニゾンになって、朝日に満ちた部屋に響き渡った。
「イヅルは死んだ。一週間も前の話だろ。僕はイヅルがいるなんて、信じない」
「信仰は自由だが、事実を否定するのは狂気だ。僕はここにいる」
「私も現実的に言って、イヅルはいると見做していいと思うな」
「『私も』? それらしすぎて、怖いよ。思うな、じゃないだろ。思うなよ。イヅルはいないし、ニキはおかしい」
「変なの。変なのは、スグルなのに」
仁綺はぼやいて、氷穴から出てきた海豹のように自分の腿に乗り上げたイヅルの、頭の寝癖を撫でつけながら、あくびをした。

「ん…?」
仁綺が首を傾げ、ブランケットをばさばさと翻し、スグルを見つめた。

イヅルがいなかった。

イヅルは、いないのだ。

「ほらね。馬鹿はどっちだい」
「んー…」
「朝飯を食おう」
「ん…」
納得いかないという顔つきの仁綺に、スグルがもう一度、服を着るよう、言おうとした時だった。階下のダイニングで、なにかが派手に、割れる音がした。

二人は、見つめあった。

「馬鹿はイヅルだ、という結論は? なし?」
仁綺は近くに丸まっていた白いTシャツに手を伸ばし、屈託のない薄い体をすっぽりと、収めた。

馬鹿なもんか、嫌がらせに決まってる。でも、やりすぎたかも。一応謝ろうかな、ごめんよスグル。これはニキが君に、作ってあげたマグカップだったね! …イヅルの満足げな笑い声が、階下からのくぐもった音質で、二人に届いた。

二人は、見つめあった。それから仁綺は、「すごく馬鹿らしい」と言った、さっきの表情に戻り、もう一度あくびをして、脚を斜めに投げ出した姿勢で腕を上げ、体を伸ばした。

朝日を反射して、シーツと、仁綺の剥き出しの脚が、輝いていた。


>次回予告_3.ニキ

「想像力は誰にでもある。想像力があるだけじゃ、誰にも、誰も、救えないよ。もちろん私にも」

》》》op / ed


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。